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つながりの強いひと
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プロフィール
- 李鍾範とは
- 中日時代
- 起亜時代
- 人物
- 年度別打撃成績
- タイトル
- 表彰
- 記録
- 背番号
- 歌
- 関連項目
李鍾範( イ・ジョンボム、1970年8月15日-)は、大韓民国光州広域市出身の起亜タイガースに所属するプロ野球選手(外野手)。
中日時代
| バットコントロールの良さや盗塁王3回の実績を評して、『韓国のイチロー』(ただし李は右打者である)と呼ばれた。 |
| 移籍1年目の開幕戦にはスタメンで出場を果たした。 |
| 俊足好打の1番打者であったがショートの守備には問題が多く、この年67試合で12失策を数えた。 |
| しかし守備範囲は広く、打球を諦めない姿勢は監督の星野仙一好みであった。 |
| 盗塁も日本の投手の技術の高さ(クイック投法など)を前に、ヘテ時代のようにはできなかった。 |
| 6月23日には、阪神タイガースの川尻哲郎から受けた右肘への死球により骨折し長期離脱。 |
| シーズン中に復帰するものの、死球への恐れからか以前のような思い切りの良さが消えてしまった。 |
| リハビリ中から守備の不安を解消するため、俊足を生かして外野手に転向。 |
| には強力な外野陣に割って入れず、選手起用を不満としてシーズン途中で退団した。 |
起亜時代
| その後帰国し、ヘテ・タイガースを買収した起亜タイガースに復帰した。 |
| ポジションはヘテ時代のショートではなく、日本での経験を生かし外野に転向し主力として活躍した。 |
| には7年ぶり4回目の盗塁王のタイトルを獲得した。 |
| 背水の陣で臨んだ2009年シーズンは123試合に出場し、12年ぶりの公式戦、韓国シリーズ優勝を飾ったチームの快進撃に貢献し、韓国プロ野球史上2人目の通算500盗塁を達成した。 |
| 起亜が優勝を決めた韓国シリーズ第7戦では、試合後に選手たちから胴上げされた。 |
| 2010年、日韓通算2000本安打を達成した。 |
| 年長選手の引退により、2011年からは韓国プロ野球界最年長選手となる。 |
人物
| ヘテ時代の先輩である宣銅烈を慕って中日ドラゴンズに移籍した。 |
| 同時期に在籍した韓国人左腕・李尚勲(登録名:サムソン・リー)と共に韓国三銃士とも呼ばれた。 |
| 宣銅烈もそうであったように、将来は日本で指導者の勉強がしたいとも語っている。 |
| 「李鐘範」と名前を誤記されることが多いが、正しくは金へんに重の「李鍾範」である。 |
| NHKでは「リー」とカタカナ表記だったのに対して、民放各局では「李」と漢字表記だった(NHKでは通常、朝鮮名に対し漢字表記はしない)。 |
年度別打撃成績
| 2009年度シーズン終了時。 |
| 各年度の太字はリーグ最高。 |
| ヘテ(ヘテ・タイガース)は、2001年途中に起亜(起亜タイガース)に球団名を変更。 |
タイトル
| 首位打者:1回(1994年)。 |
| 盗塁王:4回(1994年、1996年、1997年、2004年)。 |
| 最多安打:1回(1994年)。 |
| 最高出塁率:1回(1994年)。 |
| 最多得点:5回(1993年、1994年、1996年、1997年、2003年)。 |
表彰
| MVP:1回(1994年)。 |
| 韓国シリーズMVP:2回(1993年、1997年)。 |
| ゴールデングラブ賞:6回(1993年、1994年、1996年、1997年、2002年、2003年)。 |
記録
| 初出場・初先発出場:1998年4月3日、対広島東洋カープ1回戦(広島市民球場)、1番・遊撃手として先発出場。 |
| 初安打:1998年4月4日、対広島東洋カープ2回戦(広島市民球場)、1回表にネイサン・ミンチーから右中間へエンタイトル二塁打。 |
| 初打点:1998年4月5日、対広島東洋カープ3回戦(広島市民球場)、8回表に小林幹英から右前決勝適時打。 |
| 初盗塁:1998年4月7日、対阪神タイガース1回戦(ナゴヤドーム)、1回裏に二盗(投手:竹内昌也、捕手:山田勝彦)。 |
| 初本塁打:1998年4月8日、対阪神タイガース2回戦(ナゴヤドーム)、7回裏に山岡洋之から2ラン。 |
背番号
| 7(1993年-1997年、1999年途中-)。 |
| 8(1998年-1999年途中)1998年に中日に入団した際の背番号は8だったが、翌1999年のシーズン中に本人の希望で森野将彦と背番号を交換し、7となった。 |
歌
| 『Two&One』(ヤン・スギョン、宣銅烈と共演)丸目蔵人『アジオン・ラヴァーズ』、1996年12月、大村書店、P170。 |
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1970年
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李 鍾範(イ・ジョンボム)は、大韓民国光州... |
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1998年
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初出場・初先発出場:、対広島東洋カープ1回... |
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