| 大竹小3年で外野手として野球を始め6年時に投手転向。 |
| 鉾田南中では主将を務め春の県大会3位。 |
| 鉾田一高では1年春からベンチ入りし、3年夏の県大会は4回戦で常総学院に敗退。 |
| 打撃でも高校通算36本塁打を記録。 |
| 2004年にドラフト7巡目で巨人から指名を受け入団。 |
| 2005年、2006年と故障が重なり、2軍でも打ち込まれることが多かった。 |
| ハワイ・ウインターリーグに派遣され、同じドラフト7巡目の先輩林昌範のグアム自主トレに同行し迎えた2007年シーズンは、ファームのセットアッパーとして活躍、27試合に登板し1敗1セーブ、31回を投げ34奪三振、防御率1.74という好成績を収める。 |
| 9月13日には1軍に初登録、直後の東京ヤクルトスワローズ戦で初登板を果たした。 |
| しかし9月18日、阪神戦にてベンチ入りメンバーから外される。 |
| この際原辰徳監督に「お前は近い将来、巨人を引っ張っていくピッチャーだ。 |
| だが、今じゃない」と声をかけられ、これが励みになったという。 |
| 2008年はオープン戦で先発として活躍、野間口貴彦、門倉健と先発6番手を争うものの、最終登板で結果を残せず開幕2軍となった。 |
| ちなみにこの年の先発6番手は野間口、門倉共にオープン戦で活躍出来なかったためオークランド・アスレチックス戦で活躍した栂野雅史となった。 |
| 2軍成績は7試合に登板し1勝4敗、39回を投げ36奪三振、防御率は3.00だった。 |
| シーズン途中から一軍に帯同し、中継ぎで実績を積む。 |
| 9月17日の横浜ベイスターズ第22回戦でプロ入り初先発。 |
| そして6回を投げ2安打7奪三振2四球2失点(自責点2)でプロ入り初勝利を達成。 |
| 9月23日、延長12回裏に登板して18球を投げ、ゲームを締めくくる。 |
| 翌9月24日の広島東洋カープ第23回戦にて連投で先発マウンドに上がり、6安打9奪三振2四球2失点(自責点2)の成績でプロ初完投を記録するなど活躍。 |
| 11月17日、来シーズンからの背番号を17に変更することを発表。 |
| 12月には磯山さやかと共に地元鉾田市から初代「鉾田大使」に任命された。 |
| 2009年は先発ローテーションに加わり、2009年7月14日のヤクルト戦で、プロ入り初の完封勝利を挙げた。 |
| シーズンでは四死球70、被本塁打18、6暴投と制球力に課題を残し無駄に球数が増えてしまいがちな試合が多く投球リズムの悪さを指摘された。 |
| 防御率3.17はリーグ9位であったが、2ヶ月以上勝ち星がつかない時期もあるなど援護にも恵まれず8勝8敗に終わった。 |
| クライマックスシリーズはアドバンテージを含んだ3勝1敗で迎えた第4戦の先発を任され、4回1/3自責点1で降板。 |
| 勝ち投手にはなれなかったものの勝利に貢献。 |
| 日本シリーズは第2戦先発をした内海哲也が2回2/3を4失点でノックアウトされた後を受け登板。 |
| 3回1/3を無失点の好投。 |
| これを評価され巨人3勝2敗で迎えた第6戦の先発を任されたが1回二死一塁から高橋信二の打球を右手の甲に受け降板した。 |
| またも勝ち投手とはなれなかったがチームは日本一となった。 |
| 球団内でも有名なヘビースモーカーとなるほどの喫煙者であり、インタビューなどで原監督が禁煙を促す発言をしていたが、2009年9月シーズン末の時点においても禁煙には至っておらず、「そもそもアスリートとしてたばこをやめられないところに意識の薄さがある。 |
| 」と非難された。 |
| 東野本人は、本数を減らしてきたがやめたいと前向きに答えている。 |
| 原監督は、先発ローテーションの条件では禁煙を挙げており、東野の課題となっている。 |
| 2010年3月3日、兵庫県出身の4歳年上の会社員と結婚。 |
| このシーズンで15勝以上を達成した場合、地元の鉾田市から東野が通学していた高校の通りを「東野通り」と名づけるプランがあることを鉾田市市長から報告された。 |
| 同時に4月の月間MVP(3、4月の成績は5勝1敗)を受賞した。 |
| 6月29日の対広島戦(マツダスタジアム)で自身初の二桁勝利となる10勝目をマークし、前半戦は11勝2敗、防御率2.68、WHIP1.22の好成績で前田健太と最多勝争いを繰り広げたが、後半戦は早いイニングで打ち込まれKOされる機会が増え、2勝6敗、防御率4.70、WHIP1.57と不調に陥った。 |
| 2011年4月12日、ヤクルトとの開幕戦(ユーピーアールスタジアム宇部)では6回2/3を4安打(6回終了時まではノーヒット)2失点と好投。 |
| 自身初めての開幕投手を勝利で飾った。 |
| 5月3日、東京ドームの阪神戦でプロ初本塁打を放つ。 |
| ちなみにこの日の登板で1985年のバックスクリーン3連発以来の阪神クリーンナップ(鳥谷敬、新井貴浩、クレイグ・ブラゼル)に3者連続本塁打を打たれている。 |
| 以降は好投してもなかなか勝利に恵まれず、原監督の意向で抑えに配置転換され、7月13日の阪神戦で同点の場面ではあるが抑え投手の役割で登板するも、1死も取れず満塁となり、最後は桧山進次郎にサヨナラ犠牲フライを打たれて敗戦投手になる。 |
| その後も抑えとして登板し7月17日のヤクルト戦で初セーブを記録する。 |
| 後半戦はオールスター戦で負傷した内海の離脱もあり先発に復帰する。 |