| 1974年-神奈川県立横須賀高等学校入学。 |
| 同学年に後の評論家、浅羽通明がおり、相互に影響を受ける。 |
| 放送部の同期にアニメーターの宮﨑なぎさ。 |
| 1977年-早稲田大学第一文学部日本文学科入学。 |
| 1979年-早稲田大学政治経済学部生が創立した「幻想文学会」に参加。 |
| メンバーには倉阪鬼一郎、南條竹則、石堂藍等もいた。 |
| また、浅羽通明は正式メンバーではなかったが、会にしばしば顔を出した。 |
| のちの同名の評論誌の原点となるガリ版同人誌『幻想文学』発行。 |
| 1980年-本格的な季刊幻想文学同人誌『金羊毛』を創刊し、数軒の書店にて直販を試み、成功。 |
| これがアトリエOCTA刊行の『幻想文学』の前身となる。 |
| 1981年-文芸出版社である青銅社に入社。 |
| 1982年-青銅社を退社し独立するが、同社社長の協力もあって季刊研究評論誌『幻想文学』を創刊。 |
| 編集人・東、発行人・川島徳絵(石堂藍)、発行所・有限会社幻想文学会出版局。 |
| 誌上には澁澤龍彦・中井英夫・種村季弘・荒俣宏ら大家も名を連ねた。 |
| 売行きは好調ではあったが、この頃は学習塾で国語の講師も務めていた。 |
| 1985年-澁澤龍彦、中井英夫を選者に迎えた幻想文学新人賞を創設。 |
| 1986年-『幻想文学』の姉妹誌として幻想小説専門誌『小説幻妖』を創刊。 |
| 1988年-澁澤龍彦逝去に伴い、氏の追悼特集『別冊幻想文学澁澤龍彦スペシャルシブサワ・クロニクル』を発行。 |
| これは東の編集歴の中で最も思い入れ深いものとなった。 |
| 翌年に『同ドラコニア・ガイドマップ』を発行。 |
| 1997年に『幻想文学』50号で澁澤没後10年にちなんで「澁澤龍彦1987-1997」を特集。 |
| 1990年-SF専門雑誌『SFマガジン』(早川書房)にて、以後12年にわたるホラー小説時評の連載を開始。 |
| 『幻想文学』の姉妹誌として書評専門誌『ブックガイド・マガジン(BGM)』を創刊。 |
| 1994年-『幻想文学』の発行元が川島徳絵(石堂藍)代表の株式会社アトリエOCTAへ移行。 |
| これを機に個人事務所「幻想文学企画室」を起ち上げ、他社でも企画・編集業務を展開。 |
| 学研で「学研ホラーノベルズ」シリーズ等の企画編集に携わる。 |
| 1996年-雑誌『ムー』(学研)にて、「日本伝説紀行」の不定期連載を開始。 |
| 1997年-ぶんか社で「HORRORWAVE」シリーズや日本初のホラー小説専門誌『ホラーウェイヴ』の企画編集に携わる。 |
| 1999年-京極夏彦・中山市朗・木原浩勝らと共に「怪談之怪」を結成し、総合雑誌『ダ・ヴィンチ』(メディアファクトリー)誌上で活躍。 |
| 2000年-雑誌『ムー』20周年記念企画「学研伝奇プロジェクト」にブレーンとして参画、ムー伝奇ノベル大賞創設や伝奇専門誌『伝奇M(モンストルム)』創刊などに協力する。 |
| 自らもアンソロジストとして「伝奇ノ匣」シリーズを手がける。 |
| またオンライン書店ビーケーワンの開業に際してホラー書籍担当の社外エディターとして参画、後に「東雅夫の幻妖ブックブログ」を開設し、現在も同社との提携を続けている。 |
| 2002年-雑誌『小説推理』(双葉社)にて、「幻想と怪奇」時評の連載を開始、不定期特集「幻想と怪奇への誘い」も企画構成。 |
| 2003年-売行き不振と他社での編纂文筆活動の多忙化等により、『幻想文学』を7月刊の67号で終刊。 |
| ビーケーワン主催「ビーケーワン怪談大賞」の選者を加門七海、福澤徹三と共に務める。 |
| 2004年-『ダ・ヴィンチ』増刊号怪談専門雑誌『幽』を創刊、初代編集長に就任。 |
| 同誌で「怪談文学史逍遙」「日本怪談紀行」の連載を開始。 |
| 2005年-この頃より、ちくま文庫、角川文庫、小学館文庫等で怪談やホラーのアンソロジーを多数手がけるようになる。 |
| 2006年-メディアファクトリー主催『幽』怪談文学賞の選考委員となる。 |
| 2007年-ポプラ社での「てのひら怪談」シリーズ発刊にあわせて800字掌篇の怪談文芸ムーヴメントを推進。 |
| 以後も意欲的に怪奇幻想文学分野で活躍中。 |
| 2011年-『遠野物語と怪談の時代』で第64回日本推理作家協会賞評論その他部門受賞。 |