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プロフィール
- 松下眞一とは
- 略歴
- 作曲家としての歩み
- 第1期(1949年 - 1964年)
- 第2期(1965年 - 1980年)
- 第3期(1980年 - 1990年)
- 総論
- 主な受賞歴
- ディスコグラフィ
- 参考文献
松下眞一(まつしたしんいち、1922年10月1日-1990年12月25日)は、日本の作曲家・数学者である。
略歴
| 大阪府茨木市生まれ。 |
| 大阪府立茨木中学校を経て、旧制第三高等学校に入学する。 |
| この間に、父・松下久一より作曲を、中村良治にピアノと和声、永井巴に作曲と和声、朝比奈隆に指揮を師事したとされている。 |
| 幼少の頃より、音楽、文学、科学や天文学に関心を抱く。 |
| 中学時代より、ミヨー、ドビュッシー、オネゲル、ストラヴィンスキー、バッハ等の楽曲に親しむとともに、十二音技法の始祖ヨーゼフ・マティアス・ハウアーの思想に傾倒し、13歳で最初の交響曲を作曲している。 |
| その後、九州帝国大学(現・九州大学)理学部、同大学院へ進み、1945年に修了。 |
| 数学(位相解析学専攻。 |
| 1949年に大阪市立大学理学部助教授に就任。 |
| 1965年には、ドイツの数学者パスカル・ヨルダンに乞われ、ヨルダン代数の共同研究のためハンブルク大学客員教授、及び国立理論物理学研究所の客員研究員として渡欧し、1980年に帰国するまで、15年間にわたりドイツのハンブルクに滞在。 |
| この時期は、欧米の現代音楽祭等で多くの著名な演奏家(ピエール・ブーレーズ、ロヴロ・フォン・マタチッチ、イーヴォ・ペトリッチ、イヴォンヌ・ロリオ、ジグモント・サットマリー等)により作品が演奏され、また当時のヨーロッパの前衛的な作曲家たち(カールハインツ・シュトックハウゼン、クシシュトフ・ペンデレツキ、ルイジ・ノーノ、ジャコモ・マンツォーニ、ボー・ニルソン、等)との交流を持った。 |
| 一方で、数学者として、エルランゲン大学で特別講義を行うなど、位相解析学の世界的権威としても知られる。 |
作曲家としての歩み
| 彼の作曲家としての歩みは、おおよそ以下の3つの時期に分けられる。 |
第1期(1949年 - 1964年)
| 大阪市立大学助教授として教鞭を執るかたわら、本格的に作曲活動に入り、日本で現代作曲家としての地歩を築いた時期にあたる。 |
| この時期は、ヨーロッパの前衛音楽の影響下で創作をおこないながら、自身の作曲家としての「表現」を模索した時代であると言える。 |
| 関西にありながら松下が作曲家として日本の作曲界に認知されたのは、1958年に「二十世紀音楽研究所主催第2回現代音楽祭作曲コンクール」において「八人の奏者のための《室内コンポジション》」が第1位を獲得してからである。 |
| この時期の代表的な作品には、以下のものがある。 |
| 1958年の「3つのオーケストラ群のための《相関》」(第1回ローマ作曲コンクール入選)。 |
| 1959年の「二十世紀音楽研究所主催第3回現代音楽祭」の委嘱作品「十一楽器のための《五つの時間》」。 |
| 1959年の「フルート、チェロとピアノのための《層》」。 |
| 1959年の「室内管弦楽のための《イソモルフィズミ》」、「電子音楽と声のための《黒い僧院》」。 |
| 1960年の「カンツォーナ・ダ・ソナーレ第1番」(1962年のISCM(国際現代音楽協会)音楽祭入選)。 |
| 1960年(1961年改訂)の「交響曲第3番《次元》」(第1回クリティック・クラブ賞受賞)。 |
| 1962年の「室内管弦楽のための《継起》」(第2回ローマ作曲コンクール入選)。 |
| 1964年の「ピアノのための《スペクトラ第1番》」。 |
| この時期の作風は、当時のヨーロッパ前衛音楽の傾向を反映し、厳格なセリーによる音楽の「時間」「音色」「音域」の構造化が行われている。 |
| 海外での音楽祭の入賞など、松下の名が国際的に認知され始めるのがこの時期である。 |
| 著書には「リュク・フェラーリが僕の音響を聴いて、すぐスタジオを出て行った」(出典:天地有楽)とあり、ケルン派の電子音に対するフェラーリの拒絶がすでに日本語で書かれているのは特筆される。 |
| 題名から注釈までフランス語で書かれた作品もあり、ブーレーズに見られたソノリティの純度を、沈黙により高めていったことは間違いがない。 |
| だが、厳格なセリエリストであったわけではなく、用いられる音列の順番が途中で変更されている例もある。 |
第2期(1965年 - 1980年)
| この時期は、ハンブルク国立理論物理学研究所の客員教授として、ヨーロッパで作曲活動を行った時期である。 |
| 当時の著名な前衛作曲家や演奏家との交流を通して、自身の「音楽的語法」を推し進めるとともに、「日本の現代作曲家」としての自分の「存在の根源」と結びつく「音楽」を模索した時代とも言える。 |
| 松下の創作のピークを形作る15年間である。 |
| 1965年に代表作「七楽器のための《フレスク・ソノール/音の壁画》」(ISCM音楽祭入選)が書かれる。 |
| この作品は、1965年の「ベルリン音楽週間」に、ブーレーズの指揮で、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のメンバーによって演奏されているが、ザグレブ・ビエンナーレやマドリッド世界音楽祭、ケルン、プラハ、ブラチスラヴァ、トリエステでも演奏された。 |
| 1966年には、マルティヌー弦楽四重奏団の委嘱による「ピアノ四重奏のための《結晶》」が書かれる。 |
| そして、1967年には「ピアノのための《スペクトラ第2番》」、1968年に「室内管弦楽のための《星達の息吹き》」(1969年にオーケストラ版に改訂される)、1969年には三枚の図形楽譜からなる「独奏楽器または合奏のための《精神集中-劫・虚・律/コンツェントラチオーン》」が書かれる。 |
| その他、1970年の「《ゲシュタルト17》」、大阪四天王寺雅亮会によって初演された「雅楽のための《喚起/エヴォカシオン》」、楽譜の余白にシュレディンガー方程式やアインシュタインの宇宙方程式、ハイゼルベルクのSマトリクスをちりばめた1971年の「ピアノのための《スペクトラ第4番》」、「無伴奏チェロのための《動標》第2番」、北ドイツ放送の委嘱による1972年の「混声合唱のための《廻向》」、1973年の「オラトリオ《親鸞》」等大作が続く。 |
| 1974年には、松下眞一の音楽の集大成とも言える「交響曲第6番《シンフォニア・サンガ》」、「大阪の秋」現代音楽祭で朝比奈隆によって初演された「ヴァイオリン協奏曲《田園詩》」が作曲される。 |
| 1975年には、「交響幻想曲《淀川》」に至る。 |
| これ以後の作風は仏教音楽への傾斜が大きくなり、1975年から1977年の「法華経によるカンタータ《仏陀》三部作」では、一般信徒の理解も考慮してのこととはいえ、前衛的な要素が抑えられていった。 |
| この時期に体調を崩し、帰国する。 |
第3期(1980年 - 1990年)
| 1980年に日本に帰国してからは、日本の作曲界からは敢えて身を引いた観がある。 |
| -->1970年代にわずらった病でほとんど自宅から動けなかった。 |
| しかし、この時期に作曲家松村禎三の元へ長電話を掛けており、再三にわたって現代音楽の復興を訴えた。 |
| この時期は、宇宙論や時間論、宗教について述べた著書を執筆し、1979年からは、岩波書店の雑誌『思想』に「存在論的時間論(未完)」を連載しはじめるなど、宗教的・哲学的な思索を深めていった。 |
| 1982年(→1987年改訂)には、「第7交響曲《オーケストラのための新しい歌-詩編98の1による》」を作曲し、NHKより放送初演された。 |
| この時期には、フルート独奏のための「三つの断章」、「日本カプリチオ」、「弦楽四重奏曲」、ピアノのための「スペクトラ第6番」が作曲されている。 |
総論
| このように、松下の作曲家としての歩みを振り返ると、1960年代という比較的早い時期に、ヨーロッパの前衛作曲家達と交流し、またその作品の多くが数々の音楽祭で著名な演奏家により演奏されている。 |
| 彼の音楽的業績の評価は、ドイツを中心に、むしろ海外では極めて高かったが、日本では、彼の業績が正当に評価されているとは言い難い。 |
| 日本の音楽的文化遺産の継承のためにも、今光を当てるべき作曲家の一人である。 |
| 本職が数学であり、その全盛期に音大で教鞭をとることが叶わなかったことも損失であった。 |
| 極めて質の高い作品を残したが、その思想の難解さゆえに聴衆が離れた経緯は、パウル=ハインツ・ディートリヒの生き様にも良く似ている。 |
主な受賞歴
| 管弦楽のための《トッカータとフーガ》:第25回音楽コンクール(1956年)第3位入賞。 |
| ピアノと管弦楽のための《交響的作品》:第26回音楽コンクール(1957年)入選。 |
| 三つのオーケストラ群のための《相関》:第1回ローマ国際作曲コンクール(1958年)入選。 |
| 室内管弦楽のための《継起》:第2回ローマ国際作曲コンクール(1962年)入選。 |
| カンツォーナ・ダ・ソノーレ第1番:第35回ISCMウィーン世界音楽祭(1962年)入選。 |
| 7楽器のための《フレスク・ソノール》:第38回ISCMマドリード世界音楽祭(1965年)入選。 |
| 《ダスツァイヘン》:ドイツ大使賞(1965年)受賞。 |
| 《室内コンポジション》:20世紀音楽研究所現代音楽祭作曲コンクール(1958年)第1位,フランス大使賞。 |
| 交響曲第3番《次元、交響的祈り》:第1回音楽クリティーク・クラブ賞(1962年)受賞/大阪芸術賞。 |
| 交響曲第4番《生》:ドイツ大使賞。 |
| 交響曲第6番《シンフォニア・サンガ》:文化庁芸術祭優秀賞(1974年)受賞。 |
| カンタータ《仏陀》第3番:文化庁芸術祭優秀賞(1977年)受賞。 |
ディスコグラフィ
| 「交響曲第6番《シンフォニア・サンガ》」(日本ビクター/2LP)。 |
| 「EnsembleSlavkoOsterc」IvoPetric指揮/EnsembleSlavkoOsterc(ユーゴスラヴィアRTV/LP)。 |
| 「MusicTodayofJapan/現代日本の音楽-12」秋山和慶指揮/東京ゾリステン(DENON/CD)。 |
| 「雅楽四天王寺聖霊会と現代雅楽」大阪四天王寺雅亮会(CBSソニー/4LP)。 |
| 「東京佼成ウィンド・オーケストラ・オリジナル・シリーズVol.8TheLotusSutra」秋山和慶/佼成W.-O.(佼成出版社/LP)。 |
| 「交響幻想曲《淀川》」朝比奈隆指揮/大阪フィルハーモニー交響楽団、他(大阪青年会議所/LP)。 |
| 「交響幻想曲《淀川》」小野田宏之指揮大阪音楽大学管弦楽団/大阪音楽大学合唱団(CD)。 |
| 「交響幻想曲《淀川》」酒井睦雄指揮/相愛オーケストラ、他(大阪市教育振興公社/CD)。 |
| 「星達の息ぶき/松下真一の世界」平野はるな、山岡重信、野平一郎、小林功、菅原淳、他(日本ビクター/LP)。 |
| 「G.サットマリーによる大阪芸術大学《塚本英世記念館・芸術情報センター・オープニング》パイプオルガン演奏」(RCA/LP)。 |
| 「ピアノ・コスモス:現代日本ピアノ曲選1960-69」本荘玲子、高橋アキ、他(日本クラウン/2LP)。 |
| 「現代日本チェロ名曲体系」岩崎洸(東芝EMI/5LP)。 |
| 「現代日本チェロ名曲体系-Ⅰ・Ⅱ」岩崎洸(TOWERRECORDS|EMIミュージック・ジャパン/4CD)。 |
| 「パーカッションの驚異/PercussionFantastic」秋山和慶/高橋悠治/山口保宣(CBSソニー/LP)。 |
| 「現代日本音楽の古典(15)/ピアノの変換」高橋悠治(DENON/CD)。 |
| 「Goodcomposersextra80年代ピアノ曲」国枝春恵、他(Brain/CD)。 |
| 「Concert20-21=日本の作曲・21世紀へのあゆみ:23」稲垣聡(p)/宮本典子/二ツ木由紀(perc)、他(CD)。 |
| 「現代日本の作曲家シリーズ-30/松下眞一作品集」秋山和慶、読売日本S.O.、G.サットマリー(fontec/CD)。 |
| 「朝比奈隆指揮「大阪の秋」〜国際現代音楽祭から〜」朝比奈隆指揮/大阪フィルハーモニー交響楽団/栗山智子(vn)(自主制作/CD)。 |
| 「音の始源を求めて8/稲村・徳尾野・佐々木・大津の仕事」徳尾野昌男/NHK大阪放送局(サウンド3/CD)。 |
| 「《音絵巻茨木童子》」本山秀毅指揮/茨木市音楽芸術教会10周年記念混声合唱団、他(CAMERATA/CD)。 |
| 「いばらき音絵巻」堤俊作指揮/大阪フィルハーモニー交響楽団、市制60周年記念合唱団、他(CAMERATA/CD)。 |
| 「法華経によるカンタータ《沸陀》第1番」山田一雄指揮/東京佼成交響楽団(立正佼成会/3LP)。 |
| 「法華経によるカンタータ《沸陀》第2番」山田一雄指揮/山本直純指揮(立正佼成会/3LP)。 |
| 「法華経によるカンタータ《沸陀》第3番」山田一雄指揮/読売日本交響楽団/プロムジカ室内楽団(立正佼成会/3LP)。 |
| 「音楽法要/親鸞賛仰」(ミノルフォン/7LP)。 |
参考文献
| 「レコード芸術1973年8月号/秋山邦晴:日本の作曲家たち23〈松下真一〉」(音楽之友社)。 |
| 「音楽芸術1969年9月号/懸賞論文入選作『南喜久雄:松下真一論素描』」(音楽之友社)。 |
| 「音楽芸術1980年1月号付録/『日本を代表する作品50'80』」(音楽之友社)。 |
| 「20世紀音楽研究所現代音楽祭・大阪(1961年)パンフレット」。 |
| 「日本の作曲20世紀」(音楽芸術別冊)。 |
| 「日本の作曲家/'83音楽の友・音楽芸術別冊」(音楽之友社)。 |
| 「ピアノ・コスモス」(日本クラウン)の作曲者による解説。 |
| 「西風にのって鐘は鳴る-ヨーロッパの中での眼、ヨーロッパからの眼」(音楽之友社)。 |
| 「天地有楽-ある作曲家の遺言」(音楽之友社)。 |
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1945年
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修了 |
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1949年
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大阪市立大学理学部助教授に就任 |
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