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つながりの強いひと
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小久保裕紀
福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(内野手)。2009年からチームの主将に就任している。選手会でも2005年から2009年まで第10代プロ野球理事長... |
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斉藤和巳
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和田毅
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福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(内野手)。ニックネームは名前よりムネリン。チームメイトからは「ムネ」「ムネさん」と呼ばれている。 |
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福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(内野手)。愛称は「マッチ」。妻は九州朝日放送(KBC)元アナウンサーの柴田恵理。社会人野球のトヨタ自動... |
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福浦和也
千葉ロッテマリーンズに所属するプロ野球選手(内野手)。2001年から2006年まで6年連続で打率3割を記録したアベレージヒッター。3度ゴールデングラブ賞を獲得... |
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石井琢朗
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松中みなみ
広島県出身のタレント。フリップアップ所属。福岡ソフトバンクホークスの松中信彦内野手は親戚。 |
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今江敏晃
千葉ロッテマリーンズに所属するプロ野球選手(内野手)。 |
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林恵子
妻 結婚
セント・フォース所属のフリーアナウンサー。本名は松中恵子(まつなかけいこ)。山口県厚狭郡山陽町(現・山陽小野田市)出身。早稲田大学政治経済学部卒業。 |
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吉村裕基
横浜ベイスターズに所属するプロ野球選手(外野手)。福岡県古賀市出身。 |
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小林雅英
オリックス・バファローズに所属するプロ野球選手(投手)。山梨県大月市出身。愛称は「コバマサ」。千葉ロッテ時代は「幕張の防波堤」の異名を取った。 |
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佐伯貴弘
中日ドラゴンズに所属するプロ野球選手(内野手)。大阪府大阪市東成区出身。 |
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杉内俊哉
福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(投手)。福岡県大野城市出身(春日市生まれ)。 |
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上原浩治
MLBのテキサス・レンジャーズに所属しているプロ野球選手(投手)。座右の銘は「雑草魂」。 |
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プロフィール
- 松中信彦とは
- プロ入り前
- プロ入り後
- 打撃
- 守備・走塁
- 人物
- その他
- 年度別打撃成績
- タイトル
- 表彰
- 記録
- 現在の登場曲
- 過去の登場曲
- テレビCM
- 関連サイト
松中信彦(まつなかのぶひこ、1973年12月26日-)は、福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(外野手)。2010年現在、現役選手唯一の打撃三冠王達成者。妻はフリーアナウンサーの 林恵子。
プロ入り前
| 熊本県八代市で建設会社・松中土建(優勝時の祝勝会にて、松中をはじめ選手数人がこの会社のヘルメットを被る)を営む家庭に生まれる。 |
| 兄弟は兄と弟が一人ずついる。 |
| 八代一高を経て新日鐵君津に入社。 |
プロ入り後
| 五輪出場後、1996年のドラフト2位(逆指名)で福岡ダイエーホークスに外野手として入団。 |
| この間に同郷のヒーローである秋山幸二の薫陶を受け、自主トレに同行するようになる。 |
| 入団当時はいわゆる金属バットの弊害に苦しんだものの、2年目のには二軍の本塁打王を獲得。 |
| 2006年のワールド・ベースボール・クラシック日本代表に選出され、4番を任される。 |
| 「長打は捨てる」と発言した通り本塁打はなかったものの、全試合にスタメン出場、.433の高打率で日本チームの優勝に貢献。 |
| シーズンでは前半戦怪我の影響から指名打者どころか代打に回ることも多かったが、この年の交流戦以降はチーム事情として田上秀則を指名打者で起用する事が増えたため主に左翼手として出場した。 |
| 2年ぶりの首位打者を獲得したものの、本塁打、打点は前年と比較して激減した。 |
| プレーオフでは自身は18打数7安打7打点と活躍したが、第2ステージで北海道日本ハムファイターズに敗退した。 |
| 4年連続5度目のベストナインに外野手として選出。 |
| 一塁手で3回、指名打者で1回同賞を受賞しており、異なる3ポジションでの受賞は真弓明信、落合博満以来3人目。 |
| 翌は、膝の回復が遅れ開幕を二軍で迎える。 |
| 昇格後も打撃は不調で、さらに左手首の故障も重なり12年ぶりに出場試合数が100を割り込む。 |
| レギュラー定着後初めてシーズン打率が2割5分を切るなど不本意な成績に終わった。 |
| だが、9月18日に埼玉西武ライオンズを迎えての本拠地3連戦では長打が復活。 |
| 初戦の10号同点3ランホームラン、第2戦の11号勝ち越しソロホームランで逆転優勝を後押しした。 |
| しかしクライマックスシリーズでは1割台に抑えこまれ、チームも敗退した。 |
| クライマックスシリーズ終了直後、来季に備え10月22日に左手首の手術を受けている。 |
| オフの契約更改では50%ダウンとなる2億円減の提示を受け入れた。 |
打撃
| インパクト時に利き手を押し込むバッティングから放つ長打力を最大の武器としておりなぜファウルゾーンへ切れない?松中信彦の本塁打『週間ベースボール』2009年38号、ベースボール・マガジン社、雑誌20441-9/7、22-23項。 |
| 2001年6月2日の福岡ドームでの対西武戦では松坂大輔の145km/hのストレートを打った際、バットのグリップ部分を折りながらも左手1本でバックスクリーン横へ推定130mのホームランを放った。 |
| また、内角を捌くのが非常にうまく、{{要出典範囲|date=2010年12月|本人曰く「打点をバットの芯より若干根元部分にずらして打つこと(で体があまり開かない)。 |
| 芯で打つと打点と体の距離が長くなり、その分体が開く」とのこと}}。 |
| 中居正広のインタビューを受けた際には体から30cmほどの距離に柱を立てた状態でそれに全く触れることなくフルスイングをして見せた。 |
| さらに左投手も苦にしない上、ホームランバッターでありながら三振が少なく、シーズン100三振以上したことがない。 |
| 特に2006年は37個と自己最少だった。 |
| 選球眼があり、2006年の102個を含む2度のリーグ最多四球をマーク。 |
| 通算のBB/K(四球÷三振)は1前後を推移している。 |
守備・走塁
| 走塁では2006年頃までは一塁到達まで4.2秒台と平均以上のものを備えていたが、近年はヒザの状態の悪化もあり、一塁到達までほとんどが5秒台と衰えが顕著となっている。 |
| 守備では肩は強くないものの、柔らかいグラブ捌きとスローイングで、三冠王を獲得した2004年にはゴールデングラブ賞を獲得した。 |
| 外野守備でも守備範囲は狭いものの送球は正確で、補殺をマークした事もある。 |
| 2004年までは一塁手として守備に就くこだわりがあったが、2005年以降は肩や肘などに不安があることもあり、守備に対するこだわりはほぼなくなった。 |
| 2005年以降は主に指名打者として起用され、守備につく場合は本職が三塁手の若い松田が頭角を現したことや、同じく本職が三塁手のオーティズが加入し(後にオーティズも外野やDHなどに回った)活躍していること、ホークスに戻ってきた三塁手が本職の小久保が一塁手に回っていること、年齢的な理由及び怪我などの理由から左翼手として起用されるようになった。 |
| そのため近年は一塁手としての出場はない。 |
| 2009年WBC選考キャンプの際に久々に一塁守備に就いたが、。 |
人物
| 先輩である小久保や秋山幸二の影響で、非常に練習熱心なことで知られており、松田宣浩ら後輩選手も帯同させて指導する自主トレは「松中塾」、「松中道場」と呼ばれている。 |
| 島田誠や野球解説者の若田部健一は「練習は裏切らないということは、松中を見れば実証できる」と語り、元監督の王貞治は「ホークスの良い伝統を作っている」と評価している。 |
| さらに、初心を忘れないために新日鐵君津在籍時に購入した中古の軽自動車「松っちゃん号(ダイハツ・ミラ)」をプロ入り後も実家に残し、帰省した際には乗っているという2000年の週刊ベースボールにて、友人である陣内貴美子が明かしている。 |
| このチームは勝ちたくないんでしょうかね?」と怒りを露にした。 |
| また、2006年7月5日、王の入院が発表された際や、2008年9月に王が監督退任を表明し「君にばかり負担をかけて苦しい思いをさせ、申し訳なかった」と言葉をかけられた際には涙する姿を見せた。 |
| また2009年オフにヘッドコーチであった森脇浩司が解任され、後任に大石大二郎の就任が発表された際も「自分はこの野球を変えるつもりはない。 |
| 大石さんにもホークスの野球を継承してほしい」と発言している。 |
| 2005年の契約更改の席では「あまり二軍の居心地がいいと、それに安心して若手が出てこなくなる」と、若手の台頭を期し二軍施設の見直しを訴え、2007年にはFA権を取得したが「自分はホークスでユニフォームを脱ぐつもりなので、関係ない」という旨の発言をし、チームを尊重する姿勢を見せた。 |
| 元々は右利きで右投げ左打ちであったが、小学生のころに右肩の病気を患ったためほとんど右肩では投げられない状態までになったことから左投げに転向している。 |
| 音楽鑑賞ほか多趣味である。 |
| 音楽は特に長年出囃子に採用しているEXILEのファンであり、ライブにもたびたび訪れている。 |
| 2002年、日本で初めて自身の応援歌を出囃子として流した。 |
| 相撲観戦も好み2007年九州場所中日の大相撲中継にはゲスト出演した。 |
| 競馬ファンでもあり、2007年の有馬記念の3連単を見事的中させた。 |
| 2009年1月には出身地の熊本県八代市に私財1億2000万円を投じて「松中信彦スポーツミュージアム」を開設した。 |
| 館内には松中の幼少期から現在までの写真やユニホーム、バット、グラブなどが展示されている。 |
その他
| 高校時代に左肩を痛めたことが原因で一時期右投げに転向していたことがある(新日鐵君津在籍時に手術で完治させた後は左投げに戻った)。 |
| 左打ちであるが、ゴルフは右で打っている。 |
| まだ二軍にいた頃に、NHKのドキュメンタリー番組に取り上げられたことがある。 |
| 同期入団の井口忠仁(現・千葉ロッテマリーンズ)、柴原洋らが一軍で活躍する様子を見て思い悩む様子などが放送された。 |
| 福岡ダイエーのユニフォームは背番号に丸数字をつけていたが、2001年シーズン序盤、一人だけ角数字の背番号(広島東洋カープの背番号デザインと同じ)をつけたユニフォームで出場していた。 |
年度別打撃成績
| ダイエー(福岡ダイエーホークス)は、2005年にソフトバンク(福岡ソフトバンクホークス)に球団名を変更。 |
タイトル
| 三冠王:1回(2004年)。 |
| 首位打者:2回(2004年、2006年)。 |
| 本塁打王:2回(2004年、2005年)。 |
| 打点王:3回(2003年-2005年)。 |
| 最多安打:1回(2004年)。 |
| 最高出塁率:3回(2004年-2006年)。 |
表彰
| パ・リーグMVP:2回(2000年、2004年)。 |
| ベストナイン:5回(2000年、2003年-2006年)。 |
| 月間MVP:6回(2001年9月、2003年8月、2004年5月、2005年7月、2005年9月、2006年6月)。 |
| セ・パ交流戦優秀選手賞(日本生命賞):1回(2006年)。 |
| オールスターゲームMVP:1回(2009年第2戦)。 |
記録
| 初出場・初先発出場:1997年5月31日、対西武ライオンズ9回戦(福岡ドーム)、7番・一塁手として先発出場。 |
| 初死球:1997年6月18日、対日本ハムファイターズ14回戦(東京ドーム)、7回表に芝草宇宙から。 |
| 初本塁打:1998年9月5日、対西武ライオンズ22回戦(福岡ドーム)、3回裏に西口文也から。 |
| 初盗塁:1998年9月13日、対近鉄バファローズ27回戦(福岡ドーム)、3回裏に二盗。 |
| 100本塁打:2002年5月3日、対日本ハムファイターズ6回戦(東京ドーム)、5回表に正田樹から右中間ソロ ※史上219人目。 |
| 150本塁打:2003年9月27日、対オリックス・ブルーウェーブ27回戦(Yahoo!BBスタジアム)、5回表に窪田淳からソロ ※史上128人目。 |
| 200本塁打:2005年4月17日、対千葉ロッテマリーンズ6回戦(福岡Yahoo!JAPANドーム)、9回裏に渡辺俊介から ※史上82人目。 |
| 1000本安打:2005年7月30日、対千葉ロッテマリーンズ12回戦(福岡Yahoo!JAPANドーム)、6回裏にダン・セラフィニから適時二塁打 ※史上235人目。 |
| 1000試合:2006年4月28日、対北海道日本ハムファイターズ6回戦(札幌ドーム)、4番・指名打者として先発出場 ※史上410人目。 |
| 250本塁打:2006年5月6日、対西武ライオンズ7回戦(インボイスSEIBUドーム)、8回表に山岸穣から ※史上48人目。 |
| 300本塁打:2008年8月29日、対埼玉西武ライオンズ20回戦(福岡Yahoo!JAPANドーム)、3回裏に涌井秀章から ※史上34人目。 |
| 1000打点:2009年4月3日、対オリックス・バファローズ1回戦(福岡Yahoo!JAPANドーム)、3回裏に小松聖から中越2点適時二塁打 ※史上34人目。 |
| 100死球:2009年4月21日、対北海道日本ハムファイターズ4回戦(東京ドーム)、6回表に須永英輝から ※史上11人目。 |
| 1500本安打:2009年5月6日、対オリックス・バファローズ6回戦(京セラドーム大阪)、6回表に山本省吾から中前安打 ※史上100人目。 |
| 300二塁打:2009年8月6日、対千葉ロッテマリーンズ15回戦(福岡Yahoo!JAPANドーム)、1回裏に成瀬善久から ※史上52人目。 |
| 1500試合:2010年3月28日、対オリックス・バファローズ3回戦(福岡Yahoo!JAPANドーム)、5番・指名打者として先発出場 ※史上168人目。 |
| 3000塁打:2011年4月14日、対オリックス・バファローズ3回戦(京セラドーム大阪)、2回表にアルフレッド・フィガロから中前安打で達成 ※史上48人目。 |
| オールスターゲーム出場:9回(1999年-2001年、2003年-2005年、2007年-2009年)※2006年にも監督推薦で選出されているが、負傷のため欠場。 |
現在の登場曲
| KAT-TUN「PERFECT」(2011年7月20日-)。 |
| 日本テレビ「Going!Sports&News」の企画で、亀梨和也(KAT-TUN)との一打席勝負を行ったこの日から使用している。 |
過去の登場曲
| 「FIREWORKS」(2009年8月、2010年)。 |
| ホークスの選手にテーマソングが導入された2005年から使用している「FlyAway」に加え、2006年は「YES!」、2007年からは「Everything」、「時の描片〜トキノカケラ〜」、2008年は「Pure」、2009年は自身の公式サイトでのファン投票で選ばれた「DreamCatcher」を使用。 |
| 第一打席時を除き基本的に奇数打席時は「DreamCatcher」、偶数打席時は「FlyAway」となるが、チャンスの際はイニングに関係なく「FlyAway」が流れるようになっている。 |
テレビCM
| ソフトバンクモバイルホワイトプラン『ホワイト・バット篇』『ホワイト・身長編』(2007年1月-)和田毅、川崎宗則、斉藤和巳らと共演。 |
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1973年
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松中 信彦(まつなか のぶひこ)は、福岡ソフ... |
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1997年
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初出場・初先発出場:、対西武ライオンズ9回... |
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松中信彦さんについてのひとこと紹介
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