16999
17175
192572
%E6%9D%BE%E5%B2%A1%E6%AD%A3%E5%89%9B
%E6%9D%BE%E5%B2%A1%E6%AD%A3%E5%89%9B
%E6%9D%BE%E5%B2%A1%E6%AD%A3%E5%89%9B
%E6%9D%BE%E5%B2%A1%E6%AD%A3%E5%89%9B
%E6%9D%BE%E5%B2%A1%E6%AD%A3%E5%89%9B
0
|
|
|
ネットワーク
|
タグ
キーワード
|
|
|
|
|
|
|
|
|
関連商品
|
|
|
|
つながりの強いひと
|
|
白川静
漢文学者・古代漢字学で著名な東洋学者。学位は文学博士(京都大学)。立命館大学名誉教授、名誉館友。福井県福井市生まれ。 |
|
|
寺山修司
友達
日本の詩人、劇作家。演劇実験室「天井桟敷」主宰。「言葉の錬金術師」の異名をとり、上記の他に歌人、演出家、映画監督、小説家、作詞家、脚本家、随筆家、... |
|
|
杉浦康平
杉浦康平(すぎうらこうへい、1932年9月8日-)は日本のグラフィックデザイナー。江戸時代などの中世・近代日本の図案や、アジア各地の図像などを研究、それに... |
|
|
稲垣足穂
妻 友達
日本の小説家。大正時代から昭和時代にかけて、抽象志向と飛行願望・メカニズム愛好と不毛なエロティシズム・天体とオブジェなどをモチーフにした数々の作品... |
|
|
奈良原一高
奈良原一高(ならはらいっこう、1931年11月3日-)は日本の写真家。福岡県出身。中央大学法学部卒業後、早稲田大学大学院文学研究科で美術史を専攻。大学院在... |
|
|
五木寛之
日本の小説家、エッセイスト、評論家、作詞家、作曲家。旧姓は松延(まつのぶ)。 |
|
|
浅葉克己
アートディレクター。広告、タイポグラフィ制作の第一人者。ライトパブリシティ出身。卓球六段。 |
|
|
土佐尚子
日本のアーティスト,研究者である。MITCenterforAdvancedVisualStudiesでのフェローアーティストを経て、京都大学学術情報メディアセンター教授、シンガポー... |
|
|
岩井寛
日本の医学者、精神科医。東京生まれ。上智大学卒業後、早稲田大学文学部大学院で美学を専攻、さらに東京慈恵会医科大学を卒業。聖マリアンナ医科大学助教授... |
|
|
澁澤龍彦
日本の小説家、仏文学者、評論家。別名のペンネームに澁川龍兒、蘭京太郎、TassoS.などがある。晩年の号に呑珠庵、無聲道人がある。旧字を新字に直す慣例のあ... |
|
|
高橋睦郎
日本の詩人である。福岡県北九州市生まれ。福岡県立門司東高等学校を経て福岡教育大学教育学部国語科卒業。1962年上京し、詩のみならず、俳句、短歌、オペラ... |
|
|
金子郁容
日本の工学者(Ph.D.)。慶應義塾大学教授。専門は情報組織論、ネットワーク論。 |
|
|
田中一光
日本を代表するグラフィックデザイナー。奈良県奈良市出身。昭和期を代表するグラフィックデザイナーとして活躍した。グラフィックデザイン、広告の他、デザ... |
|
|
高山宏
高山宏(たかやまひろし、1947年10月8日-)は日本の英文学者、翻訳家。主として美術、表現芸術の評論家。岩手県生まれ、高知県育ち。東京大学院人文科学研究... |
|
|
立花隆
日本のジャーナリスト・ノンフィクション作家・評論家。1974年11月の「田中角栄研究~その金脈と人脈」(文藝春秋』)では首相の犯罪を暴き社会に衝撃を与え... |
|
|
立川談志
落語家の名跡。当代(家元の談志)は7代目だが、5代目と自称している。これは明治時代の寄席で人気を博していた釜堀りの談志(4代目)が初代を称し、俥屋の談... |
|
|
上橋菜穂子
東京都生まれの児童文学作家、ファンタジー作家、SF作家、文化人類学者。立教大学文学部卒業。同大学院博士課程修了。女子栄養大学助手、武蔵野女子短期大学... |
|
|
知の巨人
思想の死相 知の巨人は死をどう見つめていたのか この本を 1 2 3 4 5 6 7 8 9 冊買う 10冊以上買う お困りの方 在庫切れ等により、手配できない場合... |
|
|
荒俣宏
日本の博物学者、図像学研究家、小説家、収集家、神秘学者、妖怪評論家、翻訳家、タレント。玉川大学客員教授。武蔵野美術大学客員教授。サイバー大学客員教... |
|
|
プロフィール
- 松岡正剛とは
- 誕生~青年期
- 工作舎編集長として
- 編集工学者として
- 「千夜千冊」執筆以降
- 編集工学について
- エピソード
- 主な著作
- 関連サイト
松岡正剛(まつおかせいごう、1944年1月25日-)は、日本の編集者、著述家、日本文化研究者。編集工学を提唱。京都府出身。東京大学客員教授、帝塚山学院大学教授を歴任。現在、株式会社 松岡正剛事務所代表取締役、編集工学研究所所長、 ISIS編集学校校長、連志連衆會理事。妻は、かつて、 稲垣足穂の本などに幻想的な絵をよせた、画家の まりの・るうにい。
誕生~青年期
| 京都の呉服屋に生まれる。 |
| 東京都立九段高等学校進学の頃に東京へ引っ越す。 |
| 早稲田大学文学部フランス文学科進学。 |
| 高校から大学にかけて、革命的マルクス主義派(革マル派)に属し、学生紛争の論客として鳴らす。 |
| 一方で禅寺などをめぐり、様々な思索にふける。 |
| 大学4年の時に父親が多額の借金を残して死去したため、やむなく早大を中退。 |
| 広告会社に勤め、営業活動のかたわら、高校生向けのタブロイド版の新聞「thehighschoollife」を創刊。 |
| この時期、編集活動を通じて、稲垣足穂、土方巽、寺山修司、唐十郎、鈴木忠志らと親交を深める。 |
| とくに早稲田の先輩でもあった寺山修司からは「thehighschoollife」の活動について「東京のヴィレッジボイスである」と評された。 |
工作舎編集長として
| 1971年に友人ら3人で工作舎を設立し、雑誌『遊』(1971年-1982年)を創刊する。 |
| 「オブジェマガジン」と称し、あらゆるジャンルを融合し超越した独自のスタイルは日本のアート・思想・メディア・デザインに多大な衝撃を与えた。 |
| 松岡はこの雑誌の編集長を務めつつ、雑誌そのものへの寄稿、対談出席なども行い、1979年には初の単独著書となる『自然学曼荼羅』を刊行する。 |
| 『遊』刊行中から、外部の各種プロジェクトにかかわり、1978年から翌年にかけては、パリ装飾美術館、ニューヨークのクーパー・ヒューイット美術館などで「間MA展」(磯崎新、武満徹プロデュース)にエディターとして参加する。 |
| この展覧会はミシェル・フーコーなどが訪れるなど評判を呼んだ。 |
| (20年後の1998年には東京芸術大学で再編して開催された)。 |
編集工学者として
| 1982年に工作舎を退社し、松岡正剛事務所を設立して独自の活動を開始する。 |
| 古代から現代まで続く「情報」そのものの歩みを年表化した大作『情報の歴史』を編纂するために各ジャンルの知識人を集め、この本の監修を務める。 |
| この仕事が発展し、1987年に株式会社編集工学研究所を設立することになる。 |
| (現在、編集工学研究所は丸善の子会社となっている)。 |
| 1984年からは、NTTが主催する「情報文化研究フォーラム」の座長を務める。 |
| ジャンルを超えた各界の研究者と議論を交わしながら、情報文化に関する考察を深めていく。 |
| また、同時期にNTTの広報戦略アドバイザーの役も担い、グループCFの制作、監修を行う。 |
| 情報と生命、情報と歴史という視点から映像化した「進化篇」「擬態篇」「図書館篇」といったCFシリーズを生み出し話題を呼んだ。 |
| 同CFシリーズのうち、「図書館篇」はカンヌ国際広告祭のブロンズ賞を獲得した。 |
| この頃からテレビ番組の構成なども務めるようになり、1984年からはじまった『極める』シリーズ(テレビ東京系列)を監修した。 |
| また『ニュードキュメンタリードラマ"昭和"松本清張事件にせまる』(テレビ朝日系列)の企画構成、『ときの探訪』(中部日本放送)の監修も担当。 |
| 『世界一受けたい授業』(日本テレビ)には2005年から構成協力として参加している。 |
| 1990年に放送がはじまった『日本人のこころ』(NHK)では、五木寛之、田中優子とともにレギュラー出演し、日本各地を歩き回りながら、日本文化に潜む魅力とその可能性について討論を交した。 |
| また、この時期、リチャード・ワーマン著『情報選択の時代』『理解の秘密』をたて続けに監訳。 |
| 当時、情報建築家として世界的に注目されていたワーマンを日本ではじめて紹介する。 |
| 1995年、愛知県岡崎市の美術館計画にプロデューサーとして関わる。 |
| 目に見えないもの(心の風景)を感じるという意味から、館名を「マインドスケープ・ミュージアム」と名づけた。 |
| 1997年からは、岐阜県で織部賞を開始、総合プロデューサーを担当し、ジャンルを問わずに内外の様々な人物を顕彰する。 |
| また、帝塚山学院大学に招聘され、教授としてゼミを担当した。 |
| このゼミの内容は1冊の本に編集され、2006年に『17歳のための世界と日本の見方』として春秋社から出版され、4万部を売り上げた。 |
「千夜千冊」執筆以降
| 2000年2月から書評サイト「千夜千冊」の執筆を開始。 |
| 同じ著者の本は2冊以上取り上げない、同じジャンルは続けない、最新の書物も取り上げる、などのルールを自らに課し、時に自身のエピソードやリアルタイムな出来事も織り交ぜた文体は、話題を呼んだ。 |
| 第一夜は中谷宇吉郎『雪』。 |
| 2004年7月に良寛『良寛全集』で〝千冊〟を達成した。 |
| しかしその直後に胃癌が発覚し、手術入院を余儀なくされる(その詳細は「千夜千冊」番外『退院報告と見舞御礼』に語られている)。 |
| しばらくの療養後、再び「千夜千冊」の執筆を開始し、2006年5月22日に柳田国男『海上の道』でもって「放埓篇」として完結した。 |
| この放埓篇・全1144夜に大幅な加筆と構成変更を行い、全8冊の大型本『松岡正剛千夜千冊』として2006年10月に求龍堂より出版された。 |
| 定価99,750円という高額にもかかわらず初版1000部を完売し、2006年の出版界の事件として話題となる。 |
| その後「遊蕩篇」として、1145夜の2006年6月6日(日浦勇『海を渡る蝶』)から1329夜の2009年11月22日(丁宗鐵『正座と日本人』)まで185冊を執筆した。 |
| 2009年11月より、ISIS本座上で「連環編」を連載中である。 |
| また、長年培ってきた編集的世界観に基づき確立した「編集工学」をもとに、2000年6月、「イシス編集学校」を設立し、校長に就任。 |
| 単なる文章術にとどまらない、プランニングからコーチングまでを幅広くカバーする「編集術」を伝授するという独特なスタイルが評判を呼んでいる。 |
| 一方、2005年からは企業の次世代リーダーを育成するための直伝塾、「ハイパー・コーポレート・ユニバーシティ[AIDA]」を開始するなど、独自の編集的世界観をもとにしたカリキュラムを多方面で応用・展開している。 |
| 2003年には、長年にわたって研究・思索してきた「日本文化の方法」を伝承することを目的とした特別塾「連塾」をスタート(主催は資生堂の名誉会長福原義春を代表理事とする連志連衆會)。 |
| 山口小夜子、柳家花緑、田中泯、高橋睦郎、森村泰昌、真行寺君枝、内田繁、浅葉克己、しりあがり寿、井上鑑といったジャンルをこえた多彩なゲストとともに対話をしながら、日本文化、日本経済の未来を模索している。 |
| また、「連志連衆會」では、松岡正剛を囲みながら日本文化の真髄を学ぶためのサロン「椿座」を開催しているほか、日本各地の若い職人とコラボレーションする試みなど、様々な企画を検討している。 |
| 2009年10月に、丸善丸の内本店に、松岡正剛プロデュースによる松丸本舗をオープン。 |
| ショップ・イン・ショップという形態、松岡をはじめとする著名人の書斎を再現した本棚など、その斬新な店舗づくりが話題を呼んでいる。 |
| 2010年7月には、『松岡正剛の書棚―松丸本舗の挑戦』(中央公論新社)が発売された。 |
| 2009年11月には、自身が提唱するブックウェアのコンセプトにもとづき、インターネット上のブックウェア・ポータル(「ISIS本座」)をプロデュースしている。 |
| また、2011年には「目次録」と呼ばれるプロジェクトを公開し、それをもとに新たな形の書籍探索エンジン「システム目次録」を開発している |
編集工学について
| 「生涯一編集者」をモットーとする松岡は、生涯を通じて各種編集、プロデュースにかかわる中で「編集術」「編集工学」という独特の発想をつくり出した。 |
| これは、体系化された方法の"型"をエクササイズすることによって、情報編集の技術を手軽に修得できるプログラムであり、書籍や映像など編集業務における専門性の強化、ビジネスにおける企画力、教育や人とのコミュニケーションからクリエイティブワークにおける表現力の向上まで、あらゆる分野での応用性を目指している。 |
| 編集工学を学ぶための場として開かれているWeb上の学校「イシス編集学校」では、一般の主婦から学生、編集者、プランナー、デザイナー、アーティストなど、様々なジャンルの人々が、松岡正剛の編集的方法を学んでいる。 |
エピソード
| 長いこと書芸に親しんできた松岡は、自分でも書をかく。 |
| 古くからの友人である田中泯主演の舞台『赤光』では、斎藤茂吉の歌集を書でしたためたものを舞台の背景効果として設置した。 |
| また、最近では「擬画」と名づけられたハイパープリントで自作したペン画もときおり作画して公開している(「擬画」は購入することが可能)。 |
| 松岡が編集構成した東京、千鳥が淵の「NIKIギャラリー册」では、松岡作による書や「擬画」が展示されることもある。 |
| 小林啓子、小室等らが歌っていまだに根強いファンを持つ |
| 想いをはせた女の子を舞台に誘った際に、チョイスが悪かったことから途中で帰られてしまい、雪のような冷たい気持ちのなかで書き上げたという。 |
| 全国のカラオケのリストの中にも入っており、選曲すると「作詞・作曲:松岡正剛」と出てくる。 |
| 奈良県から平城遷都1300年を記念して「平城京レポート」を随意契約(プロジェクト全体予算は約7098万円)した、松岡正剛事務所と編集工学研究所・財団法人日本総合研究所は、記述内容84カ所を誤り、ずさん編集浮き彫りが指摘された。 |
| 法相宗の大本山は薬師寺と興福寺だが、興福寺しか記述していなかったため、昨年12月に薬師寺が県に抗議。 |
| 平城遷都1300年記念事業推進局企画課は、昨年9月から制作に取りかかったため時間が足りなかった、参考にしたインターネットや本の記述が間違っていたと説明。 |
| 「チェックも不十分だった」としている。 |
| 県は業者に再発行のための費用約80万円を要求している。 |
主な著作
| 『タルホ事典稲垣足穂』(潮出版社、1975)。 |
| 『愛の傾向と対策』(タモリとの共著、工作舎、1980)。 |
| 『空海の夢』(春秋社、1984,2005)。 |
| 『遊学』(大和書房、1986)のち『遊学Ⅰ』『遊学Ⅱ』中公文庫。 |
| 『ルナティックス』(筑摩書房、1993・斎藤緑雨賞)のち中公文庫。 |
| 『花鳥風月の科学』(淡交社、1994)のち中公文庫。 |
| 『フラジャイル』(筑摩書房、1995)。 |
| 『知の編集工学』(朝日新聞社、1996)のち文庫。 |
| 『日本流』(朝日新聞社、2000)のちちくま学芸文庫。 |
| 『日本数寄』(春秋社、2000)のちちくま学芸文庫。 |
| 『おもかげの国うつろいの国』(NHK人間講座、2004)。 |
| 『日本という方法』(NHK出版、2006)。 |
| 『松岡正剛千夜千冊』(求龍堂、2006)。 |
| 『17歳のための世界と日本の見方』(春秋社、2006)。 |
| 『ちょっと本気な千夜千冊虎の巻』(求龍堂、2007)。 |
| 『脳と日本人』(茂木健一郎との対談、文藝春秋、2007)。 |
| 『誰も知らない世界と日本のまちがい自由と国家と資本主義』『17歳のための世界と日本の見方』の続編、春秋社、2007)。 |
| 『白川静漢字に遊んだ巨人』(NHK知るを楽しむ |
| 『白川静 漢字の世界観』(平凡社新書2008)。 |
| 『自然学曼陀羅』復刊(工作舎、2008)ISBN978-4-87502-178-0。 |
| 『連塾・方法日本1神仏たちの秘密―日本の面影の源流を解く―』(春秋社2008)。 |
| 『連塾・方法日本2侘び・数寄・余白―アートにひそむ負の想像力―』(春秋社2009)。 |
| 『未来のおとなへ語る―わたしが情報について語るなら』(ポプラ社2011)ほか多数。 |
|
1944年
|
松岡 正剛(まつおか せいごう)は、日本の編... |
|
1971年
|
友人ら3人で工作舎を設立し、雑誌『遊』(197... |
|
投票数
0
| ふりがな |
|
| 性別 |
|
| 出身地 |
|
| 生年月日 |
|
| 血液型 |
|
| 職業 |
|
| 所属 |
|
| Twitter |
|
|
|
|
松岡正剛さんについてのひとこと紹介
|
|
|
|