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つながりの強いひと
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吉田明彦
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吉田明彦(よしだあきひこ、1967年-)は日本のゲームクリエイター。スクウェア・エニックス第4開発事業部所属。 |
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崎元仁
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東京都出身の作曲家、サウンドクリエイター。音楽製作全般を主業務とする有限会社ベイシスケイプ代表取締役社長。代表作に、『伝説のオウガバトル』、『ファ... |
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皆川裕史
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ゲームクリエイター。スクウェア・エニックス第4開発事業部所属。クレジットなどでNIGOROというニックネームが使われることがある。クエストにて松野泰己らと... |
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河津秋敏
河津秋敏(かわづあきとし、1962年-)は熊本県出身のゲームクリエイター。熊本県立熊本高等学校卒業、東京工業大学理学部中退。現在、株式会社スクウェア・エ... |
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岩田匡治
友達
岩田匡治(いわたまさはる、1966年10月26日-)はゲームミュージックの作曲家。東京都出身。高校卒業後、株式会社ボーステックに入社。『爆走バギー一発野郎』... |
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坂口博信
ファン
茨城県日立市出身のゲームクリエイター、脚本家、映画監督。現在はハワイ在住。世界的人気RPGファイナルファンタジーシリーズの生みの親として知られている。... |
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伊藤裕之
スクウェア・エニックスのゲームクリエイター。作詞等を手がける場合のペンネームは「シオミ」。動物占いはコアラ。 |
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渡辺大祐
日本のゲームクリエイター、ゲームシナリオライター。スクウェア・エニックス所属。神奈川県横浜市出身。高校卒業後富士見書房やリクルートに勤め、またフリ... |
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生田美和
日本のシナリオライター、小説家。小説を書く際のペンネームは生田美話。1995年にスクウェア(現・スクウェア・エニックス)に入社後、開発2部に所属し『サガ... |
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小島秀夫
小島秀夫(こじまひでお、1963年8月24日-)はゲームデザイナー、コナミデジタルエンタテインメント執行役員副社長、開発チーム小島プロダクション監督。 |
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田中弘道
田中弘道(たなかひろみち、1962年1月7日-)は日本のゲームプロデューサー。同級生で同じクラスだった坂口博信に誘われて、横浜国立大学工学部電気情報工学科... |
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植松伸夫
植松伸夫(うえまつのぶお、nobuouematsu、1959年3月21日-)はゲームミュージック作曲家、株式会社DOGEARRECORDS、有限会社SMILEPLEASE代表。高知県高知市出... |
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皆葉英夫
皆葉英夫(みなばひでお、1971年8月2日-)は日本のアートデザイナー。東京都出身。デザイネイション代表取締役社長。 |
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上国料勇
鹿児島県出身のゲームクリエイター、スクウェア・エニックス所属。1999年、スクウェア(現・スクウェア・エニックス)に入社。『ファイナルファンタジーXII』... |
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堀井雄二
堀井雄二(ほりいゆうじ、1954年1月6日-)は兵庫県洲本市出身のゲームデザイナー、作家、アーマープロジェクト代表取締役。『ドラゴンクエストシリーズ』の生... |
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野島一成
日本のゲームクリエイター、ゲームシナリオライター。有限会社ステラヴィスタ代表。北海道札幌市出身、北海道札幌清田高等学校卒。 |
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桝田省治
日本のゲームデザイナー、兵庫県生まれ。有限会社マーズの代表取締役。 |
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小山力也
日本の男性俳優、声優、ナレーター。劇団俳優座所属。京都府京都市生まれ。血液型はO型。愛称は「リッキー」「りきちゃん」「リキ」。主な出演作は、吹き替え... |
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下村陽子
下村陽子(しもむらようこ、1967年10月19日-)は日本の作曲家。兵庫県生まれ。大阪音楽大学短期大学部音楽学部器楽学科ピアノ専攻卒。主にゲームミュージック... |
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三原一郎
三原一郎 [ミハライチロウ] ソニーマニュファクチュアリングシステムズ(株)代表取締役社長。1944年、中国・上海生まれ。68年、早稲田大学法学部卒業。同... |
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プロフィール
- 松野泰己とは
- クエスト入社前
- クエスト在籍時代
- スクウェアへの移籍
- スクウェア在籍時代
- 『FFXII』の製作と途中降板
- 退職後の動向
- 作風
- 逸話
- 製作作品
- 関連サイト
松野泰己(まつのやすみ、1965年10月24日-)は、新潟県妙高市(旧 新井市)出身のゲームクリエイター。法政大学経済学部中退。A型。『オウガバトルシリーズ』や『イヴァリースシリーズ』など、SRPG作品を中心に制作している。
クエスト入社前
| 中学3年生の時、ゲームの虜となる。 |
| 当時はまだゲームセンターのイメージが良くなく、人目を避ける為わざわざ地元から離れた土地まで通い詰めていた。 |
| 大学では映画研究会に所属。 |
| 友人達とアルバイトをして稼いだ資金で自主制作映画を手掛け、ものつくりの楽しさに触れた。 |
| その後、経済誌のライターを務めた。 |
クエスト在籍時代
| 1989年にクエストに入社。 |
| 彼の作品の中心メンバーとなる皆川裕史、吉田明彦、岩田匡治(彼を介して崎元仁とも)と出会う。 |
| いくつかの作品の企画参加を経て『オウガバトルシリーズ』を製作。 |
スクウェアへの移籍
| 1995年9月、『タクティクスオウガ』のマスターアップの終了後、発売を待たずにクエストを退社した。 |
| 以前より松野は『タクティクスオウガ』が完成したらクエストを辞める約束をしていたという。 |
| その後、当時スクウェアに在籍していた三原一郎(現アリカ副社長)に誘われスクウェア(現スクウェア・エニックス)に入社した。 |
| これに関しては「スクウェアからの引き抜きがあったのでは」という疑惑も挙がったが、ファンサイトの電子掲示板で「クエスト退社の理由は『経営陣との方針の食い違い』からである」と否定した。 |
| 同時にクエストの社員である皆川裕史と吉田明彦も移籍しているのは、松野自身からの誘いによる移籍であり、スクウェアの関与ではない。 |
スクウェア在籍時代
| スクウェアでは最初に『ファイナルファンタジータクティクス』を任せられる。 |
| クエストから呼び寄せた旧知のスタッフと、スクウェアの伊藤裕之達と共に約1年の製作期間で完成させた。 |
| 『タクティクスオウガ』に酷似していたために物議を醸すこととなったが、シミュレーションRPGでは異例の100万本を越える売り上げを達成した。 |
| その後『ベイグラントストーリー』を制作。 |
| 独自路線を強く出しすぎたためか売上は不振で、ディレクターを辞職し、チームを解散した。 |
『FFXII』の製作と途中降板
| その後はスクウェアの提供するネットワークサービス『PlayOnline』に関わり、2002年、スクウェアがソフト製作部門に事業部制を導入すると共に、第4開発事業部部長として執行役員も務めた。 |
| 坂口博信の推薦で『ファイナルファンタジーXII』のプロデューサー、ディレクター、シナリオを担当。 |
| それと並行して、クエストのゲーム事業がスクウェアへ譲渡された縁で、旧クエストのメンバーと合流。 |
| 彼らがメインで開発した『ファイナルファンタジータクティクスアドバンス』のプロデューサーや原案を務めた。 |
| しかし、『FFXII』の開発途中でメディアでの露出が無くなり、2005年3月、執行役員から解任。 |
| 同年8月には病気療養による降板が発表され、取締役員の河津秋敏がエグゼクティブプロデューサーに就任し、松野は監修・原案として開発に関わることになった。 |
| のちにスクウェア・エニックスはユーザーのEメールへの回答で「2005年8月末をもって退職した」と発表している。 |
| 松野はTwitter上でユーザーに退社理由を聞かれ、病気療養による降板という公式情報以上でも以下でもなく、ファンや各関係者に迷惑をかけてしまったことに対するけじめを取ったと答えている。 |
| 海外メディアへのインタビュー |
退職後の動向
| 降板後は沈黙が続いたが、2006年9月14日の任天堂主催"WiiPreview"の会場内で放映された開発者インタビューに登場した |
| Wii用ゲームソフトのアイデアを練っているとのことで、これが実に2年ぶりのメディアへの登場となった。 |
| その後、崎元仁が海外のインタビュー |
| 2009年現在判明している仕事としては、プラチナゲームズ製作・スパイク販売(海外版はセガが販売)の『マッドワールド』のシナリオ製作と世界観構築に携わっている |
| 2010年2月よりTwitterを始め、何らかの仕事に携わっている旨の発言をしていた。 |
| そして2010年7月、PSP専用ソフト『タクティクスオウガ 運命の輪』がスクウェア・エニックスからリリースされることが発表され、松野以下オリジナル版の主要スタッフ全員が製作に参加していることが明らかになった。 |
| 現在はレベルファイブに所属している事を自身のツイッター上で明かしている |
作風
| 世界観の構築を非常に重要視したゲーム作りを行う事で有名であり、シナリオ制作にあたってはまず歴史や神話、文化や政治体制など世界の根幹となる部分を細密に設定し、それらを土台とする広大な空想世界を創造(『オウガバトルサーガ』や『イヴァリース』)、その中の出来事として物語を作るというスタンスを取る。 |
| 製作するストーリーラインの多くは西洋ファンタジー調を基とし、国家、宗教、人種間の紛争に及んだ複雑なものである。 |
| しばしば作中にクイーンの引用が見られる。 |
| 作品には曲から物語の着想を得たもの、サブタイトルや地名をそのまま曲名にしたもの、クイーンにちなんだ固有名詞などがいくつか入っている。 |
| 製作しているジャンルがRPG、SRPG中心なのは、あくまで「商品としてのゲーム」を製作しているためであると話している。 |
| オウガバトルを製作したきっかけはマニアックなジャンルであったシミュレーションゲームを万人受けする水準まで引き下げた『ファイアーエムブレム』のヒットによるものであり、「シューティングゲームを製作したい」と述べたこともある。 |
| 製作現場における自らの役割については「自分はゲームクリエイターではなく、あくまで制作を統括するビジネスマンでありたい」と発言している『ベイグラントストーリーアルティマニア』P.5(ISBN4-925075-75-6)。 |
| 一方で、ゲームクリエイターとして「やるからにはなんでもやりたい」とし、自らが制作する作品には監督として大部分に関わり、特に『ファイナルファンタジーXII』は超大作級の作品でありながら、制作総指揮・監督・脚本と異例とも言える多くのポジションを担当していた。 |
| 事実、ゲーム製作の根幹を担うプログラミングに関しては全くの素人であると語っている。 |
| またシナリオに関しても「仕方なく書いている」という主旨の発言をしている。 |
逸話
| 「ファミ通」のクロスレビューで40点満点を記録した15作品のうち2作品は、松野が開発に携わった『ベイグラントストーリー』、『ファイナルファンタジーXII』である。 |
| オンラインゲームに造詣が深く、『ファイナルファンタジーXI』以外にも『ウルティマオンライン』を5年以上続けていたという。 |
| これ以前にも、アマチュアによる『タクティクスオウガ』についてのインタビューをパソコン通信で回答したり、自身の作品のネット上での評価を気にしていたりと、オンラインゲームが一般的に広まる以前からインターネットを積極的に用いていた様である。 |
製作作品
| 1990年-魔天童子。 |
| 1991年-レジェンド-明日への翼-。 |
| 1991年-マジカルチェイス-スペシャルサンクス。 |
| 1993年-伝説のオウガバトル-ディレクター・脚本。 |
| 1995年-タクティクスオウガ-プロデューサー・ディレクター・ゲームデザイン・脚本。 |
| 1997年-ファイナルファンタジータクティクス-ディレクター・脚本。 |
| 2000年-ベイグラントストーリー-プロデューサー・ディレクター・脚本。 |
| 2001年-PlayOnline-開発プロデューサー。 |
| 2003年-ファイナルファンタジータクティクスアドバンス-プロデューサー。 |
| 2006年-ファイナルファンタジーXII-原案・シナリオプロット・監修(元プロデューサー・ディレクター・シナリオ)。 |
| 以下、スクウェア退職後。 |
| 2009年-MADWORLD-脚本協力。 |
| 2010年-タクティクスオウガ運命の輪-ゲームデザイン・シナリオ。 |
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1965年
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松野 泰己(まつの やすみ)は、新潟県妙高市... |
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1989年
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クエストに入社 |
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投票数
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松野泰己さんについてのひとこと紹介
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