| 2005年、福島県立いわき総合高等学校に進学。 |
| インターハイ、国体、全国高校駅伝のいずれにも出場経験がなかった。 |
| 貧血体質が原因で競技途中に失速することが多かったが薬の服用と食生活の改善によりこれを克服しており、高校3年生の夏以降競技成績が躍進し始めた。 |
| 7月の福島県総体5000mで2位、東北総体5000mでは3位に入賞。 |
| 12月1日の日体大長距離記録会5000mでは、かつて今井正人が記録した福島県記録の14分07秒44を塗り替える14分01秒50をマークした。 |
| 2008年の全国都道府県対抗男子駅伝競走大会(ひろしま男子駅伝)では1区区間賞を獲得した。 |
| 高校卒業後は就職する予定であったが、高校2年時から注目していたという東洋大学のスカウト佐藤尚の誘いで、2008年に東洋大学に進学した。 |
| 1年生ながら同年の関東インカレ10000mではメクボ・ジョブ・モグス、ギタウ・ダニエルについで日本人トップとなる3位入賞を果たした佐藤尚監督代行は、3年生までに使える選手として育成する予定だった旨の発言をしている。 |
| 5000mでも5位入賞となった。 |
| その後アジアジュニア陸上競技選手権大会では5000m2位、世界ジュニア陸上競技選手権大会では10000m7位の成績を残した。 |
| 同2008年秋には東洋大学・鉄紺のタスキを掛け大学駅伝デビューを飾り、第20回出雲駅伝では1区(8.0km)を走り区間2位。 |
| 第40回全日本大学駅伝では大西智也から先頭でタスキを受けると、2区(13.2km)を2007年竹澤健介が刻んだ区間記録に2秒差と迫るタイムで走り、木原真佐人と区間賞を分け合った。 |
| 12月、入学以来指導を受けていた川嶋伸次が監督を辞任した。 |
| 2009年1月2日、第85回箱根駅伝では5区(23.4km)山登り区間の選手として箱根路を走った。 |
| 2007年今井正人が残した同5区区間記録を47秒更新する走りで8校を抜き、東洋大学の往路逆転優勝そして初の総合優勝に貢献し、この年の「金栗四三杯」を受賞した前区間記録保持者今井正人も、同じ福島県浜通り出身である。 |
| 尊敬する今井から同区は「やりがいのある区間」と言われ、自ら同区の選手を志願した。 |
| 日本テレビによる箱根駅伝の当日の中継番組には、今井がゲスト出演していた。 |
| 同区区間記録を更新した際、芦ノ湖の実況を担当した平川健太郎アナウンサーは今井に対して「山の神」とコメントしたが、柏原に対しては「新・山の神」「山の神童」と表現していた。 |
| 2009年3月、最後の開催となった京都シティハーフマラソンでは男子招待選手としてハーフマラソンに初出走、男子の部で優勝を果たした。 |
| 大学2年に進級した後、5月の関東インカレでは10000m・5000mともダニエルに次ぐ2位入賞を果たした。 |
| この結果を受けてセルビア・ベオグラードで開催されるユニバーシアード10000m代表に選出された。 |
| 体調不良があり、6月の第93回日本選手権を回避しユニバーシアードに専念。 |
| 7月8日、宇賀地強と共に出場したユニバーシアード10000mでは8位の成績を残した。 |
| 同2009年10月、第21回出雲駅伝でも前年に続いて1区を走り、2007年に上野裕一郎が刻んだ区間記録タイのタイムで区間2位の成績を残した。 |
| 11月1日の第41回全日本大学駅伝では1区(14.6km)を走り、出雲に続いてキラグ・ジュグナ(第一工業大学)に次ぐ区間2位となった。 |
| 11月23日、第21回国際千葉駅伝には日本学生選抜として出場、ここでも1区(5.0km)にエントリー。 |
| 2005年世界陸上選手権5000m銅メダリストクレイグ・モットラム(オーストラリア代表)や上野らと走り、スタートから果敢に飛ばして区間5位。 |
| 日本学生選抜のスターターとして結果を残し、2位準優勝の一員となった。 |
| 2010年1月2日、第86回箱根駅伝では前年に続いて、山登りの5区を出走。 |
| 柏原は7位で襷を受け取るがスタートから6人抜きの快走、13Km付近で一気に首位に立つ。 |
| 結果昨年自身の打ちたてた区間記録を10秒更新、東洋大学の2年連続往路優勝に貢献する。 |
| 翌日の1月3日も東洋大学は2年連続での箱根駅伝総合優勝を果たし、柏原も前年に続いて2回目の「金栗四三杯」を受賞した。 |
| しかし2010年春先に右膝を痛めて以降不調に苦しみ、同年10月の第22回出雲駅伝では出走メンバーから外れ、11月の第42回全日本大学駅伝では2区で区間4位となった。 |
| 2011年1月2日、総合三連覇を懸けた第87回箱根駅伝では三度目の5区に出走。 |
| トップ早稲田大と2分54秒差の3位で襷を受け取り、前年自らが記録した区間記録に45秒及ばずも、16kmすぎに首位に立ちそのままゴール、3年連続往路優勝を達成した。 |
| 東洋大学は復路で逆転を許して総合2位となった。 |