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つながりの強いひと
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柳家小さん
長野県出身の落語家。本名、小林盛夫(こばやしもりお、4代目桂三木助の本名と同姓同名)。出囃子は『序の舞』。1995年に落語家として初の人間国宝に認定され... |
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柳家小三治
東京都新宿区出身の落語家である。2010年6月より落語協会会長。出囃子は『二上りかっこ』。通称「高田馬場の師匠」 |
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柳家花緑
社団法人落語協会所属の落語家(真打)。東京生まれ。人間国宝であった5代目柳家小さんは母方の祖父に当たる。兄は振付家(元バレエダンサー)小林十市。叔父... |
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柳家権太楼
落語研究会で活躍。大学卒業後の1970年4月に5代目柳家つばめに弟子入り。前座名柳家ほたるを名乗る。1974年9月に師匠つばめが他界、大師匠5代目柳家小さん門... |
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柳家三亀松
柳家三亀松(やなぎやみきまつ、1901年9月1日-1968年1月20日)は都々逸、三味線漫談家、粋談。本名・伊藤亀太郎(いとうかめたろう)。出囃子は『佃』。1962... |
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鈴々舎馬風
落語家の名跡。先代は9代目と称していたが、馬風を名乗った人物は現在の所5人しか確認されておらず、当代の一門の公式HPでも5代目と記されているため、本項で... |
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蝶花楼馬楽
落語家。本名:本間弥太郎。俗に「弥太っぺ馬楽」「狂馬楽」。芝の袋物商の子として生まれる。若い時から放蕩に身を持ち崩して勘当される。止む無く博徒新場の... |
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柳家さん喬
落語家。後の柳家小はん(本名:鶴見正四郎)。本名は稲葉稔。本項にて詳述。---柳家さん喬(やなぎやさんきょう、1948年8月4日-)は、東京都墨田区本所出身... |
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柳家金語楼
喜劇俳優、落語家、落語作家・脚本家(筆名・有崎勉)、発明家、陶芸家。本名・山下敬太郎(やましたけいたろう)。落語家時代の出囃子は『琉球節』。禿頭を... |
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柳家菊語楼
落語家(江戸落語)の名跡。2代目の死後は空き名跡となっている。初代柳家菊語楼-後の2代目柳家三語楼。本名、北村惣平。2代目柳家菊語楼-本項にて詳述。---2... |
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五街道雲助
落語家の名跡。当代は6代目となっているが、明確な資料が残っておらず、名跡であることに変わり無いのだが代数がはっきりしていない(五海道、五開堂の雲輔と... |
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幇間
宴席やお座敷などの酒席において主や客の機嫌をとり、自ら芸を見せ、さらに芸者・舞妓を助けて場を盛り上げる職業。歴史的には男性の職業である。 |
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立川談志
落語家の名跡。当代(家元の談志)は7代目だが、5代目と自称している。これは明治時代の寄席で人気を博していた釜堀りの談志(4代目)が初代を称し、俥屋の談... |
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林家正蔵
東京都台東区根岸出身の落語家(落語協会常任理事)、タレント、声優、司会者、大学教員。血液型A型。東京都立竹台高等学校卒業。出囃子は『あやめ浴衣』。前... |
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出囃子
【出演者プロフィール】
● 古今亭駿菊 (ここんてい・しゅんぎく)
1964年、東京都生まれ。本名・伊奈伸嘉。出囃子「沼津」
1988年、古今亭円菊に入門。200... |
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柳家喬太郎
東京都世田谷区出身の落語家。落語協会所属。本名は小原正也(こはらまさや)。日本大学商学部経営学科卒業。出囃子は『まかしょ』。 |
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山口慶
京都府出身のサッカー選手。ジェフユナイテッド市原・千葉所属、ポジションはMF(主にボランチ)。 |
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古今亭志ん生
明治後期から昭和期にかけて活躍した落語家。20世紀を代表する名人に数えられる。本名、美濃部孝蔵(みのべこうぞう)。生前は落語協会所属。出囃子は『一丁... |
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古今亭志ん朝
江戸噺家の名跡。3代目の死去に伴い、現在は空席。3代目は名人の誉れ高く、志ん朝の名跡を大きくしたため、一般的に志ん朝と言えば3代目を指す。この名前は5... |
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プロフィール
柳家三語楼(やなぎやさんごろう)は、落語家の名跡。柳派に属する。3代目が6代目 柳家小さんを襲名してから、空き名跡となっている。初代より以前に 三遊亭花圓遊(本名:佐々木安太郎)が1903年7月に3代目 柳家小さん門下で、 柳家三語楼を名乗ったと言う記録があるが、代数にはカウントされていない。
初代
| 俗に初代柳家三語楼(1875年3月-1938年6月29日)は、落語家。 |
| 本名は山口慶三。 |
| 横浜生まれで家業は運送業、セント・ジョセフ・インターナショナル・カレッジ出身で少年時代から外国人商社で働いていたため、噺家では珍しく英語が堪能だった。 |
| 落語が好きで素人落語を長らくやっていた。 |
| 1910年頃?に4代目橘家圓喬に入門し右圓喬、1912年師匠圓喬の死後は1913年に2代目談洲楼燕枝門下に移籍し燕洲となり、後に3代目柳家小さん門下で三語楼を名乗った。 |
| 1916年5月に真打昇進。 |
| 大正期を代表する人気落語家の一人で、枕(落語の導入部)に英語を入れるなどナンセンス落語が大いに受けた。 |
| 1927年、東京落語協会を飛び出し、5代目三遊亭圓生と共に独立。 |
| 落語協会、俗に言う「三語楼協会」を設立した。 |
| 1930年三語楼協会を解散して東京落語協会に戻るが、1932年再度離脱。 |
| 門下には柳家金語楼、7代目林家正蔵(初代林家三平の父、9代目林家正蔵、2代目林家三平の祖父)、初代柳家権太楼、5代目古今亭志ん生(東京落語協会脱退せず、協会残留)、三味線漫談(粋談)柳家三亀松、都家琴月(後の柳家三亀坊)、柳家語楽(1901年-1980年代以降)、もともと漫才師で「柳家語楽・大和家こたつ」というコンビであったが、のちに膝人形などの珍芸で花王名人劇場などに出演していた。 |
| 息子はやはり花王名人劇場に出ていたタップ紙切り師の花房蝶次であるなど。 |
| なお、亡くなる直前一時期の弟子志ん生(当時7代目金原亭馬生)の次男3代目古今亭志ん朝の本名「強次」(誕生日が陸軍記念日の3月10日で勝利に因んで)は三語楼が名付けたとされる。 |
| 得意ネタは『九段八景』『寝床』『たぬき』『お直し』『締め込み』など。 |
| 古典落語に大胆なアレンジを施して5代目志ん生などに伝えるなど、現在に影響を与えた点では初代三遊亭圓遊、初代桂春團治と並ぶ功績をあげている。 |
| 「たぬき」で狸が札束に化けた時に使う「いけねえ札から蚤が出てきた。 |
| 」というのは三語楼の作ったクスグリである。 |
| 最初の師匠圓喬を崇拝しており、「俺が死んだときは、師匠から貰った袴が大事にとってあるから、それをはかして棺の中へ入れてくれ。 |
| 」と遺言していた。 |
| (6代目三遊亭圓生談)。 |
| 残されているSPレコードは『厄払い』『嘘の皮』『意趣返し』『眼鏡屋泥棒』『たぬき』『高尾』『見世物風景』『宴会』のほかにコント風の『花嫁十人』『耳鏡』などがある。 |
2代目
| 2代目柳家三語楼(1898年12月15日-昭和50年代?)は、落語家。 |
| 本名は北村惣平。 |
| 最初は初代の門下で語ン平、1921年5月に語らくとなり1922年10月に柳家三太楼、1924年9月に三好、1927年1月に初代柳家菊語楼、1946年に2代目三語楼襲名。 |
| 「三語楼協会」では重宝されたが解散後は不遇となり、幇間に転じたこともあった。 |
| 三語楼を名乗ったものの目立った活躍はしなかった。 |
参考文献
| 諸芸懇話会、大阪芸能懇話会共編『古今東西落語家事典』平凡社、ISBN458212612X。 |
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1898年
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2代目柳家 三語楼(昭和50年代?)は、落語家... |
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1903年
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3代目柳家小さん門下で、柳家三語楼を名乗っ... |
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柳家三語楼さんについてのひとこと紹介
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