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つながりの強いひと
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栃東知頼
福島県相馬郡(現在の相馬市)出身(出生地は茨城県筑波郡)の元大相撲力士。春日野部屋所属。最高位は東関脇(1970年3月場所)。本名は志賀駿男(しがはやお... |
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栃天晃正嵩
群馬県高崎市出身の元大相撲力士。現役時代は、春日野部屋に所属した。本名は島方守(しまかたまもる)。現役当時の体格は181cm、146kg。得意手は右四つ、寄... |
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千代の富士貢
大相撲元力士で、第58代横綱。北海道松前郡福島町出身。身長183cm、体重127kg。現在は年寄・九重。現役時代の異名・愛称はウルフ、大将。血液型はA型。岳父は... |
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栃司哲史
愛知県名古屋市出身の元大相撲力士である。本名は後藤哲雄(ごとうてつお)。春日野部屋所属。最高位は関脇(昭和63年1月場所)。現役時代の体格は180cm、157... |
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栃栄篤史
佐賀県佐賀郡富士町(現在の佐賀市、出生地は東京都中野区)出身で春日野部屋所属の元大相撲力士。本名は岡本篤(おかもとあつし)、身長183cm、体重155kg。... |
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金城興福
宮崎県児湯郡高鍋町出身で、1970年代から1980年代にかけて活躍した春日野部屋に所属の大相撲力士。1979年3月場所から1985年1月場所まで、大関・栃光正之にち... |
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舛田山靖仁
石川県七尾市出身で春日野部屋所属の元大相撲力士。本名は舛田茂(ますだしげる)。身長186cm、体重150kg。最高位は東関脇(1983年9月場所)。現在は年寄・千... |
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栃乃和歌清隆
和歌山県海南市(旧海草郡下津町)出身で、春日野部屋所属の元大相撲力士。本名は、綛田清隆(かせだきよたか)、身長189cm、体重160kg。最高位は東関脇(198... |
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栃剣展秀
愛知県名古屋市昭和区出身の元大相撲力士。現役時代は春日野部屋所属。現役時代の体格は171cm、114kg。本名は平野展秀(ひらののぶひで)。最高位は西前頭2枚... |
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相模川佶延
神奈川県愛甲郡南毛利村(現在の厚木市)出身で春日野部屋所属の元大相撲力士。本名は原島寶(はらじまたから)。身長189cm、体重124kg。得意手は突っ張り、... |
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栃偉山弘行
千葉県千葉市出身で、大和証券バスケットボール部所属の元バスケットボール選手、春日野部屋所属の元大相撲力士。本名は浜中忠(はまなかただし)、旧姓は大... |
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栃王山裕規
愛知県名古屋市中村区出身の元大相撲力士。春日野部屋所属。最高位は西前頭筆頭(1969年1月場所、1970年9月場所)。現役時代の体格は174cm、112kg。得意手は... |
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栃錦清隆
東京府南葛飾郡(現在の東京都江戸川区)出身の大相撲の第44代横綱。本名、大塚清(おおつかきよし)(のちに栃木山の養子になり、中田姓)。身長178cm、体重... |
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三重ノ海剛司
三重県松阪市出身で出羽海部屋所属の元大相撲力士、第57代横綱。本名は石山五郎(いしやまごろう)、現役時代の体格は身長181cm、体重135kg。現在は年寄・14... |
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若乃花幹士
大相撲の力士、第45代横綱。所属は入門当時は二所ノ関部屋、1953年に花籠部屋の独立とともに移籍。青森県弘前市青女子(あおなご)出身。身長179cm、体重107k... |
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北の湖敏満
北海道有珠郡壮瞥町出身で三保ヶ関部屋所属の元大相撲力士、第55代横綱。引退後は、一代年寄北の湖となる。現在日本相撲協会理事。第9代日本相撲協会理事長(2... |
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栃勇義治
青森県南津軽郡田舎館村出身、春日野部屋所属の元大相撲力士。身長177cm、体重115kg。得意手は押し、左四つ、吊り。本名は阿保鉄雄(あぼてつお)。最高位は... |
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琴錦功宗
琴錦功宗(ことにしきかつひろ、1968年6月8日-)は群馬県群馬郡箕郷町(現・高崎市)出身の元大相撲力士。佐渡ヶ嶽部屋所属。本名は松澤英行。最高位は東関脇... |
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栃煌山雄一郎
高知県安芸市出身で春日野部屋所属の現役大相撲力士。本名は影山雄一郎(かげやまゆういちろう)、愛称はカゲ。身長188cm、体重151kg、血液型はA型。得意手は... |
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栃乃洋泰一
石川県七尾市出身で春日野部屋所属の現役大相撲力士。本名は後藤泰一(ごとうたいいち)、愛称はタイチ。身長187cm、体重161kg、血液型はO型。趣味は「読書」... |
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プロフィール
- 栃赤城雅男とは
- 来歴
- エピソード
- 主な成績
- 改名歴
栃赤城雅男(とちあかぎ・まさお、1954年10月31日-1997年8月18日)は、群馬県沼田市出身の元大相撲力士。春日野部屋所属。最高位は東関脇。本名は金谷雅男。身長180cm、体重138kg。得意手は右四つ、小手投げ。
来歴
| 中学では水泳部、沼田高校では柔道部に所属。 |
| 柔道では国民体育大会の群馬県代表として出場したこともあった。 |
| 柔道の活躍が春日野親方(元横綱・栃錦)の目に留まり再三勧誘され、高校卒業直前に春日野部屋に入門。 |
| 1973年1月場所に初土俵を踏んだ。 |
| 初土俵から約1年半で幕下に昇進。 |
| 幕下上位で一度は跳ね返されたものの、1976年11月場所に十両に昇進。 |
| 十両を3場所で通過し、1977年5月場所には新入幕を果たした。 |
| 華麗な取り口から「サーカス相撲」の異名をとり、長く幕内上位で活躍。 |
| 本場所の幕内の取組で、決まり手としては珍しい「ちょん掛け」や「逆とったり」、「腕捻り」で勝ったりもした。 |
| 1979年11月場所には、輪島、若乃花、三重ノ海の3横綱から金星を獲得するなど上位力士相手でも安定した成績を残した。 |
| この場所は4横綱であり、残る北の湖を倒せば史上初の一場所四金星の記録を打ち立てるところであった。 |
| 一時は関脇に定着し増位山、蔵間、玉ノ富士、琴風、朝潮らと共に大関候補として期待された時期もあったが、両足首の故障で昇進はならなかった。 |
| その後、糖尿病を患い精彩を欠く相撲が多くなり幕内と十両を往復する生活が続いた。 |
| 昭和50年代前半には幕尻の前頭13枚目ないし14枚目につき、中入り後最初の取り組みが定位置となった時期もあった。 |
| しかし、十両でも勝ち越すことが出来なくなり1985年7月場所には幕下に陥落、一度は十両に復帰したものの幕下の土俵が続いた。 |
| 関取を陥落した後も長く相撲を取り続けたが、引退も考えていた時に師匠・春日野親方が病に伏していたため、「師匠に元気な姿を見てもらいたい」とそれ以降も相撲を取り続けた。 |
| しかし1990年1月場所中に師匠が死去したため、同年3月場所を全休しその場所限りで廃業した。 |
| 現役最後となった3月場所の番付は東三段目4枚目で、元関脇が三段目まで陥落したのは出羽ヶ嶽以来、久々の事であった。 |
| 廃業後は実家の呉服店を手伝っていたが、兄弟子であった山分親方(元前頭・栃富士)とのゴルフ中に倒れ急死。 |
| そのあまりにも侘しい死は、引退後のプロスポーツ選手のあり方についての問題提起となった。 |
エピソード
| 柔道を経験しているためか、右手・左手・右足の力が左足に比べて異様に強く、極めてバランスが悪かった。 |
| 得意な決まり手は、小手投げ・とったりであった。 |
| 小股掬いや五輪砕きなどの珍しい技をよく使うことでも知られた。 |
| その一方で立合いが雑であったことや攻め込まれてから技を繰り出すことが多かったことが嫌われたのか、殊勲賞・敢闘賞を各4回受賞しているにもかかわらず技能賞は1度も受賞できなかった。 |
| ヘビースモーカーで、北の湖に「禁煙すれば、横綱も狙えるのに」とまで言われた。 |
| これを受けて「禁煙して横綱だったら、煙草を喫みまくっての幕内の方が良いです。 |
| 」と答えたといわれる。 |
| タニマチ(後援者のこと)が大嫌いでほとんど付き合わなかった。 |
| そのため、年寄名跡を取得することができず、廃業の憂き目をみた。 |
| 群馬県出身の幕内力士は1912年5月場所の白梅以来65年ぶりだった。 |
| その後群馬県からは起利錦、琴錦、琴稲妻、湊富士らが出た。 |
| バロック音楽の鑑賞が趣味で、オーディオ機器に詳しかった。 |
| 筒井康隆の著作を愛読していた。 |
| 終生独身であったが、結婚願望はあったようで、週刊誌の『あの人は今』に登場した際、「嫁さん募集中って書いといてね。 |
| 頼むよ」と最後にコメントしている。 |
| 風貌が林家小染(4代目)に似ていた。 |
| 亡くなる当日、一緒にゴルフをプレーしていた元・栃富士の山分親方も6年後に栃赤城と同じ病気(急性心筋梗塞)で亡くなっている。 |
| 千代の富士に強く15回対戦して8勝7敗と千代の富士の横綱昇進後に対戦があった関脇以下の力士としては唯一勝ち越している。 |
| アンパンが大好きで、支度部屋でもよく食べていた(現在、支度部屋では飲食禁止)。 |
| また柄パンを愛用していた。 |
主な成績
| 通算成績:556勝543敗46休(104場所) 勝率.506。 |
| 幕内在位:35場所(うち関脇6場所、小結1場所)。 |
| 幕内成績:234勝252敗39休 勝率.481。 |
| 殊勲賞4回(1979年7月場所・11月場所、1980年1月場所、1981年3月場所)。 |
| 敢闘賞4回(1977年5月場所、1979年3月場所、1980年7月場所、1981年11月場所)。 |
| 金星:8個(北の湖3、2代若乃花3、輪島、三重ノ海)。 |
| 各段優勝:十両1回(1984年9月場所)。 |
| 第4回日本大相撲トーナメント優勝(1980年2月11日)。 |
改名歴
| 金谷雅男(かなやまさお)1973年1月場所~1977年3月場所。 |
| 栃赤城雅男(とちあかぎ-)1977年5月場所~1981年1月場所。 |
| 栃赤城敬典(とちあかぎたかのり)1981年3月場所~不明。 |
| 栃赤城雅男(とちあかぎ まさお)不明~1990年3月場所。 |
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1912年
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群馬県出身の幕内力士は場所の白梅以来65年ぶ... |
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1980年
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第4回日本大相撲トーナメント優勝 |
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投票数
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栃赤城雅男さんについてのひとこと紹介
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