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桂庵玄樹

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つながりの強いひと
雪舟
室町時代に活動した水墨画家・禅僧。「雪舟」は号で、諱(いみな)は「等楊」(とうよう)と称した。備中に生まれ、京都相国寺で修行した後、大内氏の庇護の...
島津忠昌
島津忠昌(しまづただまさ、1463年5月21日(寛正4年5月3日)-1508年3月16日(永正5年2月15日))は島津氏の第11代当主。第10代当主・島津立久の子。官位は陸...
島津氏
資料種別 : 一般書 書 名 : 琉日戦争一六〇九 島津氏の琉球侵攻 シリーズ名 : 著者名 : 上里 隆史/著 出版者 : ボーダーインク ...
島津久光
江戸時代末期から明治時代初期にかけての日本の政治家。幕末の薩摩藩における事実上の最高権力者で、公武合体運動を推進した。明治政府の内閣顧問、左大臣。...
南浦文之
安土桃山時代から江戸時代前期にかけての臨済宗の僧。俗姓は湯浅氏。別名文之玄昌。別号雲興軒・時習斎
夢窓疎石
鎌倉時代末から南北朝時代、室町時代初期にかけての臨済宗の禅僧。七朝帝師。父は佐々木朝綱、母は平政村(北条政村か?)の娘。
宗祇
室町時代の連歌師。号は自然斎、種玉庵。姓は飯尾(いのお/いいお)というが定かではない。生国は、紀伊とも近江とも言われている。
一休宗純
室町時代の臨済宗大徳寺派の僧、詩人。説話のモデルとして知られる。
絶海中津
南北朝時代から室町時代前期にかけての禅僧。道号は絶海のほかに要関、堅子、蕉堅道人など多数ある。
義堂周信
南北朝時代から室町時代の臨済宗の僧である。「義堂」は道号、「周信」は法名であり、別に「空華道人」とも号する。
プロフィール
  • 桂庵玄樹とは
桂庵玄樹(けいあんげんじゅ、1427年(応永34年)-1508年6月28日(永正5年6月1日))は、薩南学派を形成した臨済宗の僧侶。周防国赤間関出身。16歳のとき、出家して京都南禅寺の惟肖得巌や景徐周麟らに学んだ。その後、豊後国万寿寺に赴いて学問を学び、1467年には明に渡海して蘇州などを遊学する。1473年、日本に帰国したが、応仁の乱による戦禍から逃れるため、石見国に避難した。1478年、島津忠昌に招かれて大隅国正興寺、日向国竜源寺の住持となる。さらに島津忠廉に招かれて、薩摩国の桂樹院で儒学を講じた。また、伊地知重貞と『大学章句』を刊行(1481年)して宋学 ...
1467年 明に渡海して蘇州などを遊学する
1502年 薩摩に東帰庵を営んで同地に住んだ
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