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つながりの強いひと
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プロフィール
- 桜井政博とは
- 概要
- HAL研究所入社まで (1970 - 1989)
- HAL研究所在籍時代 (1989 - 2001)
- フリーランスからソラ設立まで (2003 - )
- コンピューターゲーム
- アニメ
- 電子ゲーム
- その他
- 著作
- ラジオ出演
- 人物・エピソード
- 関連サイト
桜井政博(さくらいまさひろ、1970年8月3日-)は、日本のゲームクリエイター。東京都出身。
概要
| 元HAL研究所PD事業部主幹。 |
| 2003年に退社してフリーを経て、2005年からは『大乱闘スマッシュブラザーズX』のために設立した有限会社ソラの代表となる。 |
| 代表作は『星のカービィシリーズ』、『大乱闘スマッシュブラザーズシリーズ』など。 |
| デビュー作となった第1作目『星のカービィ』(1992年)が国内外で大ヒットするとともに、当時22歳という若さであったため、凄腕の新人として注目を集める。 |
| それ以降もミリオンヒット作を多数生み出し、業界内でも著名な存在となる。 |
| 後述のように、「初心者から上級者まで楽しめる」ということをコンセプトにゲームソフトを制作しており、「遊び方をプレイヤーに委ねる」ことを中心とした棲み分け・共存を行った作品が多い。 |
| HAL研究所時代における親会社の上司にあたる任天堂の宮本茂は自身の「万人向け」という製作姿勢と近い事もあってか、デビュー作の開発当時から高く手腕を評価している(「宮本茂#ちゃぶ台返し」等を参照)。 |
| 任天堂の現社長である岩田聡はHAL研究所の出身で、かつての桜井直属の上司である。 |
| 岩田はプログラマー出身のため開発者としても桜井のかかわる作品制作に参加したことがあり、経営者・開発者の両観点から桜井を高く評価し、経営戦略上の重要作品の製作をフリーとなった後も依頼している。 |
| また、広告や相互コミュニケーションなど、ユーザーに対する理解を求めることも重要視しており、前評判の低かった第1作目『大乱闘スマッシュブラザーズ』では「スマブラ拳!!」という自らが監修したホームページを設立、ユーザーからのアンケートに自身が回答を行うなど大胆なことを行い、以後の同シリーズにおける伝統となった。 |
| 現在『週刊ファミ通』において、独自の見解でゲームについて論ずる『桜井政博のゲームについて思うこと』と題したコラムを連載している。 |
| なお、同連載は『大乱闘スマッシュブラザーズX』(国外版の開発分も含める)の開発後期と『新・光神話パルテナの鏡』の開発後期(2011年3月現在がこの状態である)はそちらに注力するため隔週連載としている。 |
HAL研究所入社まで (1970 - 1989)
| 桜井は幼少期からのコンピュータゲームユーザーであることが確認される。 |
| 雑誌のインタビューで、5歳頃にパドルコントローラでボールを跳ね返すテニスゲームを遊び、その物理法則を無視した世界観に「すごい!」と思ったと述べているCONTINUEvol.14p124。 |
| また、中学生の頃貯金してやっと手に入れたファミリーベーシックからビデオゲームを作る楽しさを教わった、とも語っているように『桜井政博のゲームについて思うこと2巻ThinkabouttheVideoGames』p34、ゲーム制作への関心は人一倍強かったものの、中学卒業後はおぼろげな専門家という職業への憧憬を抱いて電気工学系の高等専門学校に進学した『桜井政博のゲームについて思うことThinkabouttheVideoGames』p100。 |
| しかし次第に高専での授業と自分自身の描いていた将来とのギャップに気付き始め、自分の見通しの甘さを省みて、改めて進路を考え直すことにした『桜井政博のゲームについて思うことThinkabouttheVideoGames』p101。 |
| 純粋な興味の強さ、また当時セガが主催していたゲームシステム大賞に思いがけず入賞した経緯もあって、ゲームクリエイターを志すことを決心して高専を中退、普通高校に編入した。 |
| 高校在学中はアルバイトをしながら資金を貯め、それをゲームソフトの購入に注ぎ込んでひたすら研究をした。 |
| 後にこれがきっかけで現在も膨大な数のソフトを買い、遊ぶ(研究する)習性がついたと語っている。 |
| 研究したゲームソフトの中で、HAL研究所制作の『ガルフォース』の作り込まれたエンディングを見た桜井は、そこから制作者の熱意と信念を汲み取りCONTINUEvol.14p1041989年高校卒業後間もなく同社へ入社した。 |
HAL研究所在籍時代 (1989 - 2001)
| 入社してまもなく社内で募集された「だれもが楽しめるゲームの企画」から構想を練っていったのが、その3年後に初のディレクターを務めたゲームボーイソフト『星のカービィ』である『任天堂公式ガイドブック 星のカービィ~夢の泉の物語』p91。 |
| 同作は日本のみならず全世界累計500万本以上を売り上げるヒットとなり、同時にこれが会社の経営危機を救済することにもなる。 |
| 『星のカービィ』は主役のキャラクターデザインから吸い込み、吐き出し、ホバリングといったゲームシステムの大部分を桜井が企画し、グラフィックを描き起こした『桜井政博のゲームについて思うことThinkabouttheVideoGames』p54。 |
| そのため、「カービィの生みの親」と言えば一般的には桜井のことを指す。 |
| 会社再建をかけた次回作『星のカービィ夢の泉の物語』もディレクターを務め、前作でウィークポイントに挙がった難易度の低さをコピー能力の導入や大幅なボリュームアップで補った。 |
| その結果1993年発売時は既にハード終焉期だったにもかかわらず、ファミコン最後のミリオンセラーを達成するほどであった。 |
| 1996年には、『夢の泉の物語』以来の大幅なシステムとコピー能力の増強を図ったスーパーファミコン用ソフト『星のカービィスーパーデラックス』を制作指揮した。 |
| 同作品は宮本茂から「横スクロールアクションゲームで二人同時プレイができるようにしてほしい」との課題を出され制作したもので、ゲームシステムだけでなく、グラフィックも2Dという制約の中で(社員も認めるほど)無駄のない完成度となっており |
| 1999年に発売されたNINTENDO64用ソフト『ニンテンドウオールスター!大乱闘スマッシュブラザーズ』は、1996年10月当初から4人同時対戦型の体力ゲージの存在しない独特の2.5Dアクション格闘ゲームとして企画していたが、コンシューマの格ゲーはオリジナルキャラクターでは売れないというジンクスがあったため、桜井はマリオやサムスといった任天堂のキャラクターを使用させてもらえないか、本社及び宮本茂らへ交渉しに行った。 |
| また上司だった岩田聡の人脈も相当頼っていたようである。 |
| 発売時は任天堂キャラが殴り合うことに社内で戸惑いもあり、目立ったメディアへの露出はされなかった。 |
| しかし自らが「スマブラ拳!!」なるオフィシャル攻略サイトを立ち上げたり、口コミが広がったことで、本作は最終的に国内で200万本近いメガヒットを記録した。 |
| 桜井はこの頃から「ゲームクリエイターとしての制作活動だけでなく、広告含めたユーザーに対する認知・理解のための活動」を強めるとともに「開発者とユーザーのコミュニケーション・双方からの意見交換」に関する活動を積極化させてくる。 |
| 上記の『スマブラ拳!!』では「アンケート集集拳!!」というある種のメールフォーラムを開き、ユーザーから桜井宛のメッセージを送れるようにするとともに、桜井もそれらの一部に対してコメントを掲示するなどして、双方からの交流を図っていた。 |
| 下記の雑誌コラムにおいても読者からの手紙への返事や、開発者側としての業界の現状表明などを行っている。 |
| なお、桜井は社会人になりゲーム製作者となった後も、熱心な現役ゲームユーザーであり続けている。 |
| ゲーム雑誌『週刊ファミ通』で2003年から連載を始めたコラム『桜井政博のゲームについて思うこと』の内容は今なお現役ユーザーだからこそ書けるという側面があり、さらに連載のきっかけも桜井がオンラインゲーム『ファイナルファンタジーXI』で正体を隠しての一プレイヤーとして遊んでいる際に『ファミ通』編集者が発見して桜井だと気づいたのが始まりである。 |
フリーランスからソラ設立まで (2003 - )
| 2003年には「売れなかったらダメという責任ある立場で仕事がしたい」「ゲーム業界に貢献したい」という理由でHAL研究所を退社。 |
| フリーのクリエイターとして執筆活動やゲーム制作に参加した。 |
| その後、大乱闘スマッシュブラザーズシリーズの新作のディレクターとして依頼を受け、「有限会社ソラ」を立ち上げ『大乱闘スマッシュブラザーズX』の製作を手がけた。 |
| 今後の活躍が期待される中、数多く誘われていた開発を見定めるためにE3に出向いたところ、レボリューション(Wiiの開発コード)発表の場で「スマブラが製作されるようにしたい」といった発表を聞き、その直後に岩田本人から直接オファーを受ける。 |
| 以後、同作に昔と変わらぬディレクターとして開発に携わることになり、実質的な任天堂作品開発への復帰ともなった。 |
| なお、桜井は開発依頼について「『作るなら自分にことわりを入れる』というかつての上司、岩田聡からの約束を反故にされたと感じた」と述懐していた。 |
| 前述するように、実際には開発はその時点では行われておらず、アンケートの結果、多くの人間がスマブラの発売を望んでいたことが判明したため製作する可能性がある、といった程度の発表だった |
| 2009年1月22日、「スマブラではない特命」を岩田から受け、任天堂の子会社である新会社『プロジェクトソラ』のディレクターとなった。 |
| 後に作品は2010年6月16日、アメリカで開催されたE3にてニンテンドー3DS『新・光神話パルテナの鏡』として公開される。 |
| フリーランスとなった後も『ファミ通』でのコラム連載は継続しており、上記のように『スマブラX』製作中や『パルテナの鏡』製作の追い込み時は多忙だったため隔週連載へと切り替えていたものの、基本的には休むことなく毎回続けている。 |
| 2010年秋からはTwitterのアカウントも取得してユーザーとのコミュニケーションを図っている。 |
コンピューターゲーム
| 星のカービィ(1992年、ゲームボーイ) ディレクター。 |
| 星のカービィ夢の泉の物語(1993年、ファミリーコンピュータ) ディレクター。 |
| 星のカービィスーパーデラックス(1995年、スーパーファミコン) ディレクター、声優。 |
| マイクカービィ(スタンドマイク)の声を担当。 |
| 星のカービィ64(2000年、NINTENDO64) 声優。 |
| デデデ大王の声を担当した。 |
| 星のカービィ夢の泉デラックス(2002年、ゲームボーイアドバンス)ゼネラルディレクター。 |
| カービィのエアライド(2003年、ニンテンドーゲームキューブ) ディレクター。 |
| 星のカービィ鏡の大迷宮(2004年、ゲームボーイアドバンス)スペシャルアドバイザー。 |
| ニンテンドウオールスター!大乱闘スマッシュブラザーズ(1999年、NINTENDO64) ディレクター。 |
| VC版でも開発に参加週刊ファミ通2009年2月20日号「桜井政博ゲームについて思うこと」。 |
| 大乱闘スマッシュブラザーズDX(2001年、ニンテンドーゲームキューブ) ディレクター。 |
| 大乱闘スマッシュブラザーズX(2008年、Wii) ディレクター、声優。 |
| カービィ64と同じくデデデ大王の声を担当した。 |
| メテオス(2005年、ニンテンドーDS)ゲームデザイン。 |
| 新・光神話パルテナの鏡(2010年、ニンテンドー3DS) ディレクター。 |
その他
| 「大乱闘スマッシュブラザーズX メインテーマ」「(スマブラX版)ファイアーエムブレムのテーマ」の歌詞の日本語原案作成。 |
| 訳は山下太郎が担当。 |
著作
| 『桜井政博のゲームについて思うことThinkabouttheVideoGames』(エンターブレイン,ISBN4757722710)。 |
ラジオ出演
| HIDECHAN!ラジオ第60、61、62、63、86、87、100、112、138、142、179、180回に出演(第100回は記念メッセージのみ)。 |
人物・エピソード
| カービィの体色を初めからピンクだと考えていたのは桜井だけで、広告が作られることになるまでは他のスタッフはモノクロであるゲームボーイにあわせた白、もしくは当時にいた類似したキャラクター(ぬーぼー)から黄色だと思っていた。 |
| その後広告用のイラストを見た宮本茂が「ピンクはええなぁ」と感心したという。 |
| その後、黄色いカービィはカービィボウル、モノクロ時代を意識した白いカービィは大乱闘スマッシュブラザーズDXでそれぞれ登場した。 |
| 『夢の泉』の開発スタッフの当時の話によると、意外に正確なカービィの絵を描くのが難しかったことから、桜井本人が描いたカービィだけを「桜井カービィ」と呼び、他のスタッフが描いたものは「○○チンクル」というあだ名がつけられていたらしい。 |
| なお「チンクル」とはカービィの企画段階での名称「ティンクル・ポポ」のもじり。 |
| 大の「猫」好きであり、2009年7月3日と同年7月10日のファミ通「桜井政博のゲームについて思うこと」では新家族の猫を前者は丸1ページ猫のコラムと写真、後者は1枚の写真を公開していた。 |
| 飼っているのはスコティッシュフォールドのメスで、名前は『ふくら』。 |
| 漫画『ジョジョの奇妙な冒険』のファンで、自身が「ジョジョ立ち」と呼ばれるポーズをとって写った写真をコラムと一緒に載せていた。 |
| 中でも第2部が好きとのこと。 |
| スマブラ、スマブラDXでの持ちキャラはともにキャプテン・ファルコンだったが、近年ではどのキャラクターでも扱えられると述べていたニンテンドードリーム2008年8月号「スマブラX兄弟拳!!ニンドリアンケート集計拳!!」。 |
| みんなのニンテンドーチャンネルの「大乱闘スマッシュブラザーズX誰が強いか?決定戦!Vol.4」ではガノンドロフを使用して勝利を収めている。 |
| 64の『スマブラ』の初期段階のテストプレイ時に、宮本茂の使用していたキャラクターを恐れ多くも吹っ飛ばしてしまっていたと語っている |
| 本当にデータを削除するのかを「後悔しませんね?」などの警告文で3度聞いてくるのも、彼が関わったゲームではおなじみとなっている。 |
| 『ドラゴンクエストシリーズ』と『ファイナルファンタジーシリーズ』の好きなタイトルは自身曰く「どちらも時代が知れる」『3』。 |
| 「これは凄い」と思ったゲームの演出では、一部で強烈なトラウマとカルト的伝聞が残されているAVG『東方見文録』の結末である「おか・おかーさん」を挙げている。 |
| また「泣いたゲーム」には自身も「何故か」と前置きした上で『こねこもいっしょ』だと述べている。 |
| 前述の通りゲームの研究に熱心で、幅広いジャンルのゲームを遊んだことがあるものの、「ギャルゲーはわからない」と2008年3月に開催された九州ゲームフォーラムで語った |
| 『ファイアーエムブレム』シリーズを遊んだ経験がある事が64、DXのアンケート集計拳他で判明している。 |
| 入社した頃に先輩社員の影響を受けて『ファイアーエムブレム暗黒竜と光の剣』を購入したエピソード |
| 他に、『暗黒竜と光の剣』と『紋章の謎』のヒロイン、シーダの説得会話に大笑いしたエピソードもある |
| 2005年には『ファイアーエムブレム蒼炎の軌跡』を遊んでいた事とスマブラXのために『ファイアーエムブレム』をやりこんだとも語っている。 |
| しかしスマブラXのシャドーモセス島ステージ限定のソリッド・スネークのマルスのスマッシュアピールの説明は日本版と海外版共通して何故か他の地名になっている。 |
| 2008年7月31日ファイアーエムブレム総合サイト「ファイアーエムブレムワールド」の2008.07.31の更新情報よりには岩田聡がE3に出張するため、代役として『ファイアーエムブレム新・暗黒竜と光の剣』の『桜井政博さんが訊く』を担当している。 |
| 桜井と同じくファミ通にて連載を持つ、タレント伊集院光の人気ラジオ番組『伊集院光の深夜の馬鹿力』のリスナーである。 |
| 気分が落ち込んだ時には、ポッドキャスト配信されたものをポータブルオーディオプレイヤーで視聴する事でリフレッシュしてるとのこと。 |
| 2008年、メタルギアシリーズの小島秀夫監督に「メタルギアソリッド5は桜井にまかせたい」と言われた事がある。 |
| なお、『スマブラX』で桜井はソリッド・スネークのシャドーモセス島ステージ限定のスマッシュアピールの文章を、自ら書き起した事を明かしているニンテンドードリーム(毎日コミュニケーションズ刊)2008年4月号。 |
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1970年
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桜井 政博(さくらい まさひろ)は、日本のゲ... |
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1990年
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マイコンBASICマガジン別冊 CHALLENGE! Perso... |
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さくらいまさひろ
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