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つながりの強いひと
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浪曲
明治時代初期から始まった演芸の一つ。「浪花節」(なにわぶし)とも言い、三味線を伴奏に用いて物語を語る。浪花節は古くから伝わる浄瑠璃や説経節、祭文語... |
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桂米朝
旧関東州(満州)大連市生まれ、兵庫県姫路市出身の落語家(上方噺家)。本名、中川清(なかがわきよし)。出囃子は『三下り鞨鼓(三下りかっこ)』。俳号は... |
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小沢昭一
小沢昭一(おざわしょういち、本名:小澤 昭一(読み同じ)、1929年4月6日-)は日本の俳優、俳人、エッセイスト、芸能研究者、元放送大学客員教授。日本新劇... |
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大西信行
日本の劇作家、脚本家、演芸研究家。正岡容の門下。同門には小沢昭一、永井啓夫、3代目桂米朝、都筑道夫、加藤武、小島貞二らがいる。俳号は猿十。麻布中学卒... |
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三遊亭圓朝
江戸噺家三遊派の大名跡。円朝とも表記。初代三遊亭圓朝は、三遊派の総帥、宗家。三遊派のみならず落語中興の祖として有名。敬意を込めて「大圓朝」という人... |
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志賀直哉
日本の小説家。宮城県石巻市生まれ、東京府育ち。白樺派を代表する小説家のひとり。代表作は『暗夜行路』、『和解』、『小僧の神様』、『城の崎にて』。 |
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永井荷風
日本の小説家。本名は壯吉。号『金阜山人』『断腸亭主人』ほか。 |
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古今亭志ん生
明治後期から昭和期にかけて活躍した落語家。20世紀を代表する名人に数えられる。本名、美濃部孝蔵(みのべこうぞう)。生前は落語協会所属。出囃子は『一丁... |
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吉井勇
師匠
大正・昭和期の歌人、脚本家。伯爵。祖父は旧薩摩藩士の吉井友実、父は海軍軍人吉井幸蔵。 |
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安藤鶴夫
小説家(直木賞受賞)、落語および歌舞伎分野を主な専門分野とする評論家、演芸プロデューサー。愛称、アンツル。元々は歌舞伎担当の新聞記者だった。 |
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加藤武
日本の俳優。東京市京橋区(現・東京都中央区)出身。俳号が「阿吽」。 |
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岡本綺堂
小説家、劇作家。本名は岡本敬二(おかもとけいじ)。別号に狂綺堂、鬼菫、甲字楼など。新歌舞伎の作者として、及び「半七捕物帳」などの作品が著名である。 |
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桂文楽
江戸落語家。本名並河益義(なみかわますよし)。自宅の住居表示以前の町名から、「黒門町(くろもんちょう)」(の師匠)と呼ばれた。落語における戦後最高... |
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都筑道夫
日本の推理作家。東京市出身。本名松岡巖(まつおかいわお)。別名に小林菖夫、淡路瑛一、柴田梅玉など。 |
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桂春団治
上方の落語家。本名:河合一(かわいはじめ)。大阪府大阪市出身。旧字体を春團治。所属事務所は松竹芸能。上方落語協会会員(相談役、第3代会長)。出囃子は... |
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平井功
明治四十年五月十日 神田区下白壁町八番地(今の鍛冶町二丁目十六番地)に生まれる。
大正四年 九才 此頃より綴方に異彩を放つ。
大正八年 十三才 小石川区... |
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和田芳恵
和田芳恵(わだよしえ、1906年4月6日-1977年10月5日)は日本の小説家(男性)。樋口一葉研究をライフワークとした。代表作は『一葉の日記』(1943年)。 |
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正岡子規
日本の俳人、歌人、国語学研究家である。名は常規(つねのり)。幼名は処之助(ところのすけ)で、のちに升(のぼる)と改めた。俳句、短歌、新体詩、小説、... |
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立川談志
落語家の名跡。当代(家元の談志)は7代目だが、5代目と自称している。これは明治時代の寄席で人気を博していた釜堀りの談志(4代目)が初代を称し、俥屋の談... |
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プロフィール
- 正岡容とは
- 来歴
- 人物
- 交友
- 評価
- 著書
- 参考文献
- 関連サイト
正岡容(まさおかいるる、明治37年(1904年)12月20日-昭和33年(1958年)12月7日)は、作家、落語・寄席研究家。歌舞伎役者の六代目 尾上菊五郎の座付作者ともいわれた。前名は平井蓉(ひらいいるる)。詩人の 平井功は実弟。翻訳家の 平井イサクはその子で、正岡にとっては甥にあたる。
来歴
| 東京市神田区(現在の東京都千代田区神田)生まれ。 |
| 京華中学校在学中、短歌を吉井勇、戯曲を久保田万太郎、川柳を阪井久良伎に学び、それぞれの弟子を自称する。 |
| 大正11年(1922)、歌集『新堀端』、小説紀行集『東海道宿場しぐれ』を発表。 |
| 大正12年(1923)、日本大学入学。 |
| 同年19歳で発表した小説『江戸再来記』が芥川龍之介に絶賛されたのを機に文筆活動に入り、大学は中退する。 |
| 昭和初年に大阪に都落ちした際、記者時代の真杉静枝と恋に落ちて情死を図ったが未遂に終わる。 |
| その後東京に戻り、小島政二郎に入門して小説を修業。 |
| 昭和8年(1933)、名を蓉から容に改める。 |
| 昭和16年(1941)、三代目三遊亭圓馬の夫人の紹介で舞踏家の花園歌子と結婚。 |
| 太平洋戦争の直前、雑誌『日の出』に発表した『圓太郎馬車』が古川緑波主演により映画化、東京有楽座で上演される。 |
| その後も、江戸期の戯作本の研究から明治大正期の寄席芸能に関する論文やエッセイ、自作の落語の台本を精力的に発表する。 |
| 浪曲でも二代目玉川勝太郎に『天保水滸伝』の台本を提供したのをはじめ、数本の台本を提供している。 |
| 昭和20年(1945)、東京大空襲により自宅が全焼し、その年の11月、阪井久良伎の紹介により市川市に移住、昭和28年(1953)10月まで住んだ。 |
| 頚動脈破裂のため慶應義塾大学病院で死去。 |
| 死の数日前に詠んだ辞世の歌に「打ち出しの太鼓聞えぬ真打はまだ二三席やりたけれども」。 |
人物
| 喜怒哀楽が激しく賑やかな人柄と、他に例のない独特の笑い方からジャズという綽名があった。 |
| 無類の酒好きで性格はわがまま。 |
| 酒癖の悪さは有名だった。 |
| 妻は体調と世間体を気にして酒に水を混ぜていた。 |
| 本人も「増量」のためサイダーをよく混ぜていたという。 |
| 大阪から東京に戻る際、小田原に在住していた売れない噺家ふたりと共同生活し、原稿を東京に送って暮らしていた。 |
| だが貧窮極まり、飼っていた3匹の犬が次々に餓死したほどだった。 |
| そのためか、戦後は猫を何匹も飼っていたが、食事中に猫が物をほしがると、自分が食べているものを手に吐いてそれをやるほどの気の遣いようだった。 |
| 正岡の懐事情が改善することは終世なく、楽屋に出入りして「センセイ」と呼ばれるようになっても、陰では「セコ正」とよばれるほどの倹約家だった。 |
| 大正末から昭和初期にかけて、自身で落語を十数枚のSPレコードに吹き込んでいる。 |
| そのレコードを愛好していつも聞いていた大阪のカフェーの女を、一時妻にしていたこともある。 |
| その性格から文壇では孤立した存在だったが、寄席の世界には若い頃から通じ、落語、講談、浪曲などの大衆芸能の啓蒙に努めた。 |
| 特に戦中戦後の重苦しい時勢の中で、精力的に著述や研究会などを行い当時の知識人や学生に寄席への興味を待たせた功績は大きい。 |
交友
| 作家としては、永井荷風、岡本綺堂、吉井勇らの影響を受けている。 |
| また弟子には小沢昭一、大西信行、永井啓夫、三代目桂米朝、都筑道夫、加藤武、小島貞二などがいる。 |
| 鈴木通夫は京華中学校時代の同級生。 |
| 弟子を破門したり、友人と絶交したりすることは日常茶飯事だったが、すぐに心変わりして仲直りした。 |
| 米朝とは親密な仲で、関西が拠点だったためか破門したことは一度もなく、何かあることに手紙を送るほどだった。 |
| 正岡は永井荷風を崇拝していたが、その永井がしばしば正岡宅を訪れるようになり、正岡は驚喜した。 |
| しかし永井は、実は妻の花園歌子が目当てだったという。 |
| 三代目三遊亭圓馬に師事し、多くの演目を物にしており、高座にも上がっている。 |
| 圓馬が大正5年(1916)に大阪へ復帰した際には、共に下阪している。 |
| 安藤鶴夫とはライバルで、犬猿の仲だった。 |
| ある雑誌の座談会の帰途、酔って安藤に暴力をふるったこともある。 |
| 正岡の死後、安藤が『巷談本牧亭』で直木賞を受賞したとき、正岡の弟子たちは「先生が生きておられたら、荒れて荒れてたいへんだったろうなあ」と安堵したほどだったという。 |
| 玉川太郎という浪曲師を評価していて、自分の貸家の二階を彼にまた貸ししていた。 |
| だが正岡は家賃滞納で、玉川には内緒で夜逃げ同然の引越をした。 |
| 玉川は怒りのあまり酒に酔って、引越し先に刃物を持って乗り込む大騒ぎになっている。 |
| 三代目三遊亭圓歌は弟子ではないが、死後記念碑を建てる際に資金の寄付を行なったので記念碑には弟子らと共に彼の名が刻まれている。 |
| 圓歌自身も正岡の弟子だと公言している。 |
評価
| あんなに寄席というもののすきなひとを、わたしは知らない。 |
| その点、わたしなんか、正岡容の、百分の一、千分の一、といっていいだろう。 |
| 文学もむろん好きだったけれど、やっぱり寄席を愛して上の、あくまで、そういう市井の文学を愛した気配がある。 |
| 寄席の楽しさを、寄席の抒情を、正岡容くらい、正直な感傷的なことばで、たたえ、書いた人もほかにはない。 |
| –安藤鶴夫。 |
| 正岡容を大きく評価したいのは、戦中戦後にかけて、学生層を含めて若い人々に、また、いわゆるインテリ層へ、寄席、落語への興味をもたせたこと・・・戦後間もない各大学の落語研究会は、多かれ少なかれ、みな正岡容の影響を受けている。 |
| 落語はもとより、講談、浪曲、寄席演芸の味わい方をいろんな文章で示し、これらを読んだ読者の足を実際に寄席に運ばせた。 |
| これは凄いことである。 |
| –三代目桂米朝。 |
| 安藤鶴夫ことアンツルさんの強烈な好き嫌いが正岡にはなく、正岡容の芸と芸人に対するふところの深さが・・・若者たちまで受け入れて「むかしの寄席にも三語楼や小勝がいたよ」と、やさしく笑顔で話しかけてくれる正岡はとっつきのいい先生で、この人ならなんでも訊ける安心感が嬉しかった。 |
| –大西信行。 |
| 崩れ行く江戸市井の芸能のために先生がつくされた業績はまことに大きく尊いものといわなけらばならない。 |
| –永井啓夫。 |
著書
| 『東海道宿場しぐれ』 正岡ゐるゝ著、岡崎屋書店、大正11年 。 |
| 『影繪は踊る』 正岡ゐるる著、新作社、大正12年 。 |
| 『風船紛失記』 正岡蓉著、改善社、大正15年 。 |
| 『あぢやらもくれん』 正岡蓉・柳家金語楼共著、聚英閣、昭和3年 。 |
| 『漫談的なそして餘りに漫談的な人を喰つてる話』 正岡蓉・柳家金語樓共著、田中書房、昭和5年 。 |
| 『日日好日集』 正岡容著、風流陣發行所、昭15年 。 |
| 『圓太郞馬車』 正岡容著、三杏書院、昭和16年 。 |
| 『昭和落語名作選集』 正岡容著、協榮出版社、昭和17年 。 |
| 『狐祭』 正岡容著、學藝社、昭和17年 。 |
| 『圓朝』 正岡容著、三杏書院、昭和18年 。 |
| 『膝栗毛の出來るまで』 正岡容著、東光堂、昭和18年 。 |
| 『雲右衞門以後』 正岡容著、文林堂雙魚房、昭和19年 。 |
| 『百花園』 正岡容著、勞働文化社、昭和21年 。 |
| 『寄席行燈』 正岡容著、柳書房、昭和21年。 |
| 『圓朝』 愛慾篇』 正岡容著、東光堂、昭和22年 。 |
| 『川柳の味ひ方と作り方』 古川緑波・吉田機司・徳川夢声・正岡容共著、川柳祭社、昭和22年 。 |
| 『膝栗毛の出來るまで』 正岡容著、東光堂、昭和22年 。 |
| 『荷風前後』 正岡容著、好江書房、昭和23年 。 |
| 『キネオラマ恋の夕焼』 正岡容著、白夜書房、昭和24年 。 |
| 『夢とおもかげ 大衆娯楽の研究』 思想の科学研究会編、中央公論社、昭和25年 。 |
| 『艶色落語講談鑑賞』 正岡容著、あまとりあ社、昭和27年。 |
| 『明治東京風俗語事典』 正岡容著、有光書房、昭和32年。 |
| 『灰神楽三太郎』 正岡容著、南旺社、昭和33年。 |
| 『随筆寄席囃子』 正岡容著、古賀書店、昭和42年 。 |
| 『荷風前後年』 正岡容著、古賀書店、昭和42年。 |
| 『日本浪曲史』 正岡容著、南北社、昭和43年。 |
| 『寄席恋慕帖』 正岡容著、日本古書通信社、昭和46年。 |
| 『正岡容集覧』 小沢昭一編、仮面社、昭和51年。 |
| 収録作:『風船紛失記』『本朝蟇物語』『ルナパークの盗賊』『蔓珠沙華亀山噺』『マリアの奇蹟–或は』『泥棒花やかなりし頃』『法界坊と俄雨』『江戸再来記』『義理』『円太郎馬車』『浪花節更紗』『円朝花火』『置土産』『東海道宿場しぐれ』『影絵は踊る』『膝栗毛の出来るまで』『明治二年』。 |
| 『円朝』 正岡容著、下沢書店、昭和58年 。 |
| 『明治東京風俗語事典』 正岡容著、ちくま学芸文庫・筑摩書房、平成13年 。 |
| 『東京恋慕帖』 正岡容著、筑摩書房・ちくま学芸文庫、平成16年 。 |
| 『小説圓朝』 正岡容著、河出書房新社・河出文庫、平成17年 。 |
| 『完本正岡容寄席随筆』 正岡容著、桂米朝・小沢昭一・大西信行・永井啓夫共編、岩波書店、平成19年。 |
| 収録作:『随筆寄席風俗』『随筆寄席囃子』『随筆寄席行燈』『艶色落語講談鑑賞(抄)』 。 |
| 『寄席囃子』 正岡容著、 河出文庫:河出書房新社、平成19年 。 |
| 『定本 日本浪曲史』 正岡容著、岩波書店、平成20年。 |
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