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窪田章一郎
歌人。窪田空穂の長男として東京市牛込区南榎町に生まれる。旧制豊山中学校(四年修了)を経て早稲田大学文学部国文科卒。1943年、武川忠一らが創設した早稲田... |
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窪田空穂
歌人、国文学者。日本芸術院会員。長野県東筑摩郡和田村(現・松本市和田)生まれ。本名は窪田通治。息子に、同じく歌人の窪田章一郎がいる。 |
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俵万智
日本の歌人。結社「心の花」所属。所属事務所は東京コンサーツ。父は希土類磁石の研究者の俵好夫。 |
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国文学者、立教大学名誉教授。早稲田大学大学院博士課程中退。早稲田大学高等学院教諭、立教大学助教授、1966年「中世歌壇史の研究南北朝期」で立教大文学博... |
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篠弘
歌人、近代短歌研究者。短歌結社「まひる野」代表。日本文藝家協会理事長。 |
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佐佐木幸綱(ささきゆきつな、1938年10月8日-)は日本の歌人、国文学者、日本芸術院会員。東京出身。「心の花」主宰・編集長。現代歌人協会理事長。早稲田大... |
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岡井隆
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日本の歌人、詩人、評論家、小説家。寺山修司、岡井隆とともに「前衛短歌の三雄」と称され、独自の絢爛な語彙とイメージを駆使した旺盛な創作を成した。長男... |
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田谷鋭
田谷 鋭(タヤ エイ)
大正6年12月15日、千葉県生まれ。昭和9年、北原白秋が顧問の「香蘭」入会。翌年、白秋創刊の「多磨」に移る。14年4月、応召、習志野陸... |
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宮柊二
昭和時代に活躍した歌人。本名は宮肇(はじめ)。妻は同じく歌人の宮英子。 |
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前登志夫
日本の歌人。本名、前登志晃(まえとしあき)。日本芸術院会員。短歌結社「山繭の会」主宰。 |
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山中智恵子(やまなかちえこ、1925年5月4日-2006年3月9日)は日本の歌人。愛知県名古屋市出身。三重県鈴鹿市に居住した。京都女子専門学校(現・京都女子大学... |
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与謝野晶子
戦前日本の歌人、作家、思想家。大阪府堺市(現在の堺区)出身。旧姓;鳳(ほう)。戸籍名「志よう」。ペンネームの「晶子」の「晶」は、この「しよう」から... |
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近藤芳美
日本の歌人である。本名は近藤芽美(読みは同じ)。戦後の歌壇を牽引する歌人として活躍し、文化功労者に選ばれた。長年「朝日歌壇」(朝日新聞)の選者を務... |
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プロフィール
武川忠一(むかわちゅういち、1919年(大正8年)-)は、長野県諏訪市出身の歌人。
来歴
| 1919年(大正8年)に長野県諏訪市上諏訪に生まれ、1940年(昭和15年)早稲田大学専門部に入学、1943年、早稲田大学文学部国文科に進学。 |
| このころ作歌を始め、仲間とともに窪田章一郎を中心に早稲田大学短歌会を作り、窪田空穂の教えを受けた。 |
| 1944年学徒出陣、1946年、帰郷していた諏訪で「まひる野」創刊に参加、発刊の事務作業等は諏訪において行った。 |
| 同年早稲田大学文学部文学科国文学専攻卒業。 |
| 1947年上京、早稲田高等学院教諭などを経て、早稲田大学社会科学部教授となった。 |
| 1955年、青の会に参加。 |
| 1958年、母の死去に伴い、郷里の家を処分し、練馬区上石神井に居を定める。 |
| 1959年第一歌集「氷湖」を発刊、日本歌人クラブ推薦歌集となる。 |
| 1963年ころから「窪田空穂」全集の編集に協力。 |
| 1982年「まひる野」を退会。 |
| 同年「秋照」により、迢空賞を受賞。 |
| 歌誌「音」を創刊し、主宰する。 |
| 1986年、宮中歌会始選者となる。 |
| 1997年、「翔影」により、詩歌文学館賞受賞。 |
| 2007年、「窪田空穂研究」および過去の全業績にて第30回現代短歌大賞受賞。 |
| 2010年、宮中歌会始では召人となった。 |
| 門下に内藤明、玉井清弘など。 |
歌風
| 戦中派としての現実に対する批判精神が作歌の根底にあり、それでいて戦後短歌の激しい変化にも動じない倫理性が貫かれている。 |
| また、「旧派」と呼ばれる歌人の中に新しい胎動があることを指摘した「近代歌誌探訪」など歌論、評論も知られている。 |
| なお、作歌には現代仮名遣いを用いている。 |
| また、本人は、晩年「作歌をいくらか楽しむようになった」といっている。 |
代表歌
| ゆずらざるわが狭量を吹きてゆく氷湖の風は雪巻き上げて 「氷湖」。 |
| 越えてきし峠の闇に散るさくら白冴え冴えと流れいるべし 「秋照」。 |
| 曳きてゆく体熱の量軽ければ影のごときがふうわりと翔(た)つ 「翔影」。 |
著書
| 『信濃路・文学の旅』。 |
| 『抒情の源泉』。 |
| 『近代歌誌探訪』他。 |
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1943年
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早稲田大学文学部国文科に進学 |
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1955年
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青の会に参加 |
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投票数
0
| ふりがな |
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| 性別 |
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| 出身地 |
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| 生年月日 |
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| 血液型 |
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| 職業 |
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| 所属 |
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武川忠一さんについてのひとこと紹介
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