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2009年4月24日、2009年世界卓球選手権前の公開練習後に、静岡・磐田城山中1年時に青森山田中、高の選手たちがパンツを履いていないことを知り、それ以来、「パンツを買ったことも履いたこともない」と告白[http://www.nikkansports.com/sports/wttc/2009/news/p-sp-tp0-20090425-486936.html 19歳水谷が試合中も私生活もノーパン告白] 日刊スポーツ 2009年4月25日した。
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水谷にとってノーパンは強さの象徴でもあるとのことである。
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中学2年で出場した2004年1月の全日本卓球選手権ジュニアの部で優勝(男子では史上最年少)、また一般の部もランク入りし、その天性の柔らかいボールタッチから話題になった。
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15歳になり青森山田高校に進学した。
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2005年には15歳10ヶ月という日本男子史上最年少で世界選手権代表に選出された(現在は丹羽孝希が最年少)。
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当時の日本代表はアテネオリンピックなどの惨敗を受け、一気に若返りを図り水谷はその中でも最年少であったが、時として世界ランキング上位の選手に勝つという大物食いを成し遂げた。
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また、代表の強化選手となったことで、岸川聖也らと共にドイツに留学。
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ドイツリーグの1部でプレーして、一年の大半をドイツで過ごした。
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2005年の第48回世界卓球選手権個人戦では当時世界ランク8位、アテネオリンピック5位であった荘智淵(台湾)をフルセットの末破った。
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当時、靖国神社参拝問題などにより日中関係が悪化し上海で行なわれたこの大会で大半の観客が水谷の相手選手である荘智淵に声援を送る中での勝利であった。
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同じ年に行われたアジア選手権では当時世界ランク2位、アテネオリンピック銀メダリストである王皓(中国)を破るなど日本の若きエースである。
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課題としては、闘争心や集中力の弱さがあり、その後出た世界選手権なども日本人として最後までは残ることが多いものの、期待に完全に応えられていない面もある。
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また2006年初頭には足を疲労骨折するなどのトラブルもあった[http://tohoku.nikkansports.com/news/p-tn-tp2-20070120-144895.html ジュニア男子は水谷が連覇/卓球] 日刊スポーツ 2007年1月20日。
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しかし、課題であった体の細さを補う筋力も徐々につき、また本来後ろでプレーすることを好む選手だったが、2007年1月16-21日に行われた平成18年度全日本卓球選手権大会では積極的に前に出て回り込む戦法を心がけ、優勝した。
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この大会では男子シングルス、男子ダブルス、男子ジュニアの部シングルスを制し3冠を達成した。
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このうち男子シングルスでは3連覇を狙った吉田海偉を決勝で破り、史上最年少の17歳7ヶ月での優勝であった。
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この優勝で2007年クロアチア・ザグレブでの世界選手権(シングル)の出場が決定した。
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2008年の北京オリンピックでは団体で5位入賞、2009年の第50回世界卓球選手権個人戦では岸川聖也とのダブルスで銅メダルを獲得した。
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またその後に続いた中国オープン、荻村杯では同ダブルスで連続優勝している。
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2009年、韓国オープンにおいて準々決勝で朱世赫、準決勝でオフチャロフ、決勝で郝帥といった格上の強豪を次々と撃破し、優勝した。
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これは1996年のITTFプロツアー開始以来、日本男子(帰化選手を除く)としては初の決勝進出並びに優勝という快挙であった。