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つながりの強いひと
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石井裕也
石井裕也のブログやプロフィールなど、石井裕也のいろいろな情報を掲載しています。 また、石井裕也のみんなの評価や関連記事もあり、石井裕也についてのみん... |
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山口俊
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プロフィール
- 江尻慎太郎とは
- プロ入り前
- 日本ハム時代
- 横浜時代
- プレースタイル
- 人物
- 小林繁との関係
- 年度別投手成績
- 記録
- 背番号
- 関連項目
- 外部リンク
江尻慎太郎(えじりしんたろう、1977年4月30日-)は、横浜ベイスターズに所属するプロ野球選手(投手)。宮城県仙台市出身。
プロ入り前
| 進学校の仙台第二高校野球部時代はエースとして活躍し、3年春の県大会では強豪の仙台育英高校を破り注目を浴びた「苦闘の果てに掴んだ新境地江尻慎太郎」『週刊ベースボール』2009年8月31日号、ベースボール・マガジン社、2009年、雑誌20445-8/31、35-39頁。 |
| 慶應義塾大学の当時の監督・後藤寿彦から誘いを受けるが、2年間浪人する(このとき、代々木ゼミナールで大のファイターズファンの佐藤ヒロシ講師の授業を受けていた)。 |
| 3度目の受験で早稲田大学社会科学部に合格し入学。 |
| この経緯から「小宮山悟二世」小宮山も江尻と同様に、二浪のすえに早稲田大学に入学している。 |
| さらにプロ入り後は小宮山が横浜時代に着用していた背番号27を背負い、2011年からは小宮山と同じ「横浜の背番号27」を背負うことになった。 |
| と呼ばれている。 |
| 大学1年秋の早慶戦でリーグ初勝利を完封で飾り、インタビューで「慶應義塾大学、ザマ見ろって感じです」と答えている。 |
| その後も早慶戦では無類の強さを発揮し、1年秋・4年春・秋の計3度先発して完封2度を含む負け無しの3勝を挙げ、計27イニングでわずか1失点だった。 |
| 4年秋の早慶戦では13安打を浴びながらも完封している。 |
| ただし2年春に右肘のじん帯を故障し、3年時には登板していない。 |
| リーグ通算28試合登板、5勝6敗、防御率2.49、112奪三振。 |
| 2001年のプロ野球ドラフト会議で日本ハムファイターズの自由獲得枠で入団。 |
日本ハム時代
| プロ3年目のに頭角を現し、一軍で5勝を挙げる。 |
| うち3勝が対西武ライオンズ戦だった相性を買われ、同年10月3日のプレーオフ・第1ステージ第3戦にも先発した。 |
| 以後、先発投手陣の一角として期待され、は開幕からローテーションに入って前半戦だけで6勝を挙げた。 |
| しかし長続きせず、勝負どころで投球が甘く入る悪癖のためシーズン途中で二軍降格した。 |
| この頃、中継ぎへの転向をトレイ・ヒルマンに訴えたこともあった。 |
横浜時代
| 横浜移籍後はチーム2位タイの54試合に登板し、シーズンを通してブルペンを支えた。 |
| オフには背番号を52から日本ハム時代に付けていた27を付けることが発表された。 |
| 2011年、監督推薦でオールスターに初選出された。 |
プレースタイル
| サイドスロー気味のスリー・クォーターから、最速153km/hの直球と横に曲がるスライダー、カットボール、フォークボールを投げる。 |
人物
| 日本ハムへの入団会見の際に、取材に集まった記者からの「大島康徳監督(当時)にはどのような印象を持っていますか?」という質問に、「自分が小学校ぐらいの時には、ファミコンでチャンスに強いバッターとして使わせて頂いておりました」と発言し、取材陣を爆笑させた。 |
| 後年の週刊ベースボール誌のインタビューでは「4位以下の指名ならば拒否するつもりだった」「今の日本ハムではエースになれないため入団しなかった」と語っている。 |
| 日本ハム時代にリーグ優勝のビールかけでドン・キホーテで購入したナース服を着て、1番注目を浴びた。 |
| 自らの投球の目標として、2006年には「ちょいワル」、2007年には「脳トレ」を掲げるなど、流行に敏感な一面も窺わせる。 |
| 移籍が決定した際に、ユニホームに日本ハムの選手全員にサインを書いてもらい、その後の移籍会見で感極まって号泣した。 |
| なお、横浜への移籍に関しては、一部報道で「日本ハムの梨田昌孝監督は江尻の横浜への移籍を強硬に反対したが、フロントは契約交渉が難航した事と若手を使って欲しい事を理由に一蹴。 |
| 以後監督とフロントの対立の火種になっている。 |
| 変更したサイドスローのフォームが東京ヤクルトスワローズの林昌勇に似ていることから、日本ハム時代からのチームメイトの稲田直人などにチャンヨン(エジチャンヨン)と呼ばれるようになった。 |
小林繁との関係
| 小林繁コーチの一番弟子だった。 |
| 右肘を故障し、1年以上一軍の試合に出場無かった時に小林コーチにサイドスローへの転向を提案された。 |
| 転向を決意した日に小林コーチに「1か月でものにしてやる!責任は俺がとる!」と言われ、「この人に託してみよう!」と決めた。 |
| 小林コーチとの最後の電話で「シ~ン!お前、今年の自分の投球の映像見直して、自分の投球のひどさ痛感したって?新聞見たぞ。 |
| またキャンプで一からやりなおしだな……。 |
| 」と言われた |
記録
| 初登板:2002年10月5日、対大阪近鉄バファローズ28回戦(東京ドーム)-6回表から救援、打者:水口栄二。 |
| 初奪三振:同上-6回表、打者:タフィ・ローズ。 |
| 初先発:2003年9月24日、対福岡ダイエーホークス27回戦(東京ドーム)。 |
| 初勝利:2004年4月21日、対西武ライオンズ6回戦(西武ドーム)。 |
| 初完投・初完封勝利:2005年5月14日、対横浜ベイスターズ2回戦(札幌ドーム)。 |
| 初セーブ:2007年6月10日、対読売ジャイアンツ3回戦(東京ドーム)。 |
| 初ホールド:2007年6月30日、対オリックス・バファローズ11回戦(京セラドーム大阪)。 |
| 初登板で対戦した第1打者に被本塁打:上記「初記録」の「初登板」の項を参照。 |
| パシフィック・リーグ12人目。 |
| 日本ハムの投手としては9月3日の高橋正巳以来2人目。 |
| 1球勝利:2007年8月12日、対西武ライオンズ16回戦(函館オーシャンスタジアム)。 |
| パ・リーグ11人目、両リーグを通じて24人目。 |
| 日本ハムの投手としては初。 |
| 8回表一死一・二塁で登板し、初球で打者・アレックス・カブレラを三塁ゴロ併殺打に討ち取ると、その裏に日本ハムが逆転し、9回表はマイケル中村が登板してそのまま逃げ切った。 |
背番号
| 27(2002年-2010年途中、2011年-)。 |
| 52(2010年途中-同年終了)。 |
関連項目
| 宮城県出身の人物一覧。 |
| 北海道日本ハムファイターズの選手一覧。 |
外部リンク
| category:横浜ベイスターズ及びその前身球団の選手。 |
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1977年
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江尻 慎太郎(えじり しんたろう)は、横浜ベ... |
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2002年
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初登板:、対大阪近鉄バファローズ28回戦(東... |
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投票数
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