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井上知香(いのうえちか、1985年8月2日-)は女優。神奈川県出身。井上和香と名前が似ているが、全くの別人である。 |
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息子
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プロフィール
沢田茂(さわだしげる、3月29日-12月1日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍中将。
経歴
| 高知県高知郡鴨部村(現・高知市鴨部町)出身。 |
| 農業・沢田栄之助の三男として生まれる。 |
| 兄弟四人のうち、長男を除く三兄弟が陸軍将校となった。 |
| 高知県立海南中学校、広島陸軍地方幼年学校を経て、11月15日、陸軍士官学校(第18期)を卒業。 |
| 翌年6月26日、砲兵少尉に任官し野戦砲兵第16連隊付となる。 |
| 野戦砲兵第22連隊付などを経て、11月26日、陸軍砲工学校高等科を卒業。 |
| 11月27日、陸軍大学校(第26期)を卒業した。 |
| 翌年8月10日から参謀本部第四部内国戦史課に勤務、以来2年半、日露戦史と戦術の研究に沒頭した。 |
| 野戦重砲兵第1旅団長、ポーランド公使館付武官を経て、3月1日、陸軍中将に昇進し参謀本部付となる。 |
| 同年7月15日、第4師団長に親補され満州チャムスに駐屯。 |
| 10月2日、参謀次長に就任、ノモンハン事件および仏印進駐の後始末と責任処置を尽力。 |
| 11月15日参謀本部付、次長職を塚田攻中将に讓る、同年12月2日、第13軍司令官となり太平洋戦争を迎え、中国戦線で活動。 |
| 10月8日、参謀本部付となり、翌月16日予備役に編入された。 |
| 4月1日、参謀本部嘱託(軍事研究会)となり、同年12月に召集され参謀本部付となり、引き続き軍事研究会の担当となる。 |
| 敗戦後、10月に召集解除となった。 |
| 同月25日、第13軍司令官時代に起こったドゥリットル空襲のアメリカ軍飛行隊員捕虜処刑問題に連座し、戦犯容疑で逮捕され。 |
| 1月に釈放された。 |
| 大佐のときから緑内障をわずらって一眼を摘出、他の一眼も第13軍司令官時代の末期ごろから次第に視力を失い、晚年には完全に失明した。 |
| しかし、できる限り読書につとめ、テープを聞き、常に国内外の政治軍事局勢を詳かにし。 |
| 70歳で点字を修得し、NHK番組に出演する程度に達した。 |
親族
| 兄沢田亀良(陸軍大尉)。 |
| 長男沢田允茂(哲学者)。 |
| 義父佐藤祐次(陸軍少将)。 |
| 娘婿飯村繁(陸軍少佐)。 |
著作
| 森松俊夫編『参謀次長沢田茂回想録』芙蓉書房、1982年。 |
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