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つながりの強いひと
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佐藤栄作
日本の鉄道官僚、政治家。位階は従一位。勲等は大勲位。報道などでは新字体で佐藤栄作(さとうえいさく)と表記される場合も多い。内閣官房長官(第4代)、衆... |
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大平正芳
日本の大蔵官僚、政治家。位階は正二位。勲等は大勲位。衆議院議員(11期)、内閣官房長官(第21・22代)、外務大臣(第92・93・100・101代)、通商産業大臣(... |
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梶山静六
日本の政治家。元衆議院議員(9期)、自治大臣(第36代)、国家公安委員長(第46代)、通産大臣(第51代)、法務大臣(第52代)、自由民主党国会対策委員長(... |
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岸信介
日本の政治家、官僚。内閣総理大臣(第56・57代)。位階は正二位、勲等は大勲位。旧姓佐藤(さとう)。元衆議院議員、CIAエージェント。満州国総務庁次長、商... |
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河本三郎
日本の政治家。自由民主党所属の前衆議院議員(3期)。(参議院議員1期)。父は河本敏夫。 |
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浜田幸一
日本の元政治家であり、タレントである。株式会社YAMATO名誉顧問。 |
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中曽根康弘
日本の政治家。位階は従六位。勲等は大勲位。財団法人世界平和研究所会長。中曾根康弘とも表記される。衆議院議員(20期)、科学技術庁長官(第7・25代)、運... |
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三木武夫
日本の政治家。位階は正二位。勲等は大勲位。衆議院議員(19期)、逓信大臣(第52代)、運輸大臣(第17・18代)、経済企画庁長官(第6代)、科学技術庁長官(... |
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藤山愛一郎
藤山愛一郎(ふじやまあいいちろう、1897年5月22日-1985年2月22日)は日本の政治家・実業家。元外務大臣・経済企画庁長官。藤山コンツェルン二代目。 |
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江藤隆美
日本の政治家である。位階は正三位。勲等は勲一等。自由民主党の衆議院議員として建設大臣、運輸大臣、総務庁長官を歴任した。 |
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中川一郎
中川一郎(なかがわいちろう、3月9日-1月9日)は日本の政治家。元衆議院議員。自由民主党の派閥・中川派の領袖。正三位勲一等。農林大臣(第49代)、農林水産... |
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安倍晋太郎
日本の政治家。衆議院議員(11期)。第56、57代内閣総理大臣岸信介の女婿、第90代内閣総理大臣安倍晋三の父。竹下登、宮沢喜一と共に「ニューリーダー」、「... |
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中村慶一郎
日本の政治評論家。国民新党顧問。内閣総理大臣秘書官、内閣官房参与を歴任した。 |
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福田赳夫
日本の大蔵官僚、政治家。位階は正二位。勲等は大勲位。衆議院議員、農林大臣(第27代)、大蔵大臣(第70・73・74・78代)、外務大臣(第99代)、行政管理庁... |
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細田吉蔵
日本の運輸官僚、政治家、弁護士。衆議院議員(10回当選)。正三位勲一等。松江市名誉市民。長男は自民党衆議院議員の細田博之。 |
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田中角栄
日本の政治家。衆議院議員(16期)、郵政大臣(第12代)、大蔵大臣(第67・68・69代)、通商産業大臣(第33代)、内閣総理大臣(第64・65代)などを歴任した。 |
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海部俊樹
日本の政治家。財団法人日本ソフトテニス連盟会長、社団法人大正琴協会理事長、特定非営利活動法人日本ティーボール協会会長。衆議院議員(16期)、文部大臣... |
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谷垣禎一
日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(10期)。自由民主党総裁(第24代)。財務大臣(第3・4・5代)、国土交通大臣(第9代)、自由民主党政調会長(第5... |
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佐々木良作
日本の政治家。雅号は良素。民社党委員長(第4代)、衆議院議員(12期)、参議院議員(1期)を歴任。実兄は元中央大学総長升本喜兵衛、岳父は元鹿島建設副社... |
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鈴木善幸
日本の政治家。位階勲等は正二位大勲位。郵政大臣(第15代)、内閣官房長官(第26代)、厚生大臣(第43代)、自由民主党総務会会長(第15・17・23代)、農林... |
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プロフィール
- 河本敏夫とは
- 来歴・人物
- 三光汽船の倒産
- 著書
- 関連書籍
- 関連サイト
河本敏夫(こうもととしお、明治44年(1911年)6月22日-平成13年(2001年)5月24日)は、日本の政治家、実業家。衆議院議員(17期)、通商産業大臣(第36・38代)、郵政大臣(第28代)、経済企画庁長官(第32・34代)、沖縄開発庁長官(第15代)、自由民主党政務調査会長を歴任。正三位勲一等旭日大綬章。相生市名誉市民。
来歴・人物
| 1911年6月22日、兵庫県相生市生まれ。 |
| 旧制龍野中学(現・兵庫県立龍野高等学校)から旧制姫路高校(神戸大学の教養及び文理学部の前身校)にトップの成績で入学。 |
| マルクス主義の影響を受けて反戦運動に参加し、1930年に退学を余儀なくされた。 |
| 炭坑夫や職工などを経て日本大学法文学部に入学。 |
| 在学中に義兄らと三光汽船(当時、三光海運)を設立、卒業後の1937年から社長となる。 |
| 1949年の第24回衆議院議員総選挙で旧兵庫4区から初当選。 |
| 以後、連続17回当選。 |
| 1968年に第2次佐藤再改造内閣の郵政大臣として初入閣した後、政界の玄人筋からは、三木派の資金調達役として知られていたが、存在が一躍注目されるようになったのは三木内閣で通商産業大臣に就任してからである。 |
| 1976年の三木おろしにおいて三木武夫首相が反三木勢力に対しロッキード問題を掲げて解散総選挙を考慮する政局になった際には、三木派の離党・野党提携・新党結成なども視野に選挙資金を集める一方、閣僚罷免してでも強行に衆議院解散をすることを三木首相に進言していた。 |
| 福田赳夫内閣でも通産相、また、鈴木善幸、中曽根康弘両内閣で経済企画庁長官を歴任した。 |
| 党内でも1976年、1978年の2度にわたって政調会長を務めている。 |
| 自民党屈指の政策通、経済通として知られ、三木に批判的な立場だった大平正芳や後藤田正晴からも「一角の人物」と一目置かれていた。 |
| 政策としては積極財政論を唱えることが多かった。 |
| 1978年の自民党総裁予備選挙に初めて出馬するが、大平、福田、中曽根に続く4位で敗れた。 |
| 1980年には三木派の解散に伴い、その大部分を集めて河本派を旗揚げした。 |
| 三木派からの禅譲という形をとらなかったのは、三木の影を排除しないと、他派からの支援が受けにくいという事情があったためである。 |
| 河本は、自民党の実力者で70年代の政界を主導した「三角大福」に次ぐ実力者に数えられ、何度も総裁候補に名前が挙がったほどである。 |
| 1982年、自民党総裁予備選挙に出馬。 |
| 反田中勢力の受け皿として序盤から順調に票数を伸ばし、有力候補と目されていたが、田中派の集票マシーンの支援を受けた中曽根康弘に過半数を取られ次点となり、3・4位の安倍晋太郎・中川一郎ともども国会議員による本選挙への立候補を辞退する。 |
三光汽船の倒産
| 1985年、事実上のオーナーだった三光汽船が海運不況のあおりを受け倒産。 |
| 当時、河本は第2次中曽根内閣で沖縄開発庁長官を務めていた。 |
| 三光汽船の倒産は当時は「戦後最大の倒産」といわれ、責任を取って沖縄開発庁長官を辞任。 |
| 三光汽船の倒産は、政治家としての河本の評価にも影響を与えた。 |
| リクルート事件で竹下登が首相を辞任、続く宇野宗佑首相も参院選の惨敗を受けて退陣した1989年は、河本にとって政権獲得の最大の好機とされたが、党内の若手待望論を受けて、河本派の番頭格である海部俊樹が浮上。 |
| 河本は海部に対し「海部さん、あんたやりなさい」と促し、総裁選出馬を見送った。 |
| 河本の出馬断念を聞き、河本の側近だった大島理森は号泣したという。 |
| 結果は海部が林義郎、石原慎太郎の2名を凌駕し圧勝。 |
| 1993年の総選挙後衆議院議長候補として名前が挙がるが、自民党が下野したために実現しなかった。 |
| 1996年秋の総選挙直前、健康上の理由から47年間務めた衆議院議員を引退。 |
| 当時、参議院議員だった三男の河本三郎を後継にした。 |
| その後も、旧河本派名誉会長を務めていたが、2001年5月24日、心不全のため東京都新宿区信濃町の慶應義塾大学病院で死去。 |
| また、出生地の相生駅が姫路駅から近距離にもかかわらず山陽新幹線停車駅となったのは、河本の我田引鉄によるものと評されたことがある。 |
著書
| 波濤三十年 三光汽船 1968年。 |
| 郵政事業の新時代 国際政治経済研究所 1970年。 |
| 大商船隊 三光汽船 1977年。 |
| 世界の中の日本―80年代政治への提言 新政策研究会 1982年。 |
| 八十年代政治への提言 新政策研究会 1983年。 |
| 世界の中の日本 続 ―80年代政治への提言 新政策研究会 1983年。 |
| 世界の中の日本〈第3集〉―80年代政治への提言 新政策研究会 1984年 。 |
| 市場開放と民間活力 新政策研究会 1985年。 |
| 日本の進路 新政策研究会 1985年 。 |
関連書籍
| 中村慶一郎 河本敏夫・全人像 行政問題研究所 1982年 ISBN978-4905786214 。 |
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1930年
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退学を余儀なくされた |
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1968年
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第2次佐藤再改造内閣の郵政大臣として初入閣... |
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河本敏夫さんについてのひとこと紹介
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