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つながりの強いひと
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家永三郎
日本の歴史家(日本思想史)・東京教育大学名誉教授。文学博士(東京大学)。 |
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井上光貞
日本の歴史学者。東京大学名誉教授。国立歴史民俗博物館初代館長。紫綬褒章受賞者。文学博士。専門は日本古代史(上代日本史)。井上馨の孫に当たる。 |
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上田正昭
上田正昭(うえだまさあき、1927年4月29日-)は日本の歴史学者。兵庫県出身。京都大学名誉教授、大阪女子大学名誉教授、西北大学名誉教授。勲二等瑞宝章。修... |
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白鳥庫吉
東洋史学者、文学博士。東京帝国大学(現東京大学)教授。東洋文庫理事長。 |
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今井修
既に2000年ごろより、GISと社会をテーマとした研究の中で特に市民参加を中心として「参加型GIS(Participation GIS)」という研究分野が確立しており、我が国... |
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河上肇
日本の経済学者である。京都帝国大学でマルクス経済学の研究を行っていたが、教授の職を辞し、共産主義の実践活動に入る。日本共産党の党員となったため検挙... |
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三木清
(西田左派を含めた上での)京都学派を代表する哲学者。兵庫県揖保郡平井村小神(後の龍野市、現・たつの市揖西町)出身。弟に中国文学者の三木克己がいる。 |
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丸山眞男
日本の政治学者、思想史家。東京大学名誉教授、日本学士院会員。専攻は日本政治思想史。新字体で丸山真男とも表記される。丸山の学問は「丸山政治学」「丸山... |
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西田幾多郎
西田幾多郎(にしだきたろう、1870年6月17日(明治3年5月19日)-1945年(昭和20年)6月7日)は日本を代表する哲学者。京都大学教授、名誉教授。京都学派の創... |
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田辺元
田辺元 たなべはじめ ( 読書 ) 編集 注目の求人情報 [求人] 大信精機株式会社への正社員転職 募集内容:デンソーグループ会社【人事関連全般に関わるスタ... |
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津田博
津田 博の名刺 津田 博 ツダ ヒロシ ( Tuda Hirosi ) 会社/団体 博多らーめん だんだん 役職 オーナー 住所 マイネットワークまで公開 マイネットワークまで... |
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本居宣長
江戸時代の国学者・文献学者・医師。名は栄貞。通称は、はじめ弥四郎、のち健蔵。号は芝蘭、瞬庵、春庵、自宅の鈴屋(すずのや)にて門人を集め講義をしたこ... |
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和辻哲郎
『古寺巡礼』『風土』などの著作で知られる日本の哲学者、倫理学者、文化史家、日本思想史家。その倫理学の体系は、和辻倫理学と呼ばれる。日本的な思想と西... |
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石母田正
日本史学者。専攻は古代史および中世史で、多数の著作がある。正統派唯物史観の持ち主として広く知られ、戦後の歴史学に多大な影響を与えた。戦後、歴史学を... |
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卑弥呼
『魏志倭人伝』等の中国の史書に記されている倭国の王(女王)。邪馬台国に都をおいていたとされる。封号は親魏倭王。後継には親族の壹與が女王に即位したと... |
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本多光太郎
本多光太郎(ほんだこうたろう、明治3年2月23日(1870年3月24日)-1954年(昭和29年)2月12日)は物理学者、金属工学者(冶金学者)。鉄鋼及び金属に関する冶... |
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武者小路実篤
日本の小説家。姓の武者小路は「むしゃのこうじ」と読むが、実篤自身は「むしゃこうじ」と名乗っていた。一般には「むしゃのこうじ」で普及しており、本人も... |
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神武
安彦良和による全編描き下ろしの漫画作品。『ナムジ』の続編で、1992年から1995年にかけ徳間書店で刊行された。八咫烏のモデルとされるツノミ(賀茂建角身命... |
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折口信夫
日本の民俗学者、国文学者、国語学者であり、釈迢空(しゃくちょうくう)と号した詩人・歌人でもあった。彼の成し遂げた研究は「折口学」と総称されている。 |
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大川周明
日本の思想家。1918年、東亜経済調査局・満鉄調査部に勤務し、1920年、拓殖大学教授を兼任する。1926年、「特許植民会社制度研究」で法学博士の学位を受け、1... |
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プロフィール
- 津田左右吉とは
- 略歴
- 古代史研究とその評価
- 著書
- 外部リンク
- 関連サイト
津田左右吉(つだそうきち、1873年(明治6年)10月3日-1961年(昭和36年)12月4日)は、20世紀前半の日本史学者である。『日本書紀』『古事記』を近代的な史料批判の観点から批判・否定したことで知られる。従三位勲一等瑞宝章。
略歴
| 岐阜県美濃加茂市下米田町出身。 |
| 1891年(明治24年)、東京専門学校(後の早稲田大学)卒業。 |
| 卒業後、白鳥庫吉の指導を受けた。 |
| 千葉中学などで中学校教員を務め、満州・朝鮮史、ついで『日本書紀』の研究を行った。 |
| 1918年(大正7年)に早稲田大学講師、1920年(大正9年)に教授となり、東洋哲学を教えた。 |
| 最初に発表された著書は1913年(大正2年)発行の『神代史の新しい研究』で、これをさらに発展させたのが、1924年(大正13年)に成った『神代史の研究』である。 |
| 津田は51歳であった。 |
| この二著は神武天皇以前の神代史を研究の対象にし、史料批判を行ったものである。 |
| 1939年(昭和14年)に蓑田胸喜・三井甲之らが津田に「日本精神東洋文化抹殺論に帰着する悪魔的虚無主義の無比凶悪思想家」と攻撃した。 |
| 政府は、1940年(昭和15年)2月10日に『古事記及び日本書紀の研究』『神代史の研究』『日本上代史研究』『上代日本の社会及思想』の4冊を発売禁止の処分にした裁判の経過は向坂逸郎編『嵐のなかの百年学問弾圧小史』(勁草書房、1952年)や家永三郎『津田左右吉の思想史的研究』(岩波書店、1988年)の第五編「記紀批判への刑事弾圧と津田の対応」に詳しい。 |
| 同年に文部省の要求で早稲田大学教授も辞職させられた。 |
| 津田と出版元の岩波茂雄は出版法違反で起訴され、1942年(昭和17年)5月に禁錮3ヶ月、岩波は2ヶ月、ともに執行猶予2年の判決を受けた。 |
| 津田は控訴したが、1944年(昭和19年)に時効により免訴となった。 |
| 1947年(昭和22年)に帝国学士院(同年中に日本学士院と改称)会員に選ばれた。 |
| 1949年(昭和24年)に文化勲章受章。 |
| 1960年(昭和35年)に美濃加茂市名誉市民第1号に選ばれた。 |
古代史研究とその評価
| 『古事記』や『日本書紀』、特に神話関係の部分は後世の潤色が著しいとして厳格に文献批判を行った。 |
| その方法は津田の創始ではなく、明治以降の近代実証主義を日本古代史に当てはめ、記紀の成立過程についてひとつの相当程度合理的な説明を行った側面が大きい。 |
| 明治以後の近代史学では、歴史の再構成は古文書、日記等の同時代史料によるべきであって、たとえば『平家物語』や『太平記』を史料批判なくして同時代史料に優先して歴史の再構成に使用してはならないという原則が、広く受け入れられていた。 |
| しかし同様の原則を古代史に適用することは、直接皇室の歴史を疑うことにつながるゆえに、禁忌とされてきた。 |
| それを初めて破って、著書の中で近代的な史料批判を全面的に記紀に適用したのが津田だった。 |
| それゆえ津田が従前の歴史学から離れた立場にあったわけではないが、津田の業績を基本的に承認・利用しつつ、その核心部分を肯定する文章を自ら書き下ろすことは避けようとする態度が他の学者にはあった井上光貞『神話から歴史へ 日本の歴史1』、(4-5頁、中央公論社:中公文庫、初版1973年、第14版1982年)。 |
| 戦後には、津田自身の戦前における弾圧の経験とあいまって、ほとんど熱狂的に学界に迎えられ、神話(したがって皇国史観)を否定する“津田史観”は第二次世界大戦後の歴史学の主流となった。 |
| 敗戦による価値観の転換を体現する歴史学者の代表である。 |
| 戦後、1946年(昭和21年)、雑誌『世界』第4号に発表した論文「建国の事情と万世一系の思想」では、「天皇制は時勢の変化に応じて変化しており、民主主義と天皇制は矛盾しない」と天皇制維持を論じ、天皇制廃止論者たちからは「津田は戦前の思想から変節した」と批判された西義之『変節の知識人たち』PHP。 |
| 津田の個々具体的な主張には、かなり印象論的なものも多く、当然一部に批判もあった。 |
| 日本史の坂本太郎や井上光貞は、津田らの研究が「主観的合理主義」に過ぎないという主旨の批判を行っている井上光貞『日本古代史の諸問題』(思索社、1972年)ほか。 |
著書
| 『新撰東洋史』宝永館1901。 |
| 『朝鮮歴史地理』第1・2巻南満洲鉄道1913。 |
| 『神代史の新しい研究』二松堂書店 1913。 |
| 『文学に現われたる我が国民思想の研究』洛陽堂、1917-21/新版岩波文庫全8巻。 |
| 『古事記及び日本書紀の新研究』洛陽堂1919。 |
| 『神代史の研究』岩波書店 1924年。 |
| 道家の思想と其の開展東洋文庫1927。 |
| 日本上代史研究岩波書店1930。 |
| 上代日本の社会及び思想岩波書店1933。 |
| 左伝の思想史的研究東洋文庫1935。 |
| 『支那思想と日本』岩波新書1937。 |
| 儒教の実践道徳岩波書店1938。 |
| 蕃山・益軒岩波書店1938。 |
| 論語と孔子の思想岩波書店1946。 |
| 歴史の矛盾性大洋出版社1947。 |
| ニホン人の思想的態度中央公論社1948。 |
| 学問の本質と現代の思想岩波書店1948。 |
| 日本古典の研究上下岩波書店1948-50。 |
| 日本の神道岩波書店1949。 |
| おもひだすまゝ岩波書店1949。 |
| 必然・偶然・自由角川新書1950。 |
| 儒教の研究岩波書店全3巻1950-56。 |
| 諸民族における人間概念国連出版社1951。 |
| 日本の皇室早稲田大学出版部1952。 |
| 日本文芸の研究岩波書店1953。 |
| 歴史の扱ひ方歴史教育と歴史学 中央公論社1953。 |
| シナ仏教の研究岩波書店1957。 |
| 歴史学と歴史教育岩波書店1959。 |
| 想・文芸・日本語岩波書店1961。 |
| 『津田左右吉全集』全28巻、別冊5巻、補巻2巻、岩波書店、1963-66。 |
| 津田左右吉歴史論集岩波文庫2006。 |
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