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プロフィール
- 津田幸男とは
- 経歴
- 所属クラブ
- 出場大会
- 試合数
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津田幸男(つだゆきお1917年-1979年4月17日)は、日本の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはGK。兵庫県出身。
経歴
| 第一神戸中学校時代に二宮洋一、直木和らと共に1933年に全国中等学校蹴球選手権大会(後の全国高等学校サッカー選手権大会)で優勝。 |
| 卒業後には二宮と共に慶應義塾大学へ進学し、体育会ソッカー部へ入部。 |
| レギュラーの座を掴むと関東大学サッカーリーグ戦4連覇(1937年、1938年、1939年、1940年)、1937年の全日本総合蹴球選手権大会(後の天皇杯全日本サッカー選手権大会)優勝、慶應BRB(現役選手とOBからなる混成チーム)の一員として1936年、1939年、1940年の全日本総合蹴球選手権大会優勝に貢献した。 |
| 1941年に大学卒業後、三菱重工業に入社。 |
| 創設されて間もないサッカー部の主力選手として活躍した。 |
| 日本代表としては1938年4月7日のイズリントン・コリンシャンズ(イングランド)戦で代表デビューを飾ると、代表の正GKに定着し、1939年の日満華交歓競技大会、1940年の東亜競技大会に出場した。 |
| 第二次世界大戦の影響により、選手キャリアを中断したが、戦後の1951年に日本が国際舞台への復帰を認められると代表復帰を果たし、同年3月のアジア競技大会に出場するなど国際Aマッチ4試合に出場した。 |
| 晩年は慶應義塾大学体育会ソッカー部OB会会長を務めた。 |
| 1979年4月17日、パーキンソン病により死去、享年61。 |
| サッカーマガジン1979年6月10日号P34。 |
| なお、言語学者の津田幸男とは同姓同名の別人。 |
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1933年
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全国中等学校蹴球選手権大会(後の全国高等学... |
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1938年
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日本代表としてはのイズリントン・コリンシャ... |
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