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子内親王
鎌倉時代 の皇族、 女院 。 後堀河天皇 准母 、 皇后 宮。 院号 は 安嘉門院 。法名は正如覚。父は後高倉院 守貞親王 、母は 持明院基家 の女持明院陳子(北... |
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懽子内親王
鎌倉時代 後期から 室町時代 初期( 南北朝時代 )にかけての 皇族 、 歌人 。 後醍醐天皇 第2 皇女 、母は 中宮 西園寺禧子 (後京極院)。 伊勢斎宮 、の... |
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恭子女王
平安時代中期の皇族。伊勢斎宮。為平親王王女(村上天皇の皇孫)、母は左大臣源高明の女。同母兄弟に源憲定、源顕定、源頼定、婉子女王などがいる。一条天皇... |
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井上内親王
井上内親王(いのえないしんのう/いがみないしんのう、養老元年(717年)-宝亀6年4月27日(775年5月30日))は第45代聖武天皇の第1皇女。母は夫人県犬養広刀... |
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休子内親王
平安時代末期の皇族。伊勢斎宮。後白河天皇の第4皇女で、母は従三位藤原成子(藤原季成の女)。同母兄姉に亮子内親王(殷富門院)・好子内親王・式子内親王・... |
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曦子内親王
鎌倉時代の皇族。土御門天皇皇女。生母は源有雅の女(大宮局)。伊勢斎宮。後嵯峨天皇准母・皇后宮、のち女院。院号は仙華門院(せんかもんいん)。寛元2年(... |
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淳子女王
kotobank > 淳子女王とは 淳子女王 【あつこじょおう】 1件の用語解説(淳子女王で検索) Tweet デジタル版 日本人名大辞典+Plus の解説 淳... |
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徽子女王
徽子女王(きし(よしこ)じょおう、延長7年(929年)-寛和元年(985年))は平安時代中期の皇族、歌人。式部卿宮重明親王の第1王女(醍醐天皇の皇孫)。母は... |
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大来皇女
天武天皇の皇女。大伯皇女とも書く。母は天智天皇皇女の大田皇女(持統天皇の同母姉にあたる)で、同母弟に大津皇子がいる。伊勢斎宮。 |
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潔子内親王
平安時代後期の皇族。高倉天皇皇女。母は按察典侍(藤原頼定の娘)。後鳥羽 天皇朝の伊勢斎宮。大谷斎宮と号し... http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BD%94%E... |
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泉皇女
天智天皇の皇女。母は天智天皇の後宮の女官である宮人(めしをみな)、色夫古娘(しこぶこのいらつめ)で、同母兄姉に大江皇女と川島皇子がいる。伊勢斎王。... |
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妍子内親王
平安時代後期の皇族。鳥羽天皇皇女。母は三条局(藤原家政の女)。近衛天皇朝の伊勢斎宮。吉田斎宮と号した。永治2年(1142年)2月26日、近衛天皇即位に伴い... |
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元子女王
平安時代前期の皇族。伊勢斎宮。本康親王の王女(仁明天皇の皇孫)。兄弟に雅望王、廉子女王らがいた。従兄弟宇多天皇の即位により、寛平元年(889年)2月16... |
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雅子内親王
第60代醍醐天皇第10皇女。母は更衣源周子。伊勢斎宮、のち藤原師輔室。西四条斎宮と呼ばれた。同母兄弟に源高明、時明親王、盛明親王、同母姉妹に勤子内親王... |
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田形皇女
天武天皇の皇女。母は夫人(おほとじ)大蕤娘(蘇我赤兄の女)。同母兄姉に穂積皇子、紀皇女がいる。伊勢斎王。慶雲3年(706年)8月29日、退下した泉皇女の跡... |
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功子内親王
平安時代後期の皇族。 ... 治承元年(1177年)10月27日、2歳で斎宮に 卜定される(同日内親王宣下)。翌... http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%9F%E5%AD%9... |
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嘉子内親王
平安時代後期の皇族。小一条院敦明親王王女(三条天皇の皇孫)。伊勢斎宮。永承元年(1046年)3月10日、前年の後冷泉天皇の即位により斎宮に卜定される。同2... |
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好子内親王
平安時代末期の皇族。伊勢斎宮。後白河天皇の第2皇女で、母は高倉三位藤原成子(大納言藤原季成の女)。同母兄弟に以仁王・守覚法親王・亮子内親王(殷富門院... |
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酒人内親王
光仁天皇の皇女。母は皇后井上内親王。伊勢斎王、のち桓武天皇妃。 |
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大原内親王
平安時代前期の皇族。平城天皇の第3皇女。母は宮人の贈従三位伊勢継子(正四位下木工頭伊勢老人の娘)。同母兄弟に高岳親王・巨勢親王・上毛野内親王・石上内... |
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プロフィール
浄庭女王(きよにわじょおうが斎王に卜定(ぼくじょう)されたのは、政界の暗黒が絶頂に達した時だった。前任の酒人内親王(さかひとないしんのう)はいまだ伊勢にあり、もしかすると自身の身の上にどのような悲劇が起こったのか、まだ知らされてさえいないのかもしれなかった。
呪詛の罪で廃された井上皇后(いのうえこうごう)と廃太子・他戸親王(おさべしんのう)の死。そのわずか2日後には浄庭女王の卜定が終っていたのだ。
「なんてお気の毒な方だろう…。母上と弟君を同時に亡くされたことをあの方はどのようにしてお知りになるだろう。」
やがて自身赴くはずの伊勢の方を思いやって、浄庭女王はひそやかに心を痛めた。
浄庭女王は神王(みわおう)と光仁(こうにん)皇女・禰努麻内親王(みぬまないしんのう)の間に生まれた。父の神王は、「采女(うねめ)の袖吹き返す明日香風…」の歌で有名な志貴皇子(しきのみこ ... もっと見る
浄庭女王(きよにわじょおうが斎王に卜定(ぼくじょう)されたのは、政界の暗黒が絶頂に達した時だった。前任の酒人内親王(さかひとないしんのう)はいまだ伊勢にあり、もしかすると自身の身の上にどのような悲劇が起こったのか、まだ知らされてさえいないのかもしれなかった。
呪詛の罪で廃された井上皇后(いのうえこうごう)と廃太子・他戸親王(おさべしんのう)の死。そのわずか2日後には浄庭女王の卜定が終っていたのだ。
「なんてお気の毒な方だろう…。母上と弟君を同時に亡くされたことをあの方はどのようにしてお知りになるだろう。」
やがて自身赴くはずの伊勢の方を思いやって、浄庭女王はひそやかに心を痛めた。
浄庭女王は神王(みわおう)と光仁(こうにん)皇女・禰努麻内親王(みぬまないしんのう)の間に生まれた。父の神王は、「采女(うねめ)の袖吹き返す明日香風…」の歌で有名な志貴皇子(しきのみこ:天智天皇皇子)の孫である。光仁天皇に至って、皇統が壬申の乱の勝者である天武系から敗者の天智系へと移り、天智天皇(てんちてんのう)の血を引く神王家にとっては明るい時代がやってきたと言える。しかも、神王の妻は今上(きんじょう)・光仁の皇女(ひめみこ)である。
それにひきかえ、天武系の皇族…ことにも聖武(しょうむ)の血筋の者たちの、なんと悲惨な運命であることか。権力の中に生まれ、権力への道の進み方を少しでも間違えた皇族たちの運命は、終りを全うできるものではなかった。ならば、権力に執着することなく飄々と生きることだ。
浄庭女王は斎宮在任7年にして退下(たいげ)した。光仁天皇が老齢のため譲位し、まもなく崩御したことによる。再び混沌とする次の桓武天皇(かんむてんのう)の世にも、浄庭女王をはじめこの神王の一族は無事に過ごすことができたようである。
なお、この斎王の在任中には斎宮に瑞雲が現れたと言われ、それに伴って宝亀(ほうき)から天応(てんおう)に改元している。 戻る
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浄庭女王さんについてのひとこと紹介
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