| 2000年10月16日、日本ライト級暫定王座を小野淳一と争い、6R負傷判定勝利で暫定王者となった。 |
| 11月、リック吉村が22度目の防衛達成後に正規王座を返上したことにともない、正規王者と認定された。 |
| この時期、畑山隆則がWBA世界同級王者だったこともあり、この11月には東京で「ライト級は日本に世界チャンピオンがいることだし、来年(2001年)は無理としても、再来年には(世界戦を)やりたいと思っています」と語っている「トップボクサー語録2000-湯場忠志」『日本ボクシング年鑑2001』 ボクシング・マガジン編集部編、日本ボクシングコミッション/日本プロボクシング協会協力、ベースボール・マガジン社、2001年3月10日発行ISBN4-583-03633-7、10頁。 |
| 2001年2月17日、両国国技館で行われた畑山vs.リック吉村のアンダーで木村登勇と対戦し、負傷引き分けで初防衛を果たした。 |
| さらに大久保純斗を退け2度防衛後の9月17日、同王座を返上した。 |
| ;スーパーライト級獲得。 |
| 2002年3月23日、横浜アリーナで前田宏行が返上し空位となった日本スーパーライト級王座を足立浄と争い、7RTKO勝利で2階級制覇を成功させた。 |
| 2003年2月15日、アルバラート・イシマル(元WBFスーパーライト級王者・PABAスーパーライト級王者)を退けた次の防衛戦を、親交のある佐々木基樹と行った。 |
| 戦前の予想通りにはならず9RTKOで敗れ、2戦目以来の黒星を喫すると同時に失冠、引退を考えるが6か月後に復帰した。 |
| 2005年1月16日、5連勝で前田宏行が返上し空位となった日本ウェルター級王座を竹中義則と争い、2RTKO勝利で3階級制覇を達成した。 |
| 同年9月23日、防衛1度の後パシフィコ横浜で行われた大曲輝斎との防衛戦で1R0分40秒KO負けを喫し、失冠となった。 |
| その後、マサ・バキロフ(元PABAウェルター級王者)との対戦ではダウンを奪いながら負傷判定で自身初の2連敗を喫し、引退も考えたが、その8か月後オペティ・タギを相手に復帰を果たし |
| 大曲との再戦が決定したが、大曲が眼筋麻痺の治療のために王座を返上したことにより、6位の古川明裕と王座決定戦を行うことになった。 |
| ;ウェルター級再獲得。 |
| 2007年4月20日、古川明裕と日本ウェルター級王座決定戦を行い、開始早々から立て続けにダウンを奪って1R1分32秒でKO勝ち。 |
| 日本王座に復帰した |
| 同年12月6日に行われた牛若丸あきべぇ(現・渡部あきのり)との2度目の防衛戦では、開始早々ダウンを奪われたものの直ぐに2度ダウンを奪い返し、1R1分30秒KO勝ちで防衛に成功した |
| 2007年度プロ・アマチュア年間表彰選手選考会で努力賞・KO賞の両賞に選出された。 |
| 2008年4月20日、地元宮崎県体育館で行われた防衛戦で沼田康司に4RKO負けを喫し、王座を失った |
| この試合では顎を2か所骨折し、ブランクを余儀なくされたが、11月16日に復帰戦の決定発表とともに現役続行を表明した。 |
| この後は東京やタイでの練習を増やし、体幹トレーニングなども採用した |
| 2009年1月22日、4階級目となるスーパーウェルター級に階級を上げ、寺田千洋に1RKO勝利を収めて再起を果たした。 |
| 同年5月19日、スーパーウェルター級8回戦で日本同級7位として日本ミドル級5位・OPBFミドル級12位の中堀智永と戦い、ボディへの一撃で自身初の2戦連続となる1RKO勝利を収めた |
| 11月3日には都城市で行われた都城レオスポーツ主催興行で日本スーパーウェルター級6位・OPBF同級13位としてミドル級を主戦場とする戸高不乱拳大樹とスーパーウェルター級8回戦で対戦し、3RTKO勝利を収めた |
| 2010年2月22日、OPBFスーパーウェルター級8位・日本同級4位として、OPBFミドル級11位・日本ウェルター級6位の渡部あきのりと2年2か月ぶりの再戦をスーパーウェルター級8回戦で行い、初回は攻勢をとりながら2Rからはペースを譲る展開となったが、5Rに左アッパーから連打をまとめて、この回TKO勝利を収めた |
| 同年6月29日、チャーリー太田の持つ日本スーパーウェルター級王座への挑戦者決定戦として行われた同級8回戦で、同2位として6位の西禄朋と対戦。 |
| 2Rにダウンを奪い、この回TKO決着により再起後5連続KO勝利とし、挑戦権を獲得した |
| 2010年9月4日、WBA世界スーパーウェルター級13位のチャーリー太田が持つ日本スーパーウェルター級王座とOPBF東洋太平洋同級王座に日本1位・OPBF4位として挑戦。 |
| 8R終了時点の採点はドローであったものの終盤にポイントを失い、プロ45戦目にして初めて12Rを戦って0-3の判定負けを喫したが、試合直後に現役続行の意思を表明した |