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つながりの強いひと
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左大臣
朝廷の最高機関、太政官の職の一つ。唐名は「左府」「左丞相」「左相国」「左僕射」「太傅(たいふ)」。和訓は「ひだりのおおいもうちぎみ/ひだりのおとど」... |
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藤原道長
藤原道長(ふじわらのみちなが)は平安時代中期の公卿。従一位・摂政・太政大臣・准三后。京都生まれ。藤原兼家の五男(四男という説もある)で、母は摂津守... |
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光源氏
紫式部の物語『源氏物語』の主人公である。京都に生まれる。『源氏物語』五十四帖中第一帖「桐壺」から第四十帖「幻」まで登場する。なお「光源氏」とは「光... |
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為平親王
為平親王(ためひらしんのう、天暦6年(952年)-寛弘7年11月7日(1010年12月15日))は平安時代の皇族で村上天皇の第四皇子。母は中宮藤原安子。同母兄弟に冷... |
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醍醐天皇
父
平安時代の第60代天皇(在位:寛平9年7月13日(897年8月14日)-延長8年9月22日(930年10月16日))。はじめの諱は維城(これざね)、のちに敦仁(あつぎみ・... |
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源明子
平安時代にいた人物。源高明女、藤原道長室。源信明女。『源氏物語』の源典侍のモデルか。 |
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菅原道真
天神 菅原道真 0.目次 本レポートでは以下の通りに調査内容を報告することをここに記す。 1.菅原道真という人物。 2.天神、道真。そして学問の神、道真。 ... |
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藤原師輔
妻 親
平安時代中期の公卿。藤原北家、摂政関白太政大臣・藤原忠平の次男。異母兄に実頼。弟に師尹らがいる。別称として、九条右大臣、坊城大臣、九条殿。有職故実... |
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源周子
母
コブスの中にあるコンテンツの単語とウィキペディアの中にある単語を結びつけるコンテンツです。リンクされたキーワードをクリックするとその意味を表示しま... |
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源満仲
平安時代中期の武将。清和源氏六孫王経基の子。源頼光、源頼親、源頼信らの父。「多田」を号したことから多田満仲(ただのみつなか、ただのまんじゅう)とも... |
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藤原実頼
妻 親
平安時代中期の公卿。藤原北家、摂政関白太政大臣・藤原忠平の長男。母は宇多天皇の皇女源順子。幼名は牛養(うしかい)。小野宮殿と称す。漢風諡号は清慎公... |
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冷泉天皇
日本(平安時代中期)の第63代天皇。村上天皇の第二皇子で、諱は憲平(のりひら)。母は藤原師輔の娘中宮安子。円融天皇の同母兄。 |
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源朝臣
●諸経歴とか
本名:源朝臣なんたらかんたら ああ、源朝臣新田かんたら と書かれる事もあるかな?
忌名:書くわけねーじゃん。
法名:たぶん 妙心なんたらかん... |
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藤原良房
平安時代初期の公卿。藤原北家・藤原冬嗣の二男。母は藤原美都子。子に明子、養子に藤原基経。染殿、白河殿と称される。漢風諡号は忠仁公、国公は美濃公。皇... |
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藤原忠平
平安時代の公卿。藤原基経の四男。母は人康親王女。兄弟に時平、仲平など。子に実頼、師輔など。小一条太政大臣と号す。漢風諡号は貞信公、国公は信濃公。兄... |
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藤原兼家
平安時代の公卿。従一位摂政・関白・太政大臣に昇る。藤原北家流の藤原師輔の3男で、母は藤原経邦の娘盛子。道隆、道兼、道長らの父。妻の一人に『蜻蛉日記』... |
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一条天皇
平安時代中期の第66代天皇(在位:寛和2年6月23日(986年7月31日)-寛弘8年6月13日(1011年7月16日))。諱は懐仁(やすひと)。 |
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藤原師尹
藤原師尹(ふじわらのもろただ、延喜20年6月2日(920年7月24日)-安和2年10月15日(969年12月1日))は平安時代中期の公卿。藤原北家、摂政関白太政大臣・藤... |
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具平親王
第62代村上天皇の第七皇子。官位は二品・中務卿。通称は後中書王、または千種殿・六条宮。 |
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藤原基経
平安時代前期の公卿。藤原北家・藤原長良の三男。幼名は手古。従一位、摂政関白太政大臣、贈正一位。堀川大臣(堀河大臣)と号する。漢風諡号は昭宣公、国公... |
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プロフィール
源高明(みなもとのたかあきら、延喜14年(914年)-天元5年12月26日(983年1月17日))は、平安時代の公卿。 醍醐天皇の第10皇子。母は 源周子。法名は覚念。官位は正二位・ 左大臣。京都右京四条に壮麗な豪邸を建設し、西宮 左大臣と呼ばれた。一世源氏の尊貴な身分であり、学問に優れ朝儀に通じており、また実力者 藤原師輔、その娘の中宮安子の後援も得て朝廷で重んじられた。師輔・安子の死後、藤原氏に忌まれて安和の変で失脚し、政界から退いた。
生涯
| 延喜20年(920年)7歳で臣籍降下し、源の姓を賜与される。 |
| 延長7年(929年)従四位上に叙せられる。 |
| 天慶2年(939年)参議に昇進。 |
| 中納言・大納言を経て、康保3年(967年)右大臣に任ぜられ、左近衛大将を兼ねた。 |
| 朝廷の実力者でかつ高明と同じく故実に通じた藤原師輔の三女を妻とし、この妻が没すると五女の愛宮を娶って友好関係を結び、師輔は高明の後援者となっていた。 |
| また、妻の姉の安子は村上天皇の中宮であり、東宮(皇太子)憲平親王、為平親王、守平親王を産み、高明は安子に信任され中宮大夫を兼ねた。 |
| 高明は自身の娘を為平親王の妃とした。 |
| 康保4年(968年)憲平親王(冷泉天皇)の即位に伴い左大臣に昇る。 |
| 冷泉天皇は狂気の病があったため、早急に後嗣を立てる必要があり、同母弟であった為平親王は東宮の有力候補だった。 |
| だが、冷泉天皇の東宮には為平の弟・守平親王(のち円融天皇)が立てられる。 |
| 高明は大いに失望した。 |
| これは高明が将来外戚となることを藤原氏が恐れた為とされ、この時には既に師輔も安子も薨去しており、高明は宮中で孤立していた。 |
| 安和2年(969年)、源満仲と藤原善時が橘繁延と源連の謀反を密告。 |
| 右大臣藤原師尹は諸門を閉じて諸公卿と廷議を開き、密告文を関白藤原実頼に送り、検非違使を派遣して関係者を逮捕させた。 |
| その中には高明の従者の藤原千晴(藤原秀郷の子)も含まれていた。 |
| 謀反の容疑は高明にも及び検非違使が邸を取り囲み、大宰権帥に左遷する詔を伝えた。 |
| これは事実上の流罪であり、高明は長男の忠賢ともども出家して京に留まることを願うが許されず、大宰府へ流された。 |
| これは、師輔の死後、高明と確執を深めていた藤原氏の策謀であったとされる(安和の変)。 |
| 翌天禄2年(971年)に罪を赦されて翌年4月に帰京するも、政界に復帰することは無く葛野に隠棲する『日本紀略』。 |
| 天延2年(974年)8月には封戸300戸が与えられる。 |
| 天元5年(982年)、69歳で薨去。 |
| かつて高明が国司を兼ねていた備前国の住民が祠を建てて祭っており、その請いにより文安5年(1448年)に従一位が追贈された。 |
人物
| 学問を好み、朝儀・有職故実に練達し、『西宮記』を著した。 |
| 和歌にも優れ、『後撰和歌集』(10首)以下の勅撰和歌集に22首が採録されている『勅撰作者部類』。 |
逸話
| 伴廉平という人相を善く見る者がいて、高明の顔を見たところ、これほどの貴相を見たことがなかった。 |
| しかし、その背中を見て、恐らくは左遷の禍を受けるだろうと予見したという。 |
| 『今昔物語』には高明の左遷にまつわる説話がある。 |
| 高明が桃園の邸宅に居たとき、寝殿の柱の節穴から毎夜、少児の手が出てしきりに差し招く怪異が起きた。 |
| 柱に経典、仏画を掛けても怪異は止まず、征矢を刺して穴を塞ぐと怪異はようやく止んだが、やがて、左遷の禍が起きたという。 |
系譜
| 母:源周子-源唱の娘。 |
| 妻:藤原実頼の娘(?-947)。 |
| 妻:藤原師輔の三女(934-962)。 |
| 男子:源忠賢-忠賢の長男源致公は清和源氏源満季の猶子となる。 |
| 男子:源俊賢(959-1027)。 |
| 女子:為平親王室(951-?)。 |
| 妻:愛宮(941-?)-藤原師輔の五女。 |
| 男子:源経房(969-1023)。 |
| 女子:源明子(高松殿)(964?-1049)-盛明親王養女、藤原道長室。 |
| 妻:源泉の娘。 |
| 女子:藤原正光室。 |
| 女子:源重信室。 |
| 女子:藤原相尹室。 |
| 子のうち長男の忠賢は安和の変で出家したが、俊賢と経房は後に政界で昇進して活躍している。 |
| また、娘の明子は藤原道長の妻となった。 |
著作
| 『西宮記』当時の儀式・年中行事の式次第・内容を詳細に記した有職故実書。 |
| 平安時代中期の宮中儀礼の様子を知ることが出来る一級史料である。 |
| 『源氏物語』紫式部が書いたといわれているが、源高明が書いたという説がある。 |
| また、光源氏のモデルは源高明という説もある。 |
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