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つながりの強いひと
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式亭三馬
師事
江戸時代後期の地本作家で薬屋、浮世絵師。滑稽本『浮世風呂』『浮世床』などで知られる。名は菊池泰輔、字は久徳。通称は西宮太助。戯号は四季山人・本町庵... |
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柳亭種彦
師事
江戸時代後期の戯作者。長編合巻『偐紫田舎源氏』などで知られる。 |
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十返舎一九
江戸時代後期の大衆作家、浮世絵師。日本で最初に、文筆のみで自活した。『東海道中膝栗毛』の作者として知られる。 |
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井原西鶴
江戸時代の浮世草子・人形浄瑠璃作者、俳人。別号は鶴永、二万翁。晩年名乗った西鵬は、時の将軍徳川綱吉が娘鶴姫を溺愛するあまり出した「鶴字法度」(庶民... |
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長次郎
安土桃山時代を代表する陶芸家。楽焼の創始者であり、千家十職の一つ・樂吉左衛門家の初代とされる。 |
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渓斎英泉
江戸時代後期に活躍した日本の浮世絵師。画号は、渓斎、国春楼、北亭、小泉、涇斎。亭号としては、一筆庵(いっぴつあん)、名翁(むめいおう、無名翁)、楓... |
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曲亭馬琴
江戸時代後期の読本作者。本名は滝沢興邦(たきざわおきくに、瀧澤興邦)で、後に解(とく)と改める。号に著作堂主人(ちょさくどうしゅじん)など(名前に... |
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山東京伝
山東京伝(さんとうきょうでん、宝暦11年8月15日(1761年9月13日)-文化13年9月7日(1816年10月27日)は江戸時代の浮世絵師、戯作者。本名は岩瀬醒(さむる)... |
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葛飾北斎
日本の近世にあたる江戸時代に活躍した浮世絵師であり、とりわけ後期、文化・文政の頃(化政文化)を代表する一人。代表作に『富嶽三十六景』や『北斎漫画』... |
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上田秋成
江戸時代後期の読本作者、歌人、茶人、国学者、俳人。怪異小説「雨月物語」の作者として特に知られる。 |
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歌川国芳
江戸時代末期の浮世絵師。画号は一勇斎。江戸時代末期を代表する浮世絵師の一人である。画想の豊かさ、斬新なデザイン力、奇想天外なアイデア、確実なデッサ... |
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喜多川歌麿
江戸時代の日本で活躍した浮世絵師の代表的な一人。姓は北川、後に喜多川、幼名は市太郎、のち、勇助(または勇記)と改め、名は信美。初号は豊章といい、歌... |
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歌川国貞
歌川国貞(うたがわくにさだ、天明6年(1786年)-元治元年12月15日(1865年1月12日))は江戸時代の浮世絵師。面長猪首型の美人画が特徴。三代目歌川豊国。存... |
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落合芳幾
落合芳幾(おちあいよしいく)、天保4年(1833年)-明治37年(1904年)2月6日)は幕末から明治にかけて活躍した浮世絵師で、新聞人である。姓は落合、名は幾... |
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本居宣長
江戸時代の国学者・文献学者・医師。名は栄貞。通称は、はじめ弥四郎、のち健蔵。号は芝蘭、瞬庵、春庵、自宅の鈴屋(すずのや)にて門人を集め講義をしたこ... |
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永井荷風
日本の小説家。本名は壯吉。号『金阜山人』『断腸亭主人』ほか。 |
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鶴屋南北
江戸時代後期に活躍した歌舞伎狂言の作者。鶴屋南北を襲名した者は5名を数えるが、単に鶴屋南北または南北というと、通常はこの四代目ことをさす。また5代の... |
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樋口一葉
日本の小説家。東京生れ。本名は夏子、戸籍名は奈津。中島歌子に歌、古典を学び、半井桃水に小説を学ぶ。生活に苦しみながら、「たけくらべ」「にごりえ」「... |
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大塩平八郎
江戸時代後期の儒学者で、大坂町奉行所の与力。大塩平八郎の乱を起こした。平八郎の父も大坂町奉行所与力であり、初代の大塩六兵衛成一から数えて8代目であり... |
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プロフィール
為永春水(ためながしゅんすい、1790年(寛政2年)-1843年2月11日(天保14年12月23日))は、江戸時代後期の戯作者。『春色梅児誉美』など人情本の代表作家。本名は佐々木貞高、通称は 長次郎。筆名には、二代目南杣楚満人・二代目振鷺亭主人・狂訓亭主人・ 金竜山人・鷦鷯斎春水なども使った。
生涯
| 父母のこと・当人の幼少時のことは、知られていない。 |
| 町人の家だったらしい。 |
| 読書に耽って近視になったと、後に綴っている。 |
| 1820年(文政3年)頃から、為永正輔・為永金竜の芸名で講釈師をした。 |
| 林屋正蔵の弟子で、後に文名を得てからも高座に上った。 |
| それの修業は、創作に役立ちはしたものの、芸は下手だったらしい。 |
| 内職に、古本のせどり屋もした。 |
| 文化期の末(1817年頃)、出版屋『青林堂』を開いて越前屋長次郎を名乗り、1819年、親友の滝亭鯉丈と、人情本の『明烏後正夢初編』を出した。 |
| 戯作者を志し、柳亭種彦に近付き式亭三馬に師事した。 |
| その後、自分名義の本を次々に出したが、それらの多くは、無名作家の作品か、歌舞伎作者の二代目瀬川如皐・二代目松島半二・浜村輔、および、青林堂に集まる文学青年たちとの合作、『青林堂小説工房』製品だった。 |
| 工房は『為永連』と呼ばれた。 |
| 1824年(文政7年)頃の青林堂は、年に十点以上の地本を発行し、曲亭馬琴の作品を無断で再版して作者を怒らせもした。 |
| 出版業のかたわら、歯磨き粉を商った。 |
| その後も為流連の、粗雑な読本(よみほん)・合巻を出し続け、評判を落として反省し、創作に専念しようとした矢先の1829年(文政12年)、青林堂が焼けて取り巻きも去り、1832年(天保3年)、『春色梅児誉美』の初編・2編を春水一人で書いて、大当てして、江戸の男女の恋愛を色濃く綴る『人情本』と言うジャンルを確立した。 |
| 1837年の『春色春告鳥』3編・4編の序には、『東都人情本の元祖』と書いた。 |
| 需要にこたえ、同じ登場人物の『春色もの』を発表し続けたが、『春色辰巳園』と『春告鳥』の前半以降は、新編成の『為永連』の合作となり、春水はそれらの校合補正に当たった。 |
| 天保の改革下の1841年(天保12年)暮、人情本の内容が淫らであるとして、北町奉行遠山金四郎の取り調べを受け、翌年手鎖50日の刑を受けた。 |
| それを苦に深酒して強度の神経症となり、1843年に没した。 |
| 築地本願寺中の妙善寺で葬儀を執り行った。 |
| 墓は世田谷区烏山五丁目の妙善寺にある。 |
| 読本に執念を持ち、合巻も書いたが、ヒット作はなかった。 |
| 彼の文業は、のちの硯友社の作家たち・岡鬼太郎・永井荷風らに影響を残した。 |
| 門弟の染崎延房が二世為永春水を称した。 |
| 為永春雅(講釈師の伊東荘流)も弟子。 |
主な文業
| 為永連の合作とされている本は、右にずらせた。 |
| 滝亭鯉丈との共著:『明烏後正夢初、2編』(人情本)、青林堂(1821)。 |
| 『明烏後正夢3編』(人情本):文渓堂(1822)。 |
| 『総角結紫総糸』(合巻)、(1822)。 |
| 『藤枝恋情柵』(新内)、(1824)。 |
| 『袷妻雪古手屋』(新内)、(1824)。 |
| 『軒並娘八丈初編』(富本節)、(1824)。 |
| 『玉川日記初編』、文渓堂(1825)。 |
| 『園の雪三勝草紙』、文渓堂(1825)。 |
| 春川英笑画:『腹内窺機関』(合巻)、永寿堂(1826)。 |
| 柳川重山画:『梅花春水1-4』(読本)、永寿堂(1826)。 |
| 歌川国安画:『阿古義物語拾遺』(読本)、(1826)。 |
| 春川英笑画:『婦女今川』(人情本)、永寿堂(1826)。 |
| 歌川国丸画:『浦島太郎珠家土産』(合巻)、青林堂(1828)。 |
| 歌川国丸画:『風俗女西遊記』、青林堂(1828)。 |
| 『玉川日記前後編』、文渓堂(1828)。 |
| 春川英笑画:『愚智太郎懲悪伝』(合巻)、(1829)。 |
| 渓斎英泉画:『繋馬七勇婦伝』(合巻)、(1829)。 |
| 歌川国安・貞斎泉晁画:『坂東水滸伝』(読本)、(1830-)。 |
| 渓斎英泉画:『大内興隆十杉伝』(読本)、文永堂(1830-)。 |
| 柳川重信画:『吾褄春雨前編』(人情本)、(1832)。 |
| 柳川重信画:『春色梅児誉美初、2編』(人情本)、永寿堂・文永堂(1832)。 |
| 柳川重信・柳川重山(4編)画:『春色梅児誉美3、4編』(人情本)、永寿堂・文永堂(1833)。 |
| 歌川国直画:『梅暦余興春色辰巳園初、2編』(人情本)、永寿堂・文永堂(1833)。 |
| 松亭金水と合作:『尼子九牛七国士伝』(読本)、(1833)。 |
| 『新田功臣柱石伝』(読本)、(1833)。 |
| 歌川国直画:『梅暦余興春色辰巳園3、4編』(人情本)、永寿堂・文永堂(1835)。 |
| 渓泉英泉画:『春色恵之花初、2編』、永寿堂・文永堂(1836)。 |
| 『処女七種』(人情本)、(1836)。 |
| 歌川国直画:『春告鳥』(人情本)、文渓堂(1837)。 |
| 歌川国直画:『重陽嘉言応喜名久舎』(人情本)、(1837)。 |
| 渓斎英泉画:『春色袖の海』(人情本)、(1837-1841)。 |
| 歌川国直・静斎英一画:『春抄媚景英対暖語』(人情本)、永寿堂・文永堂(1838)。 |
| 歌川国直・静斎英一画:『春色梅見婦禰』、永寿堂・文永堂(1841)。 |
| 『閑窓瑣談4巻』(随筆)、(1841)。 |
最近の出版
| 中野三敏・神保五弥・前田愛校注:『洒落本滑稽本人情本』、小学館日本古典文学全集47(2000)ISBN9784096580806。 |
| (『春告鳥』を収録)。 |
| 古川久校訂:『梅暦上(第5刷)下(第4刷)』、岩波文庫(1970)。 |
| (『春色梅児誉美』『梅暦余興春色辰巳園』『春抄媚景英対暖語』『春色梅美婦禰』を収録)。 |
| 『春色梅児誉美初編・後編』(和装)、日本古典文学刊行会ほるぷ出版(1974)。 |
| 『春色梅児誉美3編・4編』(和装)、日本古典文学刊行会ほるぷ出版(1974)。 |
| 中村幸彦校注:『春色梅児誉美・梅暦余興春色辰巳園』、岩波書店日本古典文学大系64、(1983)(53刷)。 |
出典
| 中村幸彦:『(春色梅児誉美)解説』(「『日本古典文学大系64』、岩波書店(1983)」)の巻頭。 |
| 神保五弥:『為永春水』、(『国史大辞典9』、弘文堂(1988))のp.307。 |
| 鈴木敏夫:『江戸の本屋下』、中公新書(1980)ISBN9784121005717。 |
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1819年
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親友の滝亭鯉丈と、人情本の『明烏後正夢 初... |
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1843年
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没した |
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