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つながりの強いひと
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二所ノ関
2005年3月時点での情報です。
2005年03月16日 午後05:56 |by PRESSMAN トラックバック URL: トラックバック LIST: |
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玉嵐孝平
北海道河西郡芽室町出身で、1960年代に活躍した大相撲力士である。本名は成田幸平(なりたこうへい)。片男波部屋(入門時は二所ノ関部屋)に所属していた。... |
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玉の海正洋
大相撲の第51代横綱。愛知県宝飯郡蒲郡町(現在の蒲郡市)出身。身長177cm、体重130kg。 |
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玉乃海太三郎
大分県大分市出身で二所ノ関部屋の元大相撲力士。最高位は関脇。全盛期の体格は181cm、122kg。 |
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佐賀ノ花勝巳
大相撲の力士である。佐賀県佐賀市出身。最高位は大関。本名は北村勝巳(きたむら かつみ)。身長170cm、体重128kg。得意手は右四つ、寄り。 |
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玉乃島新
福島県西白河郡泉崎村出身で、片男波部屋所属の現役大相撲力士。本名は岡部新(おかべあらた)、愛称はアラタ。身長187cm、体重157kg。得意技は、左四つ、寄... |
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玉光国喜太郎
福島県西白河郡泉崎村(出生地は秋田県湯沢市(旧雄勝郡雄勝町))出身で片男波部屋所属の元大相撲力士。本名は、岡部光国(おかべみつくに)、身長193cm、体... |
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玉ノ海梅吉
昭和10年代の大相撲力士。最高位は関脇。番付では梅の字はきへんではなくきかんむりで書かれていた。引退後は一時期年寄を襲名したが、その後相撲解説者に転... |
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玉力道栄来
東京都江戸川区生まれの元大相撲力士。元在日本大韓民国民団(民団)所属の在日韓国人(3世)である。韓国籍時代の本籍地は、大韓民国大邱広域市。現在は、年... |
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玉龍大蔵
長崎県長崎市出身で、片男波部屋に所属した大相撲力士。本名は永田大蔵(ながただいぞう)。最高位は西小結(1987年11月場所)。現役時代の体格は191cm、120k... |
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玉大輝毅
石川県鳳珠郡能登町出身の大相撲力士。所属は片男波部屋。身長179.5cm、117.5kg。最高位は幕下西26枚目(2009年3月場所)。 |
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板井圭介
大分県臼杵市出身のかつて大鳴戸部屋(※現存せず)に所属していた大相撲力士。最高位は西小結(1989年5月場所)。現役時代の体格は178cm、139kg。得意技は突... |
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谷嵐久
1970年代後半に活躍した大相撲力士である。大分県中津市出身(出生地は福岡県北九州市)。時津風部屋に所属していた。本名は山口久(やまぐちひさし)。現役... |
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玉春日良二
愛媛県東宇和郡野村町(現在の西予市)出身で片男波部屋所属の元大相撲力士。身長182cm、体重154kg。最高位は西関脇(1997年7月場所)。得意手は突き、押し。... |
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青葉城幸雄
宮城県仙台市太白区出身の元大相撲力士。押尾川部屋(入門時は二所ノ関部屋)に所属した。本名は庄司幸雄(しょうじゆきお)。現役時代の体格は180cm、148kg... |
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玉鷲一朗
モンゴル国ウランバートル市出身で片男波部屋所属の現役大相撲力士。本名はバトジャルガリーン・ムンホルギル(モンゴル語キリル文字表記:БатжаргалынМөнх-О... |
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天龍源一郎
日本の元大相撲力士、現プロレスラー。本名は嶋田源一郎(しまだげんいちろう)。福井県勝山市出身。身長189cm、体重120kg(力士時代は身長186cm、体重110kg... |
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豊國範
大分県中津市出身(出生地は滋賀県)の元大相撲力士。時津風部屋に所属していた。最高位は東張出小結(1962年5月場所)。現役時代の体格は176cm、131kg。得意... |
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垣添徹
大分県宇佐市出身で藤島部屋(入門時は武蔵川部屋)所属の現役大相撲力士。本名は垣添徹(かきぞえとおる)、愛称はトオル、カッキー。身長177cm、体重136kg... |
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田上明
日本のプロレスラー。元大相撲力士である。埼玉県秩父市出身。身長192cm、体重120kg。血液型A型。プロレスリング・ノア所属。代表取締役社長。 |
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プロフィール
玉響克己(たまひびきかつみ、本名:新川克己(しんかわかつみ)→灘克己(なだ-)、1935年10月3日-)は、大相撲の二所ノ関部屋・片男波部屋に在籍した大分県別府市出身の力士である。最高位は東前頭2枚目(1959年9月場所・1960年7月場所)。得意手は右四つ、寄り、上手投げなど。現役時代の体格は178cm、98kg。
来歴
| 大分県立大分水産高校を中退後、同郷の玉乃海(後、年寄・片男波)のいる二所ノ関部屋に入門。 |
| なお、角界入りする前は、捕鯨船の乗組員を志していたという。 |
| 1954年1月場所で初土俵を踏み、翌3月場所、本名でもある「新川」の四股名で序ノ口に付いた。 |
| 体格にはあまり恵まれていなかったが比較的順調に出世し、1958年5月場所で十両へと昇進。 |
| この場所では11勝4敗という好成績を挙げて、千秋楽の十両優勝決定戦に登場した。 |
| 北葉山・若秩父・富樫・若三杉・明歩谷・冨士錦といった面々との決定戦には敗退するも(優勝は若秩父)、玉響を含んだこれら7人は「7人の侍」と称され、話題になった(「7人の侍」の内、玉響を除く6人は後年、三役への昇進を果たしている。 |
| 富樫は、後の横綱・柏戸。 |
| 北葉山は、大関まで昇った。 |
| 十両は、同場所の優勝同点の他2場所で大勝ち(10勝以上)するなど、負け越しなしで5場所で通過。 |
| 翌年3月場所では新入幕を果たし、同場所から3場所連続(※幕下時代の1958年3月場所から数えると、9場所連続)勝ち越して、9月場所では最高位となる前頭2枚目に進んだ。 |
| しかし、横綱・大関陣から白星を挙げる事はできず、6勝9敗と3点負け越した。 |
| 以降も幾度か横綱・大関陣との対戦圏内(※本記事では、関脇~前頭4枚目を指す)に進出したが、ちゃんこ嫌いで体重が中々増えなかった事や軽量による体力不足もあって振るわず、1960年9月場所(前頭4枚目、8勝7敗)以外はいずれも負け越している。 |
| 結局、横綱・大関に勝つ事は一度も叶わず、三役への進出も果たせなかった。 |
| その後、年寄・片男波の独立に伴い、二所ノ関部屋から片男波部屋へと移籍この際に騒動が起きた。 |
| 詳しくは、「片男波部屋」の項目を参照の事。 |
| 1961年9月場所以降は幕内に復帰できず、十両14枚目の地位で4勝11敗と大敗した1962年9月場所を以って、26歳の若さで廃業した。 |
| 廃業後は、運送会社に勤務したという。 |
主な成績・記録
| 幕内成績:107勝115敗3休 勝率.482。 |
| 幕内在位:15場所。 |
| 通算成績:289勝257敗3休 勝率.529。 |
| 現役在位:46場所。 |
| 各段優勝:三段目1回(1956年3月場所)。 |
改名歴
| 新川(1954年3月場所-1957年3月場所、1961年7月場所-1962年9月場所)。 |
| 玉響(1957年5月場所-1961年5月場所)。 |
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1935年
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玉響 克己(たまひびき かつみ、本名:新川 ... |
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1954年
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大分県立大分水産高校を中退後、同郷の玉乃海... |
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投票数
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玉響克己さんについてのひとこと紹介
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