| リッキー・フジ戦でデビューを果たした。 |
| 大仁田厚引退後は、ハヤブサと共にエースとして新生FMWを引っ張る立場となり、「弾丸戦士」として人気を博す。 |
| ECWに長期遠征しポール・Eに惚れ込まれ、リングネームを「MASATANAKA」としECWのトップレスラーの一人として活躍し、日本人で唯一ECW世界ヘビー級王座にも就いた。 |
| しかしながらFMWの経営危機による帰国要請によりECWを離脱し、FMWへ復帰した。 |
| FMW復帰後、2001年2月に邪道、外道、中山香里と共に「コンプリート・プレイヤーズ」を結成し、FMWを離脱。 |
| 全日本プロレスとZERO-ONEに参戦し、後に橋本真也との一騎打ちを申し込み(その際事務所に勝手に殴り込みをかけて橋本に直訴、当時橋本が保持していたNWA世界ヘビー級ベルトを強奪し、ショップの商品を荒らし放題荒らし回るという実力行使に出た)2002年3月に両国国技館でシングル対決が実現したが、半ばやられ放題で軍門に下った。 |
| しかしその対決を機に橋本に見込まれてZERO-ONEに入団する。 |
| 大谷晋二郎とは同年齢であり、お互いを意識し刺激し合い“永遠のライバル”と言い続ける。 |
| しかし橋本という団体トップの人間を倒し、世代交代を提唱するにあたり、ライバルというスタンスは消えてはいないものの互いの力を結束しようと「炎武連夢(エンブレム)」を結成し、他団体でも大車輪の活躍を見せつけ2002年にはプロレス大賞ベストタッグ賞を受賞する。 |
| また同年には大谷とのタッグでROHへも登場している。 |
| 2004年2月19日に以前からタイトルマッチでありながらハードコアにこだわる田中と、ベルト防衛の意志を尊重する大谷と方向性の違いで仲違いを起こし炎武連夢を解散し、金村キンタロー、坂田亘らと共にZERO-ONE正規軍と敵対した(エロティックス結成)。 |
| ZERO-ONE解散後は大谷らとともにZERO1-MAXに合流。 |
| 2005年の4月に佐藤耕平と崔リョウジの要望を機に炎武連夢を再結成し、ヤングMAX軍と世代闘争を繰り広げている。 |
| ZERO1-MAXの母体であるファースト・オン・ステージがDSEとともに製作に関わるプロレスイベント、ハッスルにもレギュラーとして参戦する。 |
| ハッスル登場の際には、「HUSTLE01」と書かれた赤い半そでのジャージを着て入場し、グレーのジーンズ(2つともハッスル14から)を穿いて主にハードコア系で活躍している。 |
| 出場時は白いギター(叩くと白い粉が出てくる)を持参する。 |
| HHH〜ハッスルハードコアヒーロー〜でチャンピオンになった時の初防衛した後に、人狼にゴールデンロットで頭を叩かれて頭から血が出て、更にはその後に高田総統に、「初防衛おめでとう、佐藤君。 |
| いや、鈴木君だっけ?」と言われたことがある。 |
| その理由は、田中と言う苗字がとても地味なため。 |
| その後も、川田利明とタッグになったときに控え室で「おっ鈴木!。 |
| じゃなかった佐藤!」と言われたり、島田二等兵から「地味なチャンピオン」とも言われたりしていた。 |
| その後、金村キンタローとタッグを組んだ時は、金村のよき突っ込み役(?)として共に頑張っている。 |
| ちなみに、田中はハッスル16以外は全てのハッスルのシリーズに出場していたが、肩の手術のために欠場した。 |
| 2005年6月12日には、WWEのPPVであるWWEECW'sOneNightStandに出場。 |
| マイク・オーサムとの試合はECWファンに賞賛された。 |
| 翌年にも同大会に参戦した。 |
| 2006年には、大日本プロレスにて、黒田哲広とのタッグを結成(6人タッグのときは、金村キンタローも参加)。 |
| 田中を目標としている関本大介との世代闘争を展開している。 |
| また2005年から始まった新日本プロレスとの抗争においては、金村キンタローや黒田哲広らとタッグを組み、ライガー、邪道、外道らのジュニア戦士と対戦した。 |
| 2006年7月、ZERO1-MAX「火祭り'06」において悲願の初制覇を遂げる。 |
| 「火祭り」開催から6年、毎年エントリーされ出場してきたが、ZERO1-MAX最高峰の称号である「火祭り」制覇を遂に現実のものとした。 |
| 2006年11月29日に右肩手術を行なった。 |
| 2008年4月6日、中西学と世界ヘビー級選手権のタイトルマッチを行い、ベルトを防衛している。 |
| この抗争の中で生まれた金本浩二との確執から金本の挑戦を受け勝利しベルト防衛、その後も真壁刀義に火祭り2008決勝で勝利し、永田裕志との抗争を開始し世界ヘビー級選手権を賭け対戦するも敗れ、2009年1月4日東京ドーム大会でリターンマッチを行なうも連敗した。 |
| 2007年から体重を絞り始め、現在は95kg(以前は108kg)とジュニアヘビー級の体重となっている(体脂肪だけを落とした)。 |
| 2008年10月のプロレス・エキスポではライバル関本大介とタッグを結成し、大陸別タッグトーナメントで優勝を果たした。 |
| (準優勝はモーターシティマシンガンズ)。 |
| 2009年、中邑真輔率いるヒールユニット「CAHOS」に加入。 |
| またFMW時代の盟友である邪道、外道と3人で「コンプリート・プレーヤーズ」を再始動させる。 |
| 新日本プロレス「G1CLIMAX」にも出場した。 |
| 2010年、1月4日のレッスルキングダムでTAJIRIとタッグを組み、永田裕志、曙組と対戦しこれに勝利。 |
| この年のG1には出場しなかったが、同大会で棚橋弘至に敗北し、ベスト4で終わった前年度G1覇者で当時IWGP王者だった真壁刀義を襲撃しIWGPベルト挑戦を表明、9月6日にIWGP戦を行うも敗北する。 |
| しかしその後も遺恨は続き、同年のG1タッグリーグに出場(パートナーは石井智宏)し、対戦組となった真壁、本間朋晃組と対戦した際、真壁の頸椎を破壊し途中欠場に追い込んだ。 |
| 2011年、1月4日のレッスルキングダムで復讐を胸に出場した真壁と対戦、持ち前のハードコア殺法で執拗に真壁の負傷個所である首を攻撃し優位に立つが、真壁が田中のお株を奪う折りたたみ式テーブルへのパワーボムを敢行、形勢逆転を許し最後はキンコングニードロップで撃沈する。 |
| 3月のNJCにも出場、1回戦に内藤哲也を降すも2回戦の永田裕志に敗北。 |
| 4月3日、IWGPヘビー級王座で棚橋弘至からベルト奪取に失敗した永田に試合後マイクで対戦表明をし、5月3日の博多で永田と対決。 |
| 負傷個所となっていた左ひざを徹底攻撃するもバックドロップホールドで敗退。 |
| 翌25日には完全分裂したNOLIMITの高橋裕二郎に加担し、高橋と同じコンプリート・プレーヤーズの邪道、外道の4人で内藤哲也を袋叩きにしてCHAOSから追放する。 |
| 7月18日、新日本札幌大会のIWGPインターコンチネンタル王座戦で、矢野通を相手に2度目の防衛を果たしたMVPを試合後に襲撃し。 |
| その流れから同王座に挑戦表明をする。 |