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倉野信次
三重県出身の元プロ野球選手(投手)である。現在は福岡ソフトバンクホークス3軍投手コーチ。 |
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斉藤和巳
京都府京都市南区出身の元プロ野球選手(投手)。からまでの登録名はカズミ。2011年1月1日付で3軍リハビリ担当コーチに就任。 |
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杉内俊哉
福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(投手)。福岡県大野城市出身(春日市生まれ)。 |
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福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(外野手)。2010年現在、現役選手唯一の打撃三冠王達成者。妻はフリーアナウンサーの林恵子。 |
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和田毅
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秋山幸二
熊本県八代郡宮原町(現:氷川町)出身の元プロ野球選手(外野手)、プロ野球監督、野球解説者。現役時代は鉄人と呼ばれた。シーズンからは、福岡ソフトバン... |
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新垣渚
福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(投手)。「渚」の字は正字体(&xFA46;、「日」の右上に点がつく)が正しい。 |
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小久保裕紀
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水田章雄
大阪府出身の元プロ野球選手(投手)。2011年度より福岡ソフトバンクホークスの打撃投手。 |
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神内靖
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小椋真介
福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(投手)。 |
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プロフィール
- 田之上慶三郎とは
- 来歴・人物
- 年度別投手成績
- タイトル
- 表彰
- 記録
- 背番号
- 関連項目
- 外部リンク
田之上慶三郎(たのうえけいさぶろう、1971年9月17日-)は、鹿児島県出身の元プロ野球選手(投手)。現在は福岡ソフトバンクホークス二軍投手コーチ。
来歴・人物
| 指宿市立指宿商業高等学校から1989年のドラフト外でダイエーに入団。 |
| 1990年は1A・サリナス・スパーズに野球留学した。 |
| 二軍生活が長かったが、1996年に一軍に昇格し、1997年にプロ8年目で初勝利。 |
| 当日のプロ野球ニュースでは司会の福井謙二アナウンサーが「石の上にも三年、田之上にも八年」と紹介した。 |
| 直球は140km/hそこそこながら、長身によるリリースポイントの高さ、自ら「ベロンチョカーブ」と名付けた緩いカーブを織り交ぜながらの緩急を用いたピッチングを武器とした。 |
| 2000年はリーグ優勝を決めた試合で先発し無失点で勝利投手になるなど、ローテーションの谷間の先発・ロングリリーフを中心とした仕事をこなし、後半戦には主軸として活躍、8勝を挙げて優勝に貢献した。 |
| 安定感ではこの年5勝を挙げて一軍に定着した斉藤和巳に勝っていたため、日本シリーズ第4戦では先発も経験し、敗戦投手ながらも好投し、翌年の飛躍につながる。 |
| 翌2001年には開幕前は前年同様谷間の先発・中継ぎという見方が大方だったが、安定した投球で首脳陣の信頼を勝ち取り、13勝7敗とエース格にのし上がり、最高勝率、城島健司と最優秀バッテリー賞のタイトルを獲得。 |
| 年俸も1億円に跳ね上がり、2002年には開幕投手を務めた。 |
| しかしその後は杉内俊哉、和田毅、新垣渚の台頭により登板機会が減り低迷した。 |
| 2004年は故障のため一軍登板ゼロに終わった。 |
| 2005年は交流戦中に一軍に復帰、6月5日の巨人戦に先発し好投、実に991日ぶりの先発勝利を挙げた。 |
| その後も谷間の先発として9試合に登板し、3勝(3敗)の成績を残した。 |
| 2006年も開幕は二軍で迎えたが、6月4日の阪神戦で初登板。 |
| 326日ぶりの先発勝利を挙げた(この試合では異字同音姓の田上秀則が代打として本塁打を放ち、「Wタノウエ」が活躍した試合となった)。 |
| 2007年は吉田修司の移籍により投手最年長、またチームに復帰した小久保裕紀と共にチーム最年長となった。 |
| しかし成績が振るわず、10月6日に戦力外通告を受け、10月19日に現役引退を発表。 |
| 同時にコンディショニング担当コーチ補佐に就任した。 |
| なお同日付で任意引退が公示された。 |
| 11月26日にヤフードームで行われた「感謝の集い2007」で、同じく戦力外通告を受けていた倉野信次、大野隆治、稲嶺誉らと共に別れのセレモニーに参加した。 |
| 2008年は二軍コンディショニングコーチ補佐、2009年から2010年1軍投手コーチ(ブルペン担当)を務め中継ぎを整備し2010年の優勝に貢献した。 |
| 2011年からは二軍投手コーチを務める。 |
年度別投手成績
| 各年度の太字はリーグ最高。 |
| ダイエー(福岡ダイエーホークス)は、2005年にソフトバンク(福岡ソフトバンクホークス)に球団名を変更。 |
表彰
| 最優秀バッテリー賞:1回(2001年、捕手:城島健司)。 |
記録
| 初登板:1996年9月26日、対近鉄バファローズ25回戦(藤井寺球場)、9回裏に救援登板・完了。 |
| 初奪三振:同上、9回裏に善村一仁から。 |
| 初勝利:1997年5月5日、対近鉄バファローズ6回戦(福岡ドーム)、先発登板。 |
| 初完投勝利:2001年5月1日、対千葉ロッテマリーンズ7回戦(福岡ドーム)。 |
| 初完封勝利:2001年6月29日、対千葉ロッテマリーンズ16回戦(福岡ドーム)。 |
背番号
| 94(1990年-1991年、2008年)。 |
| 64(1992年-2007年)。 |
| 86(2009年-)。 |
関連項目
| 鹿児島県出身の人物一覧。 |
| 福岡ソフトバンクホークスの選手一覧。 |
| 日本人のマイナーリーグ選手一覧。 |
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1971年
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田之上 慶三郎(たのうえ けいさぶろう、 )... |
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1996年
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一軍に昇格し、1997年にプロ8年目で初勝利 |
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投票数
0
| ふりがな |
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| 性別 |
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