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プロフィール
- 田村耕太郎とは
- 経歴
- 政界への転身
- 自民党離党後
- 人物像
- 所属団体
- 関連サイト
田村耕太郎(たむらこうたろう、1963年7月23日-)は日本の政治家。民主党所属の元参議院議員(2期)。元自由民主党、平成研究会(額賀派)所属。義父は新日本海新聞社社主、グッドヒル社長の 吉岡利固。
経歴
| 鳥取市立遷喬小学校、鳥取市立北中学校、鳥取県立鳥取西高等学校、早稲田大学商学部卒業、慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了(MBAを取得)。 |
| 山一證券企業開発部(国内外のM&A仲介業務担当)、新日本海新聞社取締役編集局長などを経て、大阪日日新聞取締役社長に就任。 |
| この間、イェール大学大学院(国際経済学科・開発経済学科)を修了し経済学修士、デューク大学ロースクール(証券規制・会社法専攻)を修了し法学修士を取得、オックスフォード大学にて上級管理者養成プログラムを修了している。 |
| その他ハーバード大学、スタンフォード大学など各国の大学のエグゼクティヴプログラムなどで学び、中欧国際商工学院(上海)やシンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院の名誉顧問も勤めた。 |
| また、デューク大学ロースクールでは在学中に特別講師を、慶應義塾大学大学院法学研究科でも非常勤講師を勤めた。 |
政界への転身
| 1998年、第18回参議院議員通常選挙の鳥取県選挙区より無所属で出馬。 |
| 自民党現職の坂野重信に挑んで10万1403票を獲得するも、2万6682票差で落選。 |
| 1999年、鳥取県知事選挙に出馬。 |
| 西尾邑次知事の事実上の後継候補である片山善博に挑んで12万5618票を獲得するも、8万3539票差で落選。 |
| 2000年に第42回衆議院議員総選挙の鳥取県第1区より無所属で出馬。 |
| 自民党現職の石破茂に挑み6万2811票を獲得するも、2万8352票差で落選。 |
| 2002年、坂野重信参議院議員死去に伴う参議院鳥取県選挙区補欠選挙では自民党本部によって擁立されるが、それに反発した坂野系の自民党鳥取県議が中心となって元鳥取県議会議長であった藤井省三を候補を擁立し、自民党本部と坂野系の自民党鳥取県議が対立。 |
| 自民党系無所属として選挙戦を戦って9万274票を獲得し、3712票差の僅差で藤井を破り、4度目の選挙で初当選を果たして政界入りをする。 |
| 政界入り前のこれらの選挙戦において義父がオーナーであり鳥取県内のシェア約80%である日本海新聞の記者職在職のまま、選挙戦予定候補として署名記事を書き続けたことで、公職選挙法で禁止されている事前活動の疑いがあるとして問題となった。 |
| 参院選当選後に自民党に入党し、橋本派に所属。 |
| 2004年の第20回参議院議員選挙では自民党公認候補として立候補し、民主党候補の土屋正秀を相手に再選。 |
| 2006年、内閣府大臣政務官(経済財政政策・金融・再チャレンジ)に就任。 |
| 2008年自民党総裁選挙ではかつて自身が戦った地元選出の石破茂の推薦人に名前を連ねた。 |
| 2009年6月、自民党鳥取県連が公募をしたが田村以外の応募がなかったため、次回参院選の公認候補として申請する動きを固めていた。 |
| しかし、8月の第45回衆議院議員総選挙を受けて9月に政権交代による下野したことを受けて、自民党鳥取県連が信任投票をする方針を示したが、田村はブログで「自民党員に支持されていないと選挙にならないというが、大いなる時代錯誤」「今の自民党でも支持するような人たちが信任する候補者が無党派の心をつかめるだろうか」と県連の信任投票を批判した。 |
| 田村の批判に対して「無党派層を取り込まなければ勝てないとの主張は理解できるが、党員の支持がいらないとの趣旨の発言は公認候補としては不適切」などの意見が鳥取県連青年部を中心に出たため、鳥取県連は信任投票取り止めの代わりとして田村に対して信任投票批判のコラムの削除と謝罪を要求する事態となり、田村と自民党鳥取県連との関係が悪化した。 |
自民党離党後
| 2009年12月、自民党から離党{{citenews|url=http://kotarotamura.net/b/blog/?itemid=5327|title=理不尽なケンカ買わせていただきます。 |
| 2010年2月、小沢一郎民主党幹事長と会談を経て、自身の経済政策の考え方を与党に反映させるためとして民主党へ入党 |
| 2009年の政権交代後に自民党に所属していた国会議員が民主党に移籍したのは現在に至るまで田村のみであるただし、民主党に入党はしなくても、自民党を離党して民主党政権や与党入りした例はある。 |
| 吉村剛太郎が自民党離党して国民新党に入党。 |
| 与謝野馨が自民党離党(受理されず除名)やたちあがれ日本を経て2011年に民主党内閣閣僚及び無所属として衆議院民主党会派所属という形で、民主党政権に参加。 |
| 浜田和幸が自民党離党(受理されず除名)して、無所属として民主党内閣政務官に就任という形で民主党政権に参加。 |
| これにより民主党は参議院で社民党を除いても過半数超えを達成、以後の政権運営に与える影響も少なくないと予想されたため、大きな話題となった。 |
| 民主党は2010年参院選鳥取県選挙区で坂野重信の孫娘である坂野真理を擁立することが決まっていたため、鳥取県選挙区ではかつて自身が戦った坂野重信の孫娘を支援しつつ、自身は比例区からの当選を目指すことになった。 |
| 2010年7月、第22回参議院議員通常選挙では自身のゆかりのある大阪府や東京都と有力支援者から紹介された九州などでも支援を求めつつ、地元の鳥取県を最も重視して選挙戦を戦って6万688票を獲得したが、民主党比例代表の当選ラインである10万票余りには遠く及ばず落選。 |
| また鳥取県選挙区では、皮肉にも田村の後任として公募を勝ち抜いた自民党新人の浜田和幸が坂野を敗って勝利した。 |
| 田村の離党・民主党入りが、とかく内紛続きだった自民党県連を「反田村」で一致団結させ、結束強化につながったことが背景にあると指摘されている |
人物像
| 趣味は、キックボクシングとラテンダンス。 |
| ファッションにおいては派手なスーツやネクタイを着用することが多くまた自身のウェブサイトで毎日のコーディネートを紹介していた。 |
| 高校時代の同期に田子譲治がいる。 |
| 日本版政府投資会社の設立を提唱し、ディスカッションに参加している。 |
| 2009年までは、Twitterを利用している数少ない自民党国会議員として知られていた。 |
| 自民党離党後の2010年2月6日には、あるTwitterユーザーが民主党入りについて説明したらどうかと議論した際に「(自身の今後について)まだ決めていないって言ってるだろ。 |
| 本名も名乗らずに無礼な発言する卑怯者はブロック当たり前だ!お前らこそ卑怯者だ!本名名乗ってから文句いえ!」との発言し、匿名でTwitterを利用しているユーザーを批判した。 |
| 後に同つぶやきは自分で削除したが、この「逆ギレ」がネット上で批判を浴びていると新聞で報じられた。 |
| 民主党への入党に際して、Twitterにて「今の民主党がいいなんて全然思っていない」とも発言した。 |
所属団体
| 速やかな政策実現を求める有志議員の会。 |
| 北京オリンピックを支援する議員の会。 |
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1963年
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田村 耕太郎(たむら こうたろう)は日本の政... |
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1998年
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第18回参議院議員通常選挙の鳥取県選挙区より... |
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