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安田祥子
姉 共演
安田祥子(やすださちこ、本名:澤田祥子(さわださちこ)、旧姓:安田、1941年9月9日-)は日本の声楽家、童謡歌手、ソプラノ歌手である。血液型はO型。群馬... |
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安田章
安田 章 (Yasuda Akira) FM石川「Super Friday FROM K」(金曜11:30~)の人気コーナー「免許皆伝!お家道場!」にて安田師範として出演中。 【職業】... |
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スキャット
主にジャズで使われる歌唱法で、意味のない音(例えば「ダバダバ」「ドゥビドゥビ」といったような)をメロディーにあわせて即興的(アドリブ)に歌うこと。 |
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プロフィール
- 由紀さおりとは
- 安田章子としてデビュー
- 由紀さおりとして再出発
- 新境地開拓
- 姉との歌手活動など
- 主な音楽作品
- バラエティー番組
- NHK紅白歌合戦出場歴
- 関連サイト
由紀さおり(ゆきさおり、本名;安田章子(やすだあきこ)、1948年11月13日-)は、群馬県桐生市出身の歌手及びタレント・女優・ナレーター。田辺エージェンシー・安田音楽事務所所属。血液型はA型。身長156cm、体重は59kg。洗足学園第一高等学校卒業、卒業。姉は歌手の 安田祥子。姉とシンガー・ソング・コメディアンを自称(正しくはシンギング・コメディエンヌ)。
安田章子としてデビュー
| 桐生市に生まれ、3歳時に横浜市へ移る。 |
| 少女時代から姉の安田祥子と共に、本名の「安田章子」名義で童謡歌手として活躍。 |
| 1965年にキングレコードから「ヒッチハイク娘」(安田章子名義)で歌手デビューを果たすも、ヒットに恵まれず停滞の時代に入り、童謡歌手時代から行っていたCM曲やテレビ・ラジオ主題歌の吹き込みや、「大人の世界を歌えるように」という修行の意味合いもあったキャバレー・ナイトクラブへの出演を行いながら雌伏のときを過ごす。 |
由紀さおりとして再出発
| 1969年、再起をかけた「夜明けのスキャット」TBSラジオの深夜ラジオ番組「夜のバラード」のOPとして制作。 |
| ソフト化の予定は無かったが、リスナーからの問い合わせによって新たに歌詞が加えられシングル発売されたが当時の最終的には150万枚 |
| のミリオンセラーとなる大ヒットとなり、この年の暮れには念願だったNHK紅白歌合戦(第20回)にも初出場を果たす(以降1978年・第29回まで10年連続出場)。 |
| その後も「手紙」「生きがい」「故郷」「ルーム・ライト」「挽歌」「ふらりふられて」「トーキョー・バビロン」などの優れた歌謡曲を世に送り出し、その確かな歌声は酔い覚ましの清涼剤との評価を受ける。 |
| 1973年には「恋文」で第15回日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞した。 |
| なお、「夜明けのスキャット」は既に「ヒッチハイク娘」でレコードデビューしていたため日本レコード大賞新人賞を取れなかった。 |
| 「徳光和夫のトクセンお宝映像!#25『残したい日本の美しい童謡~由紀・安田姉妹~』(BS日テレ2011.09.13放送)」にて、徳光の「夜明けのスキャット」で新人賞を取れなかった事由説明後に本人が同意。 |
新境地開拓
| 実力派歌手として人気を集める一方、そのタレント性を見込まれてバラエティー番組からも引く手あまたとなる。 |
| 『8時だョ!全員集合』で競演したいかりや長介からの薫陶を受けコメディエンヌとしての才能も開花、『全員集合』や『ドリフ大爆笑』においては最多ゲスト(「大爆笑」は一時レギュラー出演)となり、コントの「オチ」を任せられる程になる。 |
| また1995年から2006年にかけて、NHKの『コメディーお江戸でござる』(のち『道中でござる』)でも準レギュラーで出演し、プロの喜劇人である伊東四朗と息の合った掛け合いを見せるなど実力の健在ぶりをアピールしている。 |
| 現在も、以前より出演頻度は減ったものの『ライオンのごきげんよう』や『ダウンタウンDX』などの番組等にゲスト出演している。 |
| 1980年代になると、テレビ司会者・タレント・女優としての活躍が目立ち、彼女のマルチな才能がさらに発揮されていく。 |
| 1982年には『おもしろサンデー』へ桂文珍と共に司会として出演。 |
| 1983年には松田優作主演の『家族ゲーム』でお惚けな母親役を好演し、日本アカデミー賞助演女優賞を受賞、1987年には朝の連続テレビ小説『チョッちゃん』で主人公の母親役を演じ、流暢な方言を披露し話題となった。 |
姉との歌手活動など
| 1985年より姉・安田祥子と共に童謡コンサートをスタートさせ、徐々に歌手活動に再び重点を置くようになる。 |
| 1986年には童謡アルバム『あの時、この歌』を発表し、同年の暮れには第28回日本レコード大賞企画賞を受賞、童謡ブームの火つけ役となる。 |
| 1987年には童謡歌手としてNHK紅白歌合戦(第38回)へ9年ぶりに復帰し、以降2001年(第52回)まで紅白の常連として出演した。 |
| なお、1992年(第43回)には自身唯一の紅組トリを務めている。 |
| また2000年には、映画『ドラえもんのび太の太陽王伝説』の主題歌「この星のどこかで」を、安田と共に歌っている。 |
| 実姉の安田とのレパートリーは童謡・唱歌に留まらず、オリジナル楽曲、歌謡曲、クラシック、アニメ主題歌など多ジャンルに渡っており、特にスキャットで唄った「トルコ行進曲」は1997年の紅白歌合戦(第48回)において披露されたことで一躍全国に認知。 |
| X JAPANのTOSHIも「由紀と言ったら、トルコ行進曲」と歌番組共演時にリクエストするなど姉妹の代表曲として知られている。 |
| 現在でも各地で精力的にコンサートを行う一方、女優・タレントとしての活動も盛んに行っている。 |
| 2009年には由紀さおりに改名し40周年にあたると、ソロ名義では約四半世紀ぶりのオリジナルアルバム「いきる」を発売。 |
| またソロコンサートも行い盛況を収めた。 |
| 「今後は姉妹名義の活動と並行しながら、(歌手としての)ソロ活動にも力を入れていく。 |
| 21世紀の歌謡曲を歌っていきたい」と発言している。 |
主な音楽作品
| 安田章子(シングル[歌謡曲])。 |
| #ヒッチハイク娘(1965.02.??)。 |
| #どこにいるのパパ(1965.05.??)。 |
| #お別れの泪(1965.08.??)。 |
| #ふるさとの牧場(1966.04.??)。 |
| 由紀さおり(シングル)。 |
| #夜明けのスキャット(1969.03.10)。 |
| #:オリコンシングルチャート史上最も歌詞が短い1位曲でもある。 |
| #天使のスキャット(1969.06.01)。 |
| #枯葉の街(1969.10.10)。 |
| #好きよ(1970.02.05)。 |
| #手紙(1970.07.21)。 |
| #クレオパトラの涙(1970.08.01)。 |
| #生きがい(1970.11.05)。 |
| #この愛を永遠に(1971.03.01)。 |
| #男のこころ(1971.06.21)。 |
| #:作曲はフランシス・レイ。 |
| #ヴァリーエ/陶酔のワルツ(1971.08.01)。 |
| #初恋の丘(1971.11.01)。 |
| #土に還るまで(1972.03.25)。 |
| #故郷(1972.07.01)。 |
| #りんどうの花(1972.11.01)。 |
| #ルーム・ライト(1973.03.01)。 |
| #:『襟裳岬』(歌:森進一)と同じく吉田拓郎(作曲)・岡本おさみ(作詞)コンビの作品。 |
| #恋文(1973.08.20)。 |
| #博多人形に寄せて(1973.10.05)。 |
| #春の嵐(1974.01.01)。 |
| #みち潮(1974.04.01)。 |
| #挽歌(1974.09.01)。 |
| #季節風(1975.01.20)。 |
| #さよならの走り書き(1975.05.06)。 |
| #慕情(1975.09.05)。 |
| #かたちばかりの幸福(1976.03.01)。 |
| #つかの間の雨(1976.05.20)。 |
| #こころもち気まぐれ(1976.09.20)。 |
| #ふらりふられて(1976.12.20)。 |
| #う・ふ・ふ(1977.05.05)。 |
| #やりなおしたいの(1977.12.20)。 |
| #ガラスの日々(1978.06.05)。 |
| #トーキョー・バビロン(1978.09.20)。 |
| #愛を切り札にして(1979.03.20)。 |
| #愛したもうことなかれ(1979.08.05)。 |
| #たそがれタペストリー(1980.02.05)。 |
| #男ともだち(1980.05.21)。 |
| #悲しい悪魔(1980.11.21)。 |
| #:フリオ・イグレシアスの同名曲のカヴァー。 |
| 日本語詞はなかにし礼。 |
| #両国橋(1981.05.21)。 |
| #渥美地方の子守歌(1981.11.01)。 |
| #アデュー(1982.04.21)。 |
| #ストレート(1982.09.01)。 |
| #シングルナイト(1983.06.21)。 |
| #このままがいいの(1984.05.19)。 |
| #TOKYOワルツ(1984.12.01)。 |
| #木遣り育ち(1985.06.01)。 |
| #お先にどうぞ(1987.04.21)。 |
| #心の家路(1988.10.05)。 |
| #:ラジオ深夜便内のコーナー「ないとエッセー」のジングルとして使用。 |
| #HIROSHIMA(1989.09.27)(+安田祥子)。 |
| #ねどがんせ(1990.11.28)(+安田祥子)。 |
| #トルコ行進曲(1999.08.06)(+安田祥子)。 |
| #夜明けのスキャット(2009.07.01)-初のCDシングル化、TOWERRECORDS限定発売(B面は「夜の果てまで」に変更)。 |
バラエティー番組
| 1991年6月27日の出演時には当コーナーを大幅に遅刻、生放送終了間際にようやく登場というハプニングを起こした。 |
[[NHK紅白歌合戦]]出場歴
| 1998年第49回NHK紅白歌合戦ゴンドラの唄(黒澤明監督追悼)。 |
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1948年
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由紀 さおり(ゆき さおり、本名;安田 章子... |
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1965年
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キングレコードから「ヒッチハイク娘」(安田... |
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