21318
21522
240262
%E7%95%A0%E5%B1%B1%E5%9F%BA%E5%9B%BD
%E7%95%A0%E5%B1%B1%E5%9F%BA%E5%9B%BD
%E7%95%A0%E5%B1%B1%E5%9F%BA%E5%9B%BD
%E7%95%A0%E5%B1%B1%E5%9F%BA%E5%9B%BD
%E7%95%A0%E5%B1%B1%E5%9F%BA%E5%9B%BD
0
|
他の画像検索結果
他人の画像が選択されている・混じっている場合
画像候補は人物名で顔画像を検索したものです。
人物として適切でない画像も含まれてしまう可能性があります。
適切な画像になるよう 畠山基国の画像検索結果ページで修正できます
|
|
ネットワーク
|
タグ
キーワード
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
つながりの強いひと
|
|
畠山満家
南北朝時代から室町時代にかけての武将、守護大名。室町幕府管領、河内・紀伊・越中・伊勢・山城守護。畠山基国の嫡男で満慶の兄。子に持国、持永、持富。 |
|
|
斯波義将
南北朝時代から室町時代の武将・守護大名。斯波氏5代当主。室町幕府創業の元勲である斯波高経の4男で室町幕府初代、3代、5代、7代管領。越前・越中・信濃守護... |
|
|
畠山義深
南北朝時代の武将。畠山氏6代当主。畠山家国の子。兄に畠山国清が、子に畠山基国、畠山深秋がいる。通称、三郎。増福寺と号。国清とともに幕政に参与、関東で... |
|
|
畠山政長
室町時代後期から戦国時代前期の武将・守護大名。室町幕府管領、河内・紀伊・越中・山城守護。足利氏の一門畠山氏出身。畠山持富の次男で政久(弥三郎)の弟... |
|
|
畠山国清
南北朝時代から室町時代の武将、守護大名である。足利氏の支流畠山氏出身。和泉、紀伊守護を経て関東管領となる。伊豆守護家の祖。父は畠山家国。弟に義深な... |
|
|
畠山持国
室町時代の守護大名。室町幕府管領、河内・紀伊・越中・山城守護。足利氏一門の畠山氏出身。畠山満家の嫡男。義就の父。危機的状況を脱して管領に就任、勢力... |
|
|
畠山満慶
室町時代の守護大名。室町幕府相伴衆、越中・紀伊・河内・能登守護。能登畠山氏の初代当主。畠山基国の次男、満家の弟。子に義忠。応永13年(1406年)に父が... |
|
|
足利義満
足利義満(あしかがよしみつ)は室町時代前期の室町幕府第3代将軍(在職1368年-1394年)である。父は第2代将軍足利義詮、母は側室の紀良子。封号は日本国王。... |
|
|
細川政元
室町時代後期から戦国時代前期の武将、守護大名、管領。足利氏の庶流・細川氏当主。幕臣ながら将軍をしのいで事実上の最高権力者となり、「半将軍」とも呼ば... |
|
|
畠山義就
室町時代後期から戦国時代前期の武将、守護大名である。河内・紀伊・山城・越中守護。足利氏(足利将軍家)の一門にて室町幕府の三管領家の1つである畠山氏出... |
|
|
細川勝元
室町時代の武将・守護大名。管領、土佐・讃岐・丹波・摂津・伊予守護。足利氏の支流で三管領の1つである細川氏嫡流・京兆家の当主。細川持之の子、政元の父。... |
|
|
斯波義重
室町時代前期の守護大名。室町幕府管領、越前・尾張・遠江・加賀・信濃守護。斯波氏(武衛家)6代当主。管領として長年に渡って室町幕府を支えた斯波義将の嫡... |
|
|
細川頼元
室町時代の武将、守護大名。室町幕府侍所頭人、小侍所別当、管領、摂津・土佐・讃岐・安芸・丹波守護。父は細川頼春、母は近衛経忠の娘。兄に頼之、詮春、頼... |
|
|
斯波義淳
室町時代中期の武将・守護大名。足利一族の名門・斯波氏(武衛家)7代当主。室町幕府管領。管領斯波義重の嫡男で、室町幕府前期の有力者斯波義将の孫に当たる。 |
|
|
細川頼之
南北朝時代から室町時代初期にかけての武将、政治家。室町幕府管領。細川氏の本家京兆家の当主。幼名は弥九郎。はじめ武蔵守、後に相模守。足利氏の一門であ... |
|
|
細川晴元
室町時代末期(戦国時代)の武将・戦国大名。細川氏本家京兆家当主。父は細川澄元、母は清泰院。正室は三条公頼の長女であり、その縁から武田信玄・本願寺法... |
|
|
細川氏綱
戦国時代前期の武将で、室町幕府最後の管領。細川尹賢の子で、父の盟友でもあった細川高国の養子。摂津守護。 |
|
|
細川高国
戦国時代の武将、大名。室町幕府管領、摂津・丹波・山城・讃岐・土佐守護。細川氏庶流である野州家の生まれであったが、本家を追い落として自ら権力を握った... |
|
|
畠山義堯
戦国時代の武将、守護大名。河内・山城の守護で室町幕府管領。畠山総州家5代目。大永6年(1526年)、一時的とはいえ室町幕府管領となる。その後、義兄弟でも... |
|
|
南北朝時代
日本の歴史で、皇室が南北2つに分裂した時代である。 |
|
|
プロフィール
畠山基国(はたけやまもとくに)は、 南北朝時代から室町時代の武将・守護大名。室町幕府侍所頭人、第6代管領、越前・越中・能登・河内・山城・紀伊守護。家系は足利氏一門の畠山氏。 畠山義深の嫡男。子に満家、満慶。
生涯
| 天授2年/永和2年(1376年)に侍所頭人に就任、天授5年/康暦元年(1379年)に父が死去したため越前守護を継承したが、同年の康暦の政変で管領となった斯波義将と越中を交換、越中守護に代わった。 |
| また、能登は当初は吉見氏頼、次いで本庄宗成が守護職であったが、いずれも失脚したため元中8年/明徳2年(1391年)に基国が守護となり、以後畠山氏の分国となった。 |
| 弘和2年/永徳2年(1382年)に楠木正儀追討を命じられ、正儀に代わって河内守護に就任、畠山氏の河内経営の拠点となる若江城を築城した。 |
| 元中8年/明徳2年に山名氏が蜂起した明徳の乱では幕府方の一員として参陣、翌年から応永元年(1394年)まで侍所頭人に再任、山城守護も兼任した。 |
| 応永5年(1398年)6月には斯波義将の後継として管領に任じられ、応永11年(1404年)7月までの6年間を務める。 |
| 応永6年(1399年)に大内義弘が蜂起した応永の乱でも戦い、戦後義弘の領国だった紀伊も領有、摂津欠郡(東成郡・西成郡・住吉郡)と大和宇智郡の分郡守護にも補任された。 |
| 応永13年(1406年)1月17日、53歳で死去。 |
| 嫡男の満家が当時失脚していたため、家督は次男の満慶が継いだ。 |
| 法号は長禅寺殿春岩徳元。 |
| 後に満慶は満家に家督を譲り能登一国を領有、子孫は分家として満家の系統の本家を支えていった。 |
| 基国は畠山氏で初めて管領となった人物であり、室町時代に畠山氏が三管領家となった事から、畠山氏の中興の祖と言われている。 |
参考文献
| 国史大辞典編集委員会編『国史大辞典11にた-ひ』吉川弘文館、1990年。 |
| 平野邦雄、瀬野精一郎編『日本古代中世人名辞典』吉川弘文館、2006年。 |
| 佐藤和彦、錦昭江、松井吉昭、櫻井彦、鈴木彰、樋口州男共編『日本中世内乱史人名事典』新人物往来社、2007年。 |
|
1376年
|
侍所頭人に就任、天授5年/康暦元年1379年に父... |
|
1382年
|
楠木正儀追討を命じられ、正儀に代わって河内... |
|
投票数
0
| ふりがな |
|
| 性別 |
|
| 出身地 |
|
| 生年月日 |
|
| 血液型 |
|
| 職業 |
|
| 所属 |
|
| Twitter |
|
|
|
|
畠山基国さんについてのひとこと紹介
|
|
|
|