| 1990年、15歳(中学3年)の頃に受けたソニー主催のオーディションで、不合格ながらも、後にトータルプロデューサーとなる織田哲郎と出会う。 |
| この時審査で歌った曲は、工藤静香の「嵐の素顔」である。 |
| 1992年、高校を中退しアルバイトをしていた17歳の頃、DREAMS COME TRUEやQUEENなど音楽を聴きあさり、歌手になる決心をする。 |
| 織田に連絡をして上京し、歌手デビューのためにボイス・トレーニングを開始する。 |
| 1995年11月、織田のプロデュースによる「夢見る少女じゃいられない」で歌手デビュー。 |
| 所属レコード会社はエイベックスで、所属レーベルはcuttingedgeのmotorod織田のプロデュースによることや、初期の一部の曲でビーイングのエンジニアを起用したりビーイングのスタジオを利用しているために誤解されやすいが、相川はビーイングプロデュースではない。 |
| 織田は相川七瀬をトータルプロデュースをするにあたって、今までの「前向きなガール・ポップ」に対して、「前向きじゃないダークなロック」を全面に打ち出した。 |
| 1996年、ファーストアルバム「Red」をリリース。 |
| オリコンのアルバムチャート初登場で一位、現在までに270万枚を超すダブル・ミリオンヒットを記録している。 |
| 年末には第47回NHK紅白歌合戦に初出場、「夢見る少女じゃいられない」を披露した。 |
| 1997年、7月にアルバム「paraDOX」発売、この作品もオリコン初登場一位獲得、現在までに180万枚を売り上げている。 |
| 自身初の全国コンサートツアー“LiveEmotion'97”20公演を敢行、チケットは発売後1時間でソールドアウトになり、6万5千人を動員、最終の9月9日-10日には日本武道館で公演。 |
| デビューからわずか1年10か月での日本武道館ライブであった。 |
| 同年も紅白出場が有力視されたが、アルバムジャケットの海外撮影と日程が重なったことなどから見送られた。 |
| 1998年、7月にアルバム「crimson」(このアルバムもオリコン初登場1位)を発表後、全国で40公演の“LiveEmotion'98crimson”コンサートを行なった。 |
| 最終の大阪城ホール公演が終って間もなく髪の毛をばっさりと切り、一人で約2か月、ドイツに旅行。 |
| 1999年“第2期相川七瀬”と銘打って、トレードマークだった赤いロングヘアーをショートカット、金色に変え、イギリスで撮影した写真が「Jealousy」のジャケットに反映されている。 |
| ベストアルバム「ID」が第12回日本ゴールドディスク大賞「ベスト・ロック・アルバム・オブ・ザ・イヤー」受賞。 |
| 「FOXTROT」を製作中、年末年始にかけ雑誌取材のためカナダ旅行。 |
| 2000年にはプロデューサーを布袋寅泰に変え、それまでとは異なる曲調のロックを歌うようになった。 |
| 2月から5月にかけて全国ツアーライブ“LiveEmotion2000"FOXTROT"”(32公演、ラストは沖縄)。 |
| 8月12日には台北市の西門町で予告無しのゲリラライブを敢行、雨天にもかかわらず3000人を集めた(MTVのイベントに参加した際のエピソード)。 |
| 2001年、シングル2枚同時発売。 |
| 自身の誕生日でもある2月16日に入籍。 |
| その後もスタジオ作業は継続し、出産直前まで制作に携わったミニアルバム「TheLastQuarter」を発表。 |
| 各方面で活躍するミュージシャンとのコラボレーションによる初のバラードアルバム。 |
| 2002年、出産後、ほぼ2年振りのライブハウスツアー「THEGIG03LIVEITNOW」により全国のファンに向け相川七瀬"完全復活"を印象付けた。 |
| 音楽活動以外でも2002年7月に小学館より絵本「ぼくはくじら」を発表。 |
| 12月にも絵本の第二弾「くじらサンタ」を発表する。 |
| 2003年デビュー以来共にしてきた織田のプロデュースを離れ、新たに岡野ハジメをプロデュースに迎える。 |
| 12月31日は三重ナガシマスパーランドにて初のカウントダウンライブを行う。 |
| このころ前世医療法で自身が深く癒されたことをきっかけに、独学でセラピーに関する勉強をして、11月にはイギリスの団体からカラーセラピストの最高位免許「ティーチャーレベル3」を当時最年少で取得。 |
| 翌年にはセラピーや占星術に関連する学校を設立するなど多方面に進出。 |
| 2004年2月には、2年半振りのアルバム「7seven」をリリース。 |
| 同月22日にNHKホールで行なわれた「日中友好歌謡祭」に出演、「愛ノ詩-マジェンタレイン-」を歌う様子が中国でも実況された。 |
| 3月にはカラーセラピー本「恋のダイス&ルーレット」と不思議体験を綴った「バリコワ」を出版。 |
| また、5月8日からは、約4年振りとなる全国ホールツアー「LiveEmotion"7seven"」を、7月から毎年恒例のライブTOURAIKAWANANASE"7seven"THEGIG'04を行う。 |
| 7月には、イギリスやアイルランドでジェニファー・エリソン(JenniferEllison)による相川の「バイバイ」をカバーした“ByeByeBoy”がヒット。 |
| イギリスのチャートでは13位となった。 |
| 9月にはライブのDVD「LiveEmotion2004SEVEN」をリリース。 |
| 11月8日にデビュー10年目となる。 |
| 12月31日は長崎ハウステンボスにて、2回目のカウントダウンライブを行う。 |
| 2005年、2月に自らプロデュースしたアルバム「THEFIRSTQUARTER」発表。 |
| フュージョン系のマイルドなサウンドが中心。 |
| テレビドラマ『87%』にレギュラー出演(ドラマ出演は初めて)。 |
| この年から「七瀬の日」と題して7月7日にSHIBUYA-AXでライブを毎年開催。 |
| サポートメンバーにはPATAや真矢、D.I.E.、CRAZY COOL JOE、マーティ・フリードマンらが参加。 |
| 11月11日に韓国の釜山で第2回アジア・ソング・フェスティバルに出演。 |
| アルバム「R.U.O.K?!」は韓国、香港でも発売された。 |
| 年末には、翌年から全国展開する洋服ブランド「VALVALENZA」の春夏イメージキャラクターを委嘱され、ファッション雑誌の広告、各店舗で1日店長などを務めた。 |
| この年から年末ライブをキリスト品川教会グローリアチャペルで行う。 |
| 2006年、1月1日にライブアルバム「7.7.7.」(DVD,CD2枚の3枚組)発売。 |
| 6月にはシンガポールで第20回“SingaporeArtsFestival”に出演、7月に台湾で“FormozFestival2006”に出演などアジア地域でも活動を行う。 |
| 2007年、妊娠9か月の時期もライブを普通に敢行し、後で助産師に叱られたというが、無事に第2子を出産。 |
| この頃から音楽雑誌の他に、主婦・子育てをする母親を対象とする育児雑誌にも活動の場を広げ、インタビューが掲載されるようになる。 |
| 2008年5月に2年振りの新曲「PRISM」が限定配信リリースされた。 |
| 2009年2月、4年振りのアルバム「REBORN」をリリース(2008年のライブの模様を収録したDVD付きの「REBORN+DVDEdition」もあり)とともに、自身初となるクラブツアー、AIKAWANANASECLUBTOUR'09REBORN-STYLE-を2月16日-3月3日まで全国7箇所で行う。 |
| 8月25日にはパチンコ台「CR相川七瀬〜時空の翼〜(藤商事)」が発表される。 |
| 9月に小説「ダリア」(書籍でも)発売。 |
| 11月に久しぶりに織田哲郎作品のシングル「tAttoo」発売。 |
| 2010年,2月16日に渋谷のduomusicexchangeにてバースデイライブを行なった。 |
| 同日,デビュー15周年ベストアルバム「ROCKorDIE」を発売。 |
| 9月29日,アルバム「稲垣潤一/男と女3-TWOHEARTSTWOVOICES-」の冒頭でデュエット「愛がとまらない」を発表。 |
| 11月3日にライブDVD「AIKAWANANASELiveEmotion999」をリリース。 |
| 12月8日にガールズバンド,RockstarSteadyとして「FineFineDay」を発売。 |
| 2011年,2月16日に渋谷のduomusicexchangeにてバースデイライブを行なった。 |
| 同日,RockstarSteadyとしてアルバム「Gossip」を発売。 |