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つながりの強いひと
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栃赤城雅男
群馬県沼田市出身の元大相撲力士。春日野部屋所属。最高位は東関脇。本名は金谷雅男。身長180cm、体重138kg。得意手は右四つ、小手投げ。 |
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栃錦清隆
東京府南葛飾郡(現在の東京都江戸川区)出身の大相撲の第44代横綱。本名、大塚清(おおつかきよし)(のちに栃木山の養子になり、中田姓)。身長178cm、体重... |
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逆鉾与治郎
明治時代に活躍した鹿児島県日置郡金峰町(現南さつま市)出身の大相撲力士。高砂部屋、のち井筒部屋所属。最高位は関脇。現役時代の体格は168cm、82kg。得意... |
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栃東知頼
福島県相馬郡(現在の相馬市)出身(出生地は茨城県筑波郡)の元大相撲力士。春日野部屋所属。最高位は東関脇(1970年3月場所)。本名は志賀駿男(しがはやお... |
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木村山守
和歌山県御坊市出身で春日野部屋所属の現役大相撲力士。身長182cm、体重174kg、血液型はA型、星座は蟹座。得意は押し。最高位は西前頭7枚目(2010年11月場所... |
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金城興福
宮崎県児湯郡高鍋町出身で、1970年代から1980年代にかけて活躍した春日野部屋に所属の大相撲力士。1979年3月場所から1985年1月場所まで、大関・栃光正之にち... |
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逆鉾伸重
福薗好昭(ふくぞのよしあき)。最高位は関脇。現役時代の体格は182cm、124kg。現在は年寄・井筒を襲名し、井筒部屋で後進の指導に当たっている。 |
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栃司哲史
愛知県名古屋市出身の元大相撲力士である。本名は後藤哲雄(ごとうてつお)。春日野部屋所属。最高位は関脇(昭和63年1月場所)。現役時代の体格は180cm、157... |
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栃乃洋泰一
石川県七尾市出身で春日野部屋所属の現役大相撲力士。本名は後藤泰一(ごとうたいいち)、愛称はタイチ。身長187cm、体重161kg、血液型はO型。趣味は「読書」... |
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信夫山治貞
福島県伊達郡保原町(現伊達市)出身の大相撲力士。小野川部屋所属で、最高位は関脇。現役時代の体格は177cm、109kg。得意手はもろ差し、寄り。 |
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栃乃和歌清隆
和歌山県海南市(旧海草郡下津町)出身で、春日野部屋所属の元大相撲力士。本名は、綛田清隆(かせだきよたか)、身長189cm、体重160kg。最高位は東関脇(198... |
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栃ノ海晃嘉
青森県南津軽郡光田寺村(現在の田舎館村)出身で春日野部屋所属の元大相撲力士、第49代横綱。身長177cm、体重110kg。本名は花田茂廣(はなだしげひろ)。花... |
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栃光正之
熊本県牛深市(現在の天草市牛深町)出身の大相撲力士。春日野部屋所属で、最高位は大関。身長176cm、体重128kg。得意手は押し、左四つ、寄り、上手投げ。 |
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栃栄篤史
佐賀県佐賀郡富士町(現在の佐賀市、出生地は東京都中野区)出身で春日野部屋所属の元大相撲力士。本名は岡本篤(おかもとあつし)、身長183cm、体重155kg。... |
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双葉山
大相撲 の第35代 横綱 。 大分県 宇佐郡 天津村布津部(現在の 宇佐市 下庄)出身。身長179cm、体重128kg。 |
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栃煌山雄一郎
高知県安芸市出身で春日野部屋所属の現役大相撲力士。本名は影山雄一郎(かげやまゆういちろう)、愛称はカゲ。身長188cm、体重151kg、血液型はA型。得意手は... |
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新海幸藏
大相撲の力士。秋田県秋田市出身。本名中野幸藏。出羽海部屋所属。最高位は東関脇(1935年5月)。現役時代の体格は174cm、98kg。得意手は、右四つ、足癖、吊... |
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愛子内親王
日本の皇族。皇太子徳仁親王と同妃雅子の第一女子。今上天皇の孫にあたる。御称号は敬宮。身位は内親王。皇室典範における敬称は殿下。お印はゴヨウツツジ(... |
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栃勇義治
青森県南津軽郡田舎館村出身、春日野部屋所属の元大相撲力士。身長177cm、体重115kg。得意手は押し、左四つ、吊り。本名は阿保鉄雄(あぼてつお)。最高位は... |
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舛田山靖仁
石川県七尾市出身で春日野部屋所属の元大相撲力士。本名は舛田茂(ますだしげる)。身長186cm、体重150kg。最高位は東関脇(1983年9月場所)。現在は年寄・千... |
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プロフィール
- 相模川佶延とは
- 来歴
- 双葉山の最後の相手
- 主な成績
相模川佶延(さがみがわよしのぶ、1917年7月13日-1987年1月22日)は、神奈川県愛甲郡南毛利村(現在の厚木市)出身で春日野部屋所属の元大相撲力士。本名は原島寶(はらじまたから)。身長189cm、体重124kg。得意手は突っ張り、左四つ、上手投げ。最高位は関脇。
来歴
| 1935年5月場所に初土俵をふむ。 |
| 1937年5月場所で序二段優勝してから上昇気流に乗り、三段目・幕下・十両をそれぞれ1場所で突破し、1939年5月場所に新入幕をはたした。 |
| 長身からくりだす突っ張りは威力があり、それが上位へ進出する際の大きな武器になった。 |
| 入幕2場所目の1940年1月場所に、新大関の羽黒山に初黒星をつけ、将来を期待された。 |
| 羽黒山とは通算の対戦成績も4勝7敗と善戦した。 |
| 1943年1月場所、新小結で10勝5敗、さらに関脇にあがって8勝、11勝とつづけたころが最盛期で、1944年1月場所には、千秋楽に勝てば優勝だった羽黒山を破って佐賀ノ花の優勝を結果的にサポートすることもあった。 |
| しかし、得意とした突っ張りがはずれると四つ身は上手ではなかったので、弱点をつかれると苦戦し、大関への挑戦は不発に終わった。 |
| 1947年6月場所の1場所だけ「相模山」と改名したが初日不戦敗ののち休場し、すぐに四股名を相模川に戻している。 |
| 戦後は一気に衰え、1949年5月場所、十両に落ちたところで現役を引退、協会に残らず廃業した。 |
| 6代目尾上菊五郎が贔屓にした力士としても有名で、「相撲も踊りも、足が大切だ。 |
| 」と踊りの稽古を相模川に勧めたと伝えられている。 |
| 廃業後は、博多でキャバレーを経営するなどした。 |
双葉山の最後の相手
| 1945年6月場所初日、双葉山と対戦して敗れる。 |
| 双葉山は翌日より休場し、二度と出場しないまま同年11月場所をもって引退したため、相模川は昭和の大横綱の最後の対戦相手として歴史に名を残すこととなった。 |
| 早くから打倒双葉を期待されていた相模川だったが、本場所での対決は10戦全敗でついに果たせずに終わった。 |
主な成績
| 幕内在位:20場所。 |
| 幕内成績:127勝120敗9休 勝率.514。 |
| 三役在位:5場所(関脇3場所、小結2場所)。 |
| 金星:2個(羽黒山2個)。 |
| 各段優勝:三段目1回(1938年1月場所)、序二段1回(1937年5月場所)。 |
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投票数
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相模川佶延さんについてのひとこと紹介
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