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プロフィール
- 真中満とは
- 来歴
- プレースタイル・人物
- 表彰
- 記録
- 背番号
- 関連項目
真中満(まなかみつる、1971年1月6日-)は、栃木県大田原市出身の元プロ野球選手(外野手)。からは東京ヤクルトスワローズの二軍監督を務める。
来歴
| 宇都宮学園高等学校(現:文星芸術大学附属高等学校)3年生次のに夏の甲子園に出場。 |
| 卒業後、日本大学に進学(同期生に渡邉博幸がいる)。 |
| 東都大学リーグ通算71試合出場、260打数78安打、打率.300、8本塁打、41打点。 |
| 野村克也監督率いるヤクルト黄金期ではセンターのポジションを名手・飯田哲也と争っていたため、飯田が故障で戦列を離れた際の代役扱いだった。 |
| 飯田の打撃と走力に衰えが目立つようになってからは立場が逆転する。 |
| 98年からはレギュラー外野手としてライト、センターを守る。 |
| しかし、青木宣親の台頭でレギュラー争いが再び激化。 |
| リーグの最多安打記録を塗り替える青木の大活躍で出場機会が減ってしまう。 |
| しかし、勝負強いバッティングを生かすため代打の切り札という新たな役割を与えられる。 |
| 代打でも3割バッターとして遜色のない働きを見せ、2007年には31代打安打を記録。 |
| “代打職人”、“代打の神様”と称される選手となる。 |
| 引退後、翌からはヤクルトの二軍打撃コーチを務めている。 |
| シーズン終盤、二軍監督の猿渡寛茂らの契約満了に伴い、二軍監督代行としてフェニックス・リーグの指揮を取る。 |
| その後11月1日付球団公式サイトにて2011年度シーズンの2軍監督就任が正式に発表された。 |
プレースタイル・人物
| 一時は「若松二世」と呼ばれたように、170cmと小柄な体格ながらも鋭い打球を放つ好打者。 |
| 内角の難しいボールを身体をうまく回転させて捌ける。 |
| 積極的に攻める早打ちのタイプで、三振が少ない反面、四球も少なく出塁率はそれほど高くない。 |
| それでも毎年安定した成績を残しており、レギュラー時代は常に3割前後の打率をキープ。 |
| ヤクルトには伝統的に荒井幸雄、土橋勝征、稲葉篤紀、宮本慎也のようにリーグを代表する好打者で斬り込み役を任されることが多いものの走力にはやや欠ける選手が多いが真中はその代表的な一人である。 |
| 活躍期間のほとんどが1番バッターとしての起用だが、内野安打が目立って少なく、次の塁を伺うことも少ない。 |
| 通算盗塁数が64で憤死の数と合わせても100程度。 |
| 234盗塁の飯田とは比較にさえならない2番を打つ同僚の宮本慎也が名手と言われるほどのバント職人に成長し、2001年には1シーズン最多犠打を記録したが、これは1番・真中の足が遅かった為である。 |
| また2005年に1番を青木に譲り渡し、他の打順で出場したが11併殺を記録している。 |
| 全力プレーを怠らない真面目な取り組み方は若手の見本で、大学時代に記者から真摯な姿勢が表彰されたこともある。 |
| 2009年6月現在、日刊ゲンダイで「新人コーチ奮闘記・汗と涙と笑いとバット」を隔週(火曜発売)連載している。 |
記録
| 初出場・初先発出場:1993年9月3日、対読売ジャイアンツ22回戦(明治神宮野球場)、8番・中堅手として先発出場。 |
| 初安打・初打点:同上、7回裏に斎藤雅樹から右前決勝適時打。 |
| 初本塁打:1994年9月29日、対広島東洋カープ25回戦(明治神宮野球場)、6回表に紀藤真琴から。 |
| 1000試合出場:2004年7月16日、対読売ジャイアンツ14回戦(東京ドーム)、8回表に石井弘寿の代打で出場 ※史上395人目。 |
| 1000本安打:2005年6月7日、対西武ライオンズ3回戦(インボイスSEIBUドーム)、8回表に長田秀一郎から左翼線二塁打 ※史上233人目。 |
| オールスターゲーム出場:1回(2001年)。 |
背番号
| 31(1993年-2008年)。 |
| 77(2009年-)。 |
関連項目
| 栃木県出身の人物一覧。 |
| 東京ヤクルトスワローズの選手一覧。 |
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1971年
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真中 満(まなか みつる)は、栃木県大田原市... |
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1993年
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初出場・初先発出場:、対読売ジャイアンツ22... |
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投票数
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| 生年月日 |
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