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つながりの強いひと
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露の五郎
上方落語の名跡。現在は空き名跡となっている。 |
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月亭可朝
神奈川県横浜市出身(同県三浦郡葉山町生まれ)、兵庫県西宮市在住の落語家(上方噺家)・漫談家。本名は鈴木傑(すずきまさる)。弟子に月亭八方など、孫弟... |
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桂文福
落語の名跡。なお、当代は特に代数を名乗ってはいないが、恐らく上方での3代目に当たると思われる。なお、「文福」の正式な読み方は「ぶんぷく」ではなく「ぶ... |
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桂春団治
上方の落語家。本名:河合一(かわいはじめ)。大阪府大阪市出身。旧字体を春團治。所属事務所は松竹芸能。上方落語協会会員(相談役、第3代会長)。出囃子は... |
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快楽亭ブラック
落語家。加えて映画監督、脚本家、映画俳優、映画評論家、風俗体験リポーターもこなす。本名福田秀文。日本国籍。父はアメリカ合衆国籍、母は日本国籍。元妻... |
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笑福亭松鶴
上方噺家。大阪府大阪市出身。生前は上方落語協会所属。本名は竹内日出男(たけうちひでお)。出囃子は「舟行き」。父は同じく落語家5代目笑福亭松鶴。母は落... |
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桂小枝
上方落語の名。過去3人ほど「小枝」を名乗った落語家が存在する。また東京(江戸)落語では2代目桂枝太郎門下の桂枝助が前座名で名乗った。桂小枝-初代桂歌之... |
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桂文楽
江戸落語家。本名並河益義(なみかわますよし)。自宅の住居表示以前の町名から、「黒門町(くろもんちょう)」(の師匠)と呼ばれた。落語における戦後最高... |
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桂春蝶
大阪府大阪市出身の落語家。本名は濱田憲彦(はまだのりひこ)。出囃子『月の巻』。 |
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川柳川柳
川柳川柳(かわやなぎせんりゅう、1931年3月23日-)は埼玉県秩父郡横瀬町生まれの落語協会所属の落語家。本名加藤利男(かとうとしを)。出囃子は『三味線ブ... |
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桂文我
桂文我(かつらぶんが、1960年8月15日-)は三重県松阪市出身の落語家。本名は大東幸浩(おおひがしゆきひろ)。出囃子は「せり」。 |
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柳家小三太
落語家。現在8人前後確認されている。後の柳家小三郎(本名:藤田鉄五郎)。後の柳亭市馬(本名:味波庄太郎)。(1895年4月5日-1916年3月18日)-3代目柳家小... |
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桂文治
落語家(上方噺家)。本名:平野次郎兵衛(治郎兵衛、治良兵衛、治良平など諸説あり)。享年81。13歳の時から東京の商家で丁稚となる。22歳の時に帰阪し、米屋... |
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露の五郎兵衛
露の五郎兵衛(つゆのごろべえ)は上方落語の名跡。初代は京落語(上方落語)の祖とされる。現在は空き名跡となっている。 |
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桂文枝
桂文枝(かつらぶんし、1930年4月12日-2005年3月12日)は上方の落語家。本名は長谷川多持(はせがわたもつ)。 |
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古今亭志ん駒
落語家の名。後の初代金原亭馬の助が前座時代に名乗った。本名、伊東(小沼)武。当代。志ん駒改め馬の助の弟弟子。本項にて詳述。---古今亭志ん駒(ここんて... |
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吉川潮
演芸評論家、小説家。茨城県下館市(現・筑西市)出身。立教大学経済学部卒。夫人は、粋曲(色物)の柳家小菊(落語協会所属)。もともとはルポライター・放... |
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桂春之輔
桂春之輔(かつらはるのすけ、1948年7月20日-)は大阪府寝屋川市出身の落語家。所属事務所は松竹芸能。上方落語協会幹事長。本名は山城彰(やましろあきら)... |
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笑福亭仁鶴
大阪府大阪市生野区出身(後に同府交野市へ転居)の落語家(上方噺家)である。本名、岡本武士(おかもとたけし)。血液型はO型。所属事務所はよしもとクリエ... |
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月亭八方
日本の上方噺家。上方落語協会書記長。出囃子は「夫婦萬歳」。本名、寺脇清三(てらわきせいぞう)。大阪市福島区出身、同区在住。よしもとクリエイティブ・... |
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プロフィール
祝々亭舶伝(しゅくしゅくていはくでん、1936年(昭和11年)2月27日-2008年(平成20年)5月?)は、大阪府大阪市出身の 上方噺家。本名は岡本憲二郎。春輔時代には新世界新花月によく出演したため、初代春輔が「神戸の春團治」と呼ばれたのに対し「新世界の春團治」と呼ばれた。弟子には大介( 桂大輔)、弥介(桂弥輔)がいたが、いずれも廃業。
来歴
| 1953年(昭和28年)、2代目桂春團治に入門したがすぐ死別したので、1954年(昭和29年)3月、2代目桂福團治(現3代目春團治)門下となり桂春吉、3代目桂小春を経て、1960年(昭和35年)10月、3代目桂福團治を襲名。 |
| その後、日活映画の大部屋に入り、大阪矢介という芸名でスタントマンもどきの演技をしたり、上京してアレキサンダー一世コメディアンの玉川良一の弟子。 |
| と「おしゃべり流し」と称して流しをしたり、病気になったりして一時高座を退く。 |
| サラリーマン生活を送ったこともあったが、1973年(昭和48年)春に復帰、福團治の名を弟弟子の4代目桂小春が継ぐことが内定していたので、2代目桂春輔を襲名した。 |
| 1987年(昭和62年)11月、春團治一門を弟子と共に去り、春輔の名を返上、祝々亭舶伝と改名する。 |
| しかし、無断で自分の独演会のチケットを売りに歩いていたため、上方落語協会から除名された。 |
| 但し、本人は「師匠とは芸風が合わん」というのが袂を分かつ理由としている。 |
| 1996年(平成8年)頃まで精力的に活動していたが、2008年5月ごろに病のため死去。 |
| 享年72(73没)。 |
| 死因や死亡日は公表されていない。 |
| 葬儀には弟弟子の福団冶、後輩の文福だけが落語界から参列した。 |
| 春団冶は「破門はかわいそうや」、ということで破門処分にはしておらず、「舶伝自ら離れて行った」という事にしていた。 |
芸風
| 奇抜なギャグや舞台を飛び跳ねたり、警句を交えた独特の芸風で根強いファンを持っている。 |
| 『うなぎ屋』『餅つき』『稽古屋』『動物園』など古典落語のほか、『人間リヤカー』『新婚離婚日記』『カラオケ葬式』『修学旅行』など新作落語も得意とする。 |
| 一時はネタのなかに頻繁に「カブト虫」が登場した。 |
| 『動物園』では虎ではなく象を登場させた。 |
| また、苦労時代が長く貧乏で、テレビでも取り上げられるほどであったが、それについても頻繁にネタにしていた。 |
| 吉川潮の著作『突飛な芸人伝』(河出文庫)の中でも貧乏・破門エピソードが紹介されている。 |
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祝々亭舶伝さんについてのひとこと紹介
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