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大工哲弘
大工哲弘(だいくてつひろ、1948年10月13日-)は沖縄県石垣市新川出身の八重山民謡の唄者(歌手)である。琉球民謡音楽協会所属。現在は那覇市在住。八重山農... |
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中尾勘二
ヨカシキ〜中尾勘二音楽帖其の二 DISC 1 1.青島マーチ 2.岸川 中尾 Duo 3.中尾 岸川 Duo 4.中尾 岸川 Duo 5.パリ空 6.青島マーチ 7.中... |
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竹中労
日本のルポライター、アナーキスト、評論家。東京都出身。東京外国語大学ロシア語学科除籍。「夢野京太郎」「ケンカ竹中」「反骨のルポライター」などの異名... |
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渡辺勝
渡辺勝 プロフィール ブログ なう ピグの部屋 アメンバーになる メッセージを送る プレゼントを贈る プロフィール ニックネーム 渡辺勝 性別... |
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オクノ修
日本のシンガーソングライター。京都府出身。創業60年にも達する京都市の老舗コーヒーハウス地下店のマスターでもある。1960年代、10代後半から音楽活動を始... |
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平井玄
プロフィール 平井玄
(ひらい・げん)
1952年東京生まれ。都立新宿高校卒。早稲田大学文学部抹籍。
自営業の後、出版業界でのフリーター歴20年。
音楽アクテ... |
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船戸博史
・船戸博史(ウッドベース)
同志社大学卒業後、ジャズのベーシストとして歩み始める。世界各地を彷徨い、1988年アフリカより帰国後、ジャンルにとらわれない... |
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原田健一
原田健一 アクロス 更新日: 2007-03-05 ■ 原田 健一【はらだ・けんいち】 【会社名・肩書き】 アクロス 社長 【生年月日】 昭和31年10月4日 【公開時... |
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谷川雁
谷川雁(たにがわがん、本名:谷川巌(たにがわいわお)、1923年12月16日-1995年2月2日)は日本の詩人、評論家、サークル活動家、教育運動家。社会主義的なリ... |
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梅津和時
日本のミュージシャン、サックス、クラリネット奏者。フリー・ジャズを中心に、ロックやクレズマー等、幅広い分野で活動。 |
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中川五郎
1960年代後半から活躍するフォークシンガー、訳詞家、音楽評論家、小説家、エッセイスト、翻訳家。 |
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向島ゆり子
ヨーロッパ科学院会員、東海大学教育開発研究所 ... 生島ヒロシ 【プロフィール】法政大学を中退して渡米、空手ショーや植木屋のバイトをしながらカリフォ... |
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関島岳郎
日本のジャズミュージシャン、チューバ奏者。1980年代以降、ジャズを主体に多彩な活動を展開している。自身がメンバーとして参加しているバンドだけでも10以... |
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坂本弘道
坂本弘道 さかもとひろみち ( 音楽 ) 編集 注目の求人情報 [求人] 株式会社ケイ・エム・プロデュースへの正社員転職 募集内容:マスコミ関連経験が活かせ... |
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川下直広
川下直広プロフィール
川下直広(Ts.Ss.Evl)1954年 東京に生まれる。
獨協大学に在学中より、東京近郊のキャバレー、クラブなどで
仕事をしながら... |
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高田渡
1960年代から1990年代にかけて活躍したフォークシンガー。父親は、詩人・活動家・元共産党員の高田豊。スティールギタリストの高田漣は息子。 |
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竹中英太郎
福岡県生まれの挿絵画家、労働運動家、実業家。長男は評論家の竹中労。『琉球共和国』、『仮面を剥ぐ』、『左右を斬る』、『浪人街天明餓鬼草紙』などの労の... |
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佐竹美智子
担当業務はもとより、職場環境の改善や、社内行事の運営など、自分達の力でよりよいものにしていこうと考えるようになりました。 スキルインフォメーションズ... |
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ひがしのひとし
1960年代から活動しているフォークシンガー。京都で古川豪、高田渡、中川五郎らと親交を深める。鍼灸師という肩書きもある。 |
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プロフィール
<1998年7月>
ビクターが沖縄専門のレーベルをスタートさせた。名前を「nafin」(ナーフィン)という。
ナーフィンをスタートさせたプロデューサーの神谷一義によれば、このレーベルは 普久原 朝喜 ( ふくはら ちょうき ) (一九〇三〜八二)という人物を大きなポイントとしている。神谷一義はネーネーズや大工哲弘をヤマト(本土)に紹介したあと、どうやら次のステップを「ちこーんき・ふくばる」に決めたようである。
「ちこんきーふくばる」とは 普久原朝喜 のニックネームで「蓄音機の普久原」ということ。朝喜は、現代沖縄民謡の父と呼ばれる人物である。
彼は一九二七年(昭和二)年に大阪で設立した「 マルフク ・レコード」を拠点にして、数々の名作を発表したことで知られる。作家としてだけでなく、朝喜自身が 三線 の名手であり、妻の京子も歌の名人、そして録音したSPレコードは自らが ... もっと見る
<1998年7月>
ビクターが沖縄専門のレーベルをスタートさせた。名前を「nafin」(ナーフィン)という。
ナーフィンをスタートさせたプロデューサーの神谷一義によれば、このレーベルは 普久原 朝喜 ( ふくはら ちょうき ) (一九〇三〜八二)という人物を大きなポイントとしている。神谷一義はネーネーズや大工哲弘をヤマト(本土)に紹介したあと、どうやら次のステップを「ちこーんき・ふくばる」に決めたようである。
「ちこんきーふくばる」とは 普久原朝喜 のニックネームで「蓄音機の普久原」ということ。朝喜は、現代沖縄民謡の父と呼ばれる人物である。
彼は一九二七年(昭和二)年に大阪で設立した「 マルフク ・レコード」を拠点にして、数々の名作を発表したことで知られる。作家としてだけでなく、朝喜自身が 三線 の名手であり、妻の京子も歌の名人、そして録音したSPレコードは自らが売って歩いたという、いま流行りの「インディーズ」の大先輩のような人物であった。
朝喜は「懐かしき故郷」「軍人節」ほか歴史的な作品を遺したが、この遺産・精神を今のこの時代に引き継ごうというのが、ナーフィン・レーベルの意図のようである。ナーフィンの総監修を担当するのが、 普久原 恒勇 ( ふくはら つねお ) である。彼は朝喜の息子であり、「芭蕉布」ほかの作品で現代沖縄音楽のトップをゆく作家でもある。
ナーフィン・レコードほど大がかりではないものの、実は沖縄で朝喜の名前はちょくちょく話題にのぼる。歌手たちも彼の名前を忘れることなく、機会があれば作品を取り上げるし、朝喜と同時代の名作も、あるいはそれ以前の歌も、普通に歌い継がれている。
こんな歌のあり方が、ヤマトの人間であるぼくには、とても興味深く、たまにうらやましい。最近の沖縄は、ずいぶんヤマト化されたとはいえ、まだまだ沖縄音楽は充分に生きていると、ぼくは感じる。そんな流れの中に、ナフィンがあるということである。
ナフィンから出た 普久原恒勇 の 『雅倩三面』 ( がせいさんめん ) は、沖縄からアジア、そしてヨーロッパまでを視野に入れ、それらに共通する音をつかもうとする意欲作である。父・朝喜は移民・移住をテーマにした作品を数多く作ったが、息子はその逆を行こうとしたかのようなアルバムだ。
音の気分は、新・琉球古典というような格調あるたたずまいである。「紡績節/副業節」は、 三線 (恒勇)のインストという沖縄音楽では珍しい試み。ラストを飾る「華曲 雅倩三面」は、これも珍しいクラリネットと 三線 のアンサンブル曲で、沖縄と中国との長い文化的交流をはっきりと聞くことができる。
普久原朝喜 の作品を中心にしたアルバムが『懐かしき故郷/ 山里ユキ 』(写真)である。山里は「嘆きの梅」などの代表曲を持つベテランの民謡歌手。伴奏の 三線 は 普久原恒勇 が担当している。こんな歌が収録されている。
「大阪島近さ、ブラジル逃んぎろや」(大阪は近い、ブラジルまで逃げましょう/徳之島チュッキャリ節)
『懐かしき故郷』は世界に散っていった沖縄の人々と歌との関わり、戦争という名の離別などがテーマとした、しっとりとしたいい作品だ。
それにしても、沖縄には別れの曲が多い。故郷と離れ、恋する人と離れ、家族から引き離されたという厳然たる事実を、沖縄の歌手たちは優れた歌たちによって「記録に留める」。こういう姿勢は、長くヤマトのポップ・ミュージックでは忘れ去られてしまっている。いったいどちらが「正解」なのだろうか。
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