| なお同年にデビューした騎手はJRA初の女性騎手となった牧原由貴子(当時)ら3人の女性騎手や双子の騎手として話題となる柴田大知・未崎兄弟、そして後にテイエムオペラオーとのコンビで一世を風靡する和田竜二などがおり競馬学校花の12期生と言われ話題を集め、落馬事故で脳挫傷の障害を背負ったために引退した常石勝義らを含めて現在でも仲が良いことで有名。 |
| 1996年3月2日の中京競馬第2競走でマルブツブレベストに騎乗し堂々の初騎乗初勝利を挙げると続く第3競走でもレイベストメントで勝利し、デビュー2連勝というデビューを飾る。 |
| この年は53勝を挙げ、JRA賞最多勝利新人騎手も獲得した。 |
| 1997年7月22日、川崎競馬場(スパーキングナイター)で行なわれた第44回エンプレス杯でシルクフェニックスに騎乗し重賞初制覇。 |
| 同年11月15日にキングヘイローで東京スポーツ杯3歳ステークスに勝ちJRA重賞初勝利。 |
| 同馬の主戦騎手として翌年のクラシックでもコンビを組み皐月賞では2着となったが、続く東京優駿(日本ダービー)では引っ掛かったキングヘイローを制御できずにいつもとは違う逃げの競馬になり14着に敗れた。 |
| 秋初戦の神戸新聞杯からはキングヘイローの主戦は岡部幸雄で行くことが発表されたが、次走の京都新聞杯では岡部が当初海外に行く予定が入っていたため、再び手綱をとって2着。 |
| 京都新聞杯では最後の直線で祐一の叫び声に、スペシャルウィークで馬体を併せた武がキングヘイローにかける気合に驚いたと言われている。 |
| しかし、最後の1冠となった菊花賞で5着、次走の有馬記念で6着に敗れたのを最後にコンビを解消した。 |
| 1999年の桜花賞でプリモディーネに騎乗しJRAGI初勝利。 |
| しかしその翌週、中京競馬場で施行された小倉大賞典(マルカコマチに騎乗予定)の本馬場入場の際に落馬事故で肋骨骨折、左腎臓損傷の重傷を負う。 |
| 秋には復帰し、朝日杯3歳ステークスを自厩舎の所属馬エイシンプレストンで制した。 |
| エイシンプレストンとのコンビでは2001年の香港マイルを制し、2002年と2003年のクイーンエリザベス2世カップを連覇するなど国内・香港で活躍した。 |
| 2003年は祐一にとって念願の牡馬クラシック制覇を成し遂げるチャンスだった。 |
| 同じ瀬戸口勉厩舎所属できさらぎ賞を含め3勝をあげていたネオユニヴァースと、2歳王者となっていたエイシンチャンプをお手馬としてかかえ最終的にはGI馬であったことからエイシンチャンプを選んだが結果としてミルコ・デムーロに託されたネオユニヴァースが二冠を達成、祐一は最大のチャンスを逃すことになった。 |
| 後に本人は「ネオユニヴァースの方が強いと思っていたが、先に依頼のあったエイシンチャンプを選んだ」と語った。 |
| 2005年の春のGI戦線では武豊とともに大活躍しフェブラリーステークスをメイショウボーラーで、桜花賞とNHKマイルカップをラインクラフトで、優駿牝馬をシーザリオで制したほか冬にはフサイチリシャールで朝日杯フューチュリティステークスを勝利した。 |
| またシーザリオでは同年7月3日(現地)アメリカ合衆国のハリウッドパーク競馬場で開かれたアメリカンオークス招待ステークスにも優勝し、日本生産・調教馬初のアメリカG1競走優勝という偉業を成し遂げた。 |
| また自身初のJRA年間100勝以上も達成した。 |
| 2006年のエリザベス女王杯ではフサイチパンドラに騎乗。 |
| カワカミプリンセスに1位入線ゴールに馬体の先端(脚部は含まない)が到達(ゴール)すること。 |
| を許したものの同馬は審議の結果進路妨害で12着に降着し、フサイチパンドラが繰り上がり優勝。 |
| また同年に新設された阪神カップをフサイチリシャールで制し、初代王者となった。 |
| 2007年には、JpnI競走この年から、国際グレードが付与されていない重賞競走がG~の表記からJpn~の表記に変更されている。 |
| の優駿牝馬でローブデコルテに騎乗し優勝。 |
| 2001年から7年連続のGI級競走(GI・JpnI)勝利となった。 |
| 9月9日には馬場入場時に騎乗していたゲットザチャンスが暴れて落馬し、その際に右腹部を蹴られ翌日の騎乗をキャンセルすることになった。 |
| 10月6日に史上27人目となるJRA通算900勝を達成した。 |
| 11月26日に兵庫県宝塚警察署から一日警察署長を委嘱されたことが発表され、11月29日の「年末特別警戒隊発隊式」に出席した。 |
| 2008年も順調に勝利数を重ねた。 |
| 9月27日には第4競走の2歳新馬戦で勝利し、8811戦目で父・洋一の通算勝利数(983勝)に並んだ。 |
| (洋一は5086戦目で983勝目をあげている)また、11月30日京都競馬場で行われた12Rにオリオンスターズに騎乗し中央競馬史上23人目(現役10人目)となるJRA通算1000勝を達成した。 |
| また12月6日と7日に行われるワールドスーパージョッキーズシリーズ(WSJS)に、負傷した武豊騎手に代わっての出場。 |
| しかし、順調な勝利とは裏腹にこの年はGI級競走での勝利がなく、GI級競走での連続勝利記録は7年で途絶えた。 |
| 2009年の11月28日の京都競馬第8レースでセレスダイナミックが1着となり、JRA通算1100勝を達成した。 |
| この年も、GI級競走での勝利はなかった。 |
| 2007年の優駿牝馬以来、GI級競走での勝利から遠ざかっていたが、2010年の阪神ジュベナイルフィリーズで圧倒的1番人気に支持されたレーヴディソールに騎乗し勝利。 |
| およそ3年半ぶりのGI級競走GI級競走という表現にはJpnI競走も含まれているが、2010年より全ての重賞が国際競走となったのでJpnI競走の勝利は2007年の優駿牝馬が最初で最後である。 |
| 勝利となった。 |