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つながりの強いひと
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岡本武
岡本武(おかもとたけし、1945年7月17日-1988年?)はよど号グループのメンバー。テルアビブ空港乱射事件を起こした岡本公三は弟。 |
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岡本公三
日本の新左翼活動家、テロリスト。日本赤軍メンバーの一人。よど号グループの岡本武は次兄。 |
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柴田泰弘
柴田泰弘(しばたやすひろ、1953年-2011年)はよど号グループの最年少構成員、テロリスト。 |
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田中実
田中実 プロフィール ブログ なう ピグの部屋 アメンバーになる メッセージを送る プレゼントを贈る プロフィール ニックネーム 田中実 性別... |
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寺越武志
日系朝鮮人男性。北朝鮮で金英浩(キム・ヨンホ)という名前で生活している。 |
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小住健蔵
小住 健蔵 ( こすみ けんぞう ) さん 1933年生(現在69歳くらい)
北海道
行方不明当時 (46歳)
1961年頃から消息不明。 1980年頃に拉致されたと... |
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蓮池薫
日本の翻訳家。新潟県柏崎市出身。蓮池透の実弟。新潟産業大学経済学部専任講師。 |
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古川了子
古川了子さんの拉致認定を 2004年07月20日(火) 昨日の記事「拉致 政府認定されていない人々」でも紹介した古川了子さん。ご家族を支援する人々によって、... |
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加藤久美子
加藤久美子 Kato Kumiko 准教授 博士(歴史学) 1964年生,名古屋大学文学部人文学科東洋史学専攻卒業(1988),同大学大学院文学研究科博士課程前期課程修了... |
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荒木和博
日本の評論家、政治活動家。拓殖大学海外事情研究所教授、特定失踪者問題調査会代表、戦略情報研究所株式会社代表取締役、国家基本問題研究所評議員、アジア... |
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田口八重子
リンサン(麟山)郡サンウォルリ(上月里)共同墓地にあったが、1995年7月の貯水ダム崩壊により流失したと伝えられる。 * 原敕晁さんとの間に子供はなく、遺... |
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田宮高麿
田宮高麿(たみやたかまろ、1943年1月29日-1995年11月30日)は日本の新左翼活動家。赤軍派軍事委員会議長。よど号グループのリーダー。通称「まろ」。 |
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地村保
地村 保(チムラ タモツ) 1927年、福井県に生まれる。1939年、尋常高等小学校卒業と同時に、京都で大工修業に入る。農繁期には小浜に戻り、農業に従事。戦時... |
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寺越昭二
寺越昭二さんの遺骨問題、初提起 先日の日朝協議 2005年10月27日(木) 北朝鮮側の回答はなし
北京で三、四日に行われた日朝政府間協議で、外務省が一九六... |
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八尾恵
八尾恵(やおめぐみ、1955年-)はよど号グループの柴田泰弘の元妻、テロリスト。兵庫県出身。 |
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寺越外雄
寺越外雄さんの婚姻届提出へ 死亡認定取り消し決定で|ちばとぴ ちばの耳より情報満載 千葉日報ウェブ 寺越外雄さんの婚姻届提出へ 死亡認定取り消し決定で 2... |
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増元るみ子
1970年代から1980年代にかけて、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の工作員などにより、多数の日本人が極秘裏に北朝鮮に拉致された問題。日本では国民の生命... |
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松本京子
日本テレビ放送網バラエティー局所属のプロデューサー。主に松岡至や安岡喜郎の下で番組制作をしている。 |
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高沢皓司
日本のジャーナリスト。大阪府生まれ。明治大学在学中、全共闘運動に参加。その後、記者、編集者を経てフリージャーナリストとなる。1990年以降北朝鮮を数度... |
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奥土祐木子
【北朝鮮拉致事件】
奥土祐木子さん 平壌在住 長男は大学生 拉致被害者に関する情報は、政府調査団の報告書のうち、関係部分の全文です。報告書の内容は、... |
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プロフィール
- 福留貴美子とは
- 上京
- 「モンゴルに行く」
- 出国・入国・再出国
- よど号犯の妻
- 「死亡」通告
- 2人の娘
- 拉致疑惑
- 関連項目
福留貴美子(ふくとめきみこ、1951年12月17日(出生届は1952年1月1日)-1988年?)はよど号グループの 岡本武の妻。北朝鮮当局は「1988年に死亡」としている。政府認定の北朝鮮による日本人拉致問題被害者ではないが、北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(救う会)は拉致被害者と認定、死亡情報は疑わしいとして救出運動を行っている。
上京
| 高知県香美郡暁霞村(現香美市)生まれ。 |
| 1970年、高知県立山田高校を卒業し綜合警備保障に就職。 |
| 大阪の日本万国博覧会会場で勤務した後、東京に転勤し1973年に退職。 |
| 1974年、幼稚園教諭の免許取得を目指し東京教育専修学校(現・東京教育専門学校)夜間部に入学、1976年3月に卒業した。 |
「モンゴルに行く」
| 戦前、満州国で憲兵をしていた父親の影響でモンゴルにあこがれ渡航を強く希望していたが、当時は日本からの渡航は難しく、日本モンゴル親善協会を通すことが通例だった。 |
| このため、外務省や駐日モンゴル大使館に加え、日本モンゴル親善協会や、同協会と密接な関係にありモンゴル観光の老舗旅行会社である「サントクエンタープライズ」を訪れて渡航について相談した当時、日本モンゴル親善協会事務局長とサントクエンタープライズ社長を兼ねていた柳沢徳次は、日朝文化交流協会の幹部でもあった。 |
| また、モンゴルと北朝鮮は友好関係にあった。 |
| 1976年7月18日、浜松町駅まで見送りにきた友人2人に「モンゴルには直接行けないから、人と落ち合う」と言い残して羽田空港に向かい、空港では高校の同級生に電話で「これからモンゴルに行く」と伝えた。 |
| 同年8月、日本国内の消印がある封筒の中の便箋に「暑中お見舞い申し上げます」とだけ書かれた不可解な手紙が実家に届いた。 |
| 1979年8月、東ドイツの東ベルリンの消印がある福留の手紙が実家に届いた。 |
| 手紙には、ある共産圏の国にいること、もう少し外国に滞在する必要が生じたことなどのほかに、いとこの結婚式にお祝いを送ることができないのでよろしく伝えてほしい旨が書かれていた。 |
| いとこの結婚式は同年4月に行なわれており、福留はなぜかそれを知っていた。 |
出国・入国・再出国
| 1980年3月9日、日本に入国し、浜松町駅まで見送りにきたうちの1人である横浜市南区の友人の家を11日に訪れ2泊している。 |
| その後「大阪へ行ってから田舎に帰る」と告げ、新横浜駅まで見送りを受けたが、実家には姿を見せなかった。 |
| 同年6月24日に大阪国際空港から出国した記録が残っている。 |
よど号犯の妻
| 北朝鮮に渡ったよど号グループの岡本武は北朝鮮の女性と結婚して同国に帰化したと伝えられていたが、グループのリーダー田宮高麿は1995年にジャーナリストの高沢皓司のインタビューに対して「結婚した女性は日本人であり、高知県の出身。 |
| 東京に住んでいた」旨を明かした。 |
| その後、高沢らの調査でその女性が福留貴美子であることが分かり、1996年8月7日付の朝日新聞で報道された。 |
| 羽田を発った後、香港、北京経由で北朝鮮に入国したとみられる。 |
| よど号グループの柴田泰弘の妻だった八尾恵は著書で、福留が北朝鮮で「モンゴルにあこがれている。 |
| そこに行くはずだったのにここに来てしまった」と話していたと明かしている。 |
「死亡」通告
| 朝日新聞報道後の8月22日、よど号グループの小西隆裕から福留の父にあてた8月1日付の手紙が元赤軍派議長の塩見孝也によって届けられた。 |
| 福留は岡本と結婚し2人の娘が生まれたこと、1980年ごろ、よど号グループと別れたこと、1988年夏に北朝鮮側から岡本と福留が土砂崩れで死亡したとの通知があったことなどの内容が書かれていた。 |
| しかし八尾は、福留が日本に入国した際に知人宅に泊まったことなどが批判されるなど、岡本と田宮に対立があったことを指摘した上で「私の知る限りでは、岡本さんと福留さんは、『よど号』グループの考え方に異を唱えたので矯正のため隔離され、そして、その果てに死が待っていた」と書いている。 |
2人の娘
| 岡本との間に、1977年6月28日に長女を、1981年に次女を出産している。 |
| 最初に日本を出てからわずか2、3カ月後に長女を懐妊し、1980年に日本に入国した際には長女は2歳だったことになる。 |
| 長女は2002年9月10日、次女は2004年1月13日に日本に帰国した。 |
拉致疑惑
| 警視庁公安部は2004年1月、福留が渡航制限されていた北朝鮮に必要な申請手続きをせず渡航したとして、旅券法違反容疑で逮捕状を取った(つまり警視庁は死亡として扱っていない)。 |
| 2005年10月、よど号ハイジャック事件に絡む民事訴訟で警視庁公安部幹部は、福留について「拉致被害者とは考えていない」と証言した。 |
| 理由として以下のものをあげた。 |
| #日本に入国した際、友人宅に泊まるなどしており逃げる機会があった。 |
| #海外の領事館で自ら旅券更新をしている。 |
| しかし、救う会や北朝鮮ウオッチャーは以下の点から「だまされて北朝鮮に行き、よど号メンバーと結婚させられた拉致事件」としている。 |
| #日本に入国したときは幼い子供を北朝鮮に残しており、逃げるわけにはいかなかった。 |
| #福留は他のよど号メンバーの妻とは違い思想性はなかった(福留は北朝鮮に行く前に日本で警察官採用試験を受験しており、思想はむしろ保守的だったと推測されている)。 |
| 前述した日本モンゴル親善協会、柳沢徳次と北朝鮮との関係のほか、福留が綜合警備保障勤務時代に派遣され受付業務をしていた東京・五反田のTOCビルに、北朝鮮工作員の活動拠点で、渡辺秀子の2人の子供が拉致された事件の舞台となった貿易会社「ユニバース・トレイディング」が入居していた事実もクローズアップされている。 |
| 救う会高知は2006年11月、福留は北朝鮮に拉致されたとして、高知県警に国外移送目的略取及び誘拐の罪で告発。 |
| 受理され、捜査が続いている。 |
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1970年
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高知県立山田高校を卒業し綜合警備保障に就職 |
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1976年
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浜松町駅まで見送りにきた友人2人に「モンゴ... |
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