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つながりの強いひと
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松平容保
江戸時代末期の大名・陸奥国会津藩9代目藩主であり、また最後の藩主でもある。血統的には水戸藩主徳川治保の子孫である。京都守護職。美濃国高須藩主・松平義... |
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徳川慶勝
江戸時代後期の大名。尾張藩(名古屋藩)14代・17代藩主。明治時代初期の政治家。尾張藩支藩であった美濃国高須藩主・松平義建の次男。母は徳川治紀の娘。兄... |
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徳川慶喜
江戸幕府第15代征夷大将軍(在職:1867年‐1868年)。江戸幕府最後の将軍で征夷大将軍に任じられた最後の人物。御三卿一橋徳川家の第9代当主として将軍後見職... |
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稲葉正誼
山城淀藩の第11代藩主。正成系稲葉家宗家15代。越後国高田藩主・榊原政令の七男。官位は従五位下。丹後守。文政10年(1827年)3月2日生まれ。天保13年(1842... |
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松平定綱
松平定綱(まつだいらさだつな、1592年3月8日(文禄元年1月25日)-1652年2月4日(慶安4年12月25日))は江戸時代の大名。官名は従四位下、越中守。下総国山川... |
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永井尚政
江戸時代前期の大名。上総国潤井戸藩主、下総国古河藩第2代藩主、山城国淀藩初代藩主。永井家宗家2代。 |
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大久保利通
日本の武士(薩摩藩士)、政治家。位階勲等は贈従一位勲一等。明治維新の元勲であり、西郷隆盛、木戸孝允と並んで「維新の三傑」と称される。また維新の十傑... |
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会津藩
陸奥国(後の岩代国)会津郡を中心に現在の福島県西部と新潟県の一部を治めた藩。藩庁は若松城(会津若松市)。最大版図は陸奥国北会津郡、耶麻郡、河沼郡、... |
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石川憲之
近江国膳所藩の第2代藩主。伊勢亀山藩主。山城国淀藩の初代藩主。伊勢亀山藩石川家4代。石川廉勝(膳所藩初代藩主・石川忠総の長男)の長男。正室は梅園実清... |
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板倉勝静
江戸幕府の奏者番・寺社奉行・老中首座(筆頭)。備中松山藩の第7代藩主。板倉家宗家13代。 |
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華族
1869年から1947年まで存在した近代日本の貴族階級のことである。公家に由来する華族を公家華族、江戸時代の藩主に由来する華族を大名華族(諸侯華族)、国家... |
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石川義孝
山城淀藩の第2代藩主。伊勢亀山藩石川家5代。初代藩主・石川憲之の次男。母は梅園実清の娘。正室は北条氏治の娘。官位は従五位下、越前守・主殿頭。長兄で嫡... |
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永井尚征
山城淀藩の第2代藩主。後に丹後宮津藩の初代藩主となる。永井家宗家3代。慶長19年(1614年)、淀藩の初代藩主・永井尚政の長男として生まれる。明暦4年(1658... |
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稲葉正休
江戸時代前期の旗本・大名・若年寄。美濃青野藩主。旗本・稲葉正吉の長男。大老・堀田正俊は従甥に当たる。美濃と縁の深い稲葉氏の一族である。 |
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松平頼英
伊予国西条藩の第10代(最後の)藩主。第9代藩主・松平頼学の五男(六男との説もある)。母は山野井氏。 |
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三条実美
日本の公卿、政治家。位階は正一位。勲等は大勲位。爵位は公爵。号は梨堂(りどう)。新字体で三条実美(さんじょうさねとみ)と表記されることもある。右大... |
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松平定敬
幕末の桑名藩第4代藩主(藩主在任:安政6年(1859年)-慶応4年(1868年)。京都所司代。定綱系久松松平家13代。官位は従四位上左近衛権中将(明治維新後に従... |
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孝明天皇
江戸時代末期に在位した第121代天皇。在位は1846年3月10日(弘化3年2月13日)‐1867年1月30日(慶応2年12月25日)。幼称は煕宮(ひろのみや)。諱は統仁(おさ... |
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榎本武揚
江戸幕末~明治期の武士・幕臣、政治家。海軍中将正二位勲一等子爵。通称は釜次郎、号は梁川。名前は「えのもとぶよう」と有職読みされることもある。 |
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徳川家茂
江戸幕府第14代征夷大将軍である。実父は第12代将軍徳川家慶の実弟であり、第13代将軍家定の従兄弟にあたる。将軍就任の前は徳川御三家紀州藩第13代藩主。初... |
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プロフィール
- 稲葉正邦とは
- 生涯
- 老中就任と幕末期の活躍
- 明治期
- 経歴
- 稲葉正邦を演じた俳優
- 関連項目
- 参考文献
稲葉正邦(いなばまさくに、1834年7月2日(天保5年7月26日)-1898年(明治31年)7月15日)は、江戸時代の大名・老中・京都所司代で、山城国淀藩12代目藩主であり、最後の藩主。正成系稲葉家宗家16代。通称は長之助、長門守、美濃守、 民部大輔。東閣と号した。
生涯
| 陸奥国二本松藩主・丹羽長富の七男。 |
| 後に稲葉正誼の元へ養子入りした。 |
| 正室は酒井忠発の娘。 |
| 淀藩では譜代の城代家老田辺家が執政を取り仕切るならわしで、正邦の代においては田辺権大夫(後右京)が藩政を差配した。 |
| 田辺氏と正邦とは意見を違えることが多かったらしく、急進・改革を唱える正邦に対して田辺家は穏健派であったらしい。 |
| 日常の藩主の執務に対して田辺氏が随行しないこともあったと、当該期史料に残る。 |
老中就任と幕末期の活躍
| 稲葉家は西国に睨みを利かせる畿内随一の藩であることから、正邦も当初から幕府内での昇進が早く、会津・桑名藩と薩摩藩が同盟を結んだ頃から京都所司代となり、京都の政務を一任されていた。 |
| 後、老中、さらには政事総裁として、もっぱら江戸藩邸での活動に終始する。 |
| 幕府での位置づけが高まることから、第一次・第二次長州征伐への淀藩士派兵を決定するが、田辺権大夫の強硬な反対によって断念するという一幕があり、佐幕急進派の藩主と穏健派の藩首脳部の対立は顕在化していったらしい。 |
| 老中を抱える藩として鳥羽・伏見の戦いには淀城より出兵、数名の戦死者を記録するも、藩首脳部と京都朝廷との密約成立により朝廷に恭順。 |
| このとき、江戸で将軍の留守政権の首脳として活動していた正邦は、自らの藩が自らの決定無くして幕府に反旗を翻すという事態に遭遇、複雑な立場に立たされ、慶応4年(1868年)2月、老中を辞任し、結局淀へ退去することとなる。 |
| 稲葉家はその後も新政府に対する恭順の姿勢を貫き、正邦ら佐幕急進派が分裂することもなかった。 |
明治期
| 版籍奉還により淀藩知事となり、廃藩置県によりその座を退く。 |
| 維新後は平田鉄胤に入門して神道に傾倒、三島神社宮司や大教正などを歴任し、明治初期の神道の発展、整備に寄与した。 |
| 明治8年神道事務局を設立し、管長に就任、事務局が神道本局に改組されると、再度管長を担当した。 |
| 墓所は東京都港区南青山の青山霊園。 |
| 著作に「妖幻夜話」「東閣遺草」など。 |
| 後は養子の稲葉正縄が継いだ。 |
経歴
| 1848年(嘉永元年)12月、家督相続。 |
| 年月日不詳、従五位下長門守に叙任。 |
| 1854年(安政元年)10月9日、奏者番就任。 |
| 以前は雁之間詰。 |
| 1863年(文久3年)6月11日、京都所司代に異動。 |
| 7月4日、従四位下に昇叙し、侍従に転任。 |
| 長門守の兼任如元。 |
| 1864年(元治元年)4月11日、老中に異動。 |
| 長門守から美濃守に兼任替え。 |
| 11月15日、美濃守から民部大輔に兼任替え。 |
| (同年10月13日、老中上座に本多美濃守忠民が就任したため兼任替え)。 |
| 1865年(元治2年)4月11日、老中辞任。 |
| 雁之間詰となる。 |
| 1866年(慶応2年)4月13日、老中再任。 |
| 民部大輔から美濃守に兼任替え。 |
| (既に、本多美濃守忠民が老中を御役御免されていたため、もとの美濃守に兼任替え) 10月11日、外国御用取扱兼務。 |
| 1867年(慶応3年)5月6日、外国御用取扱を止め、内国事務総裁兼務。 |
| 1868年(慶応4年)1月23日、内国事務総裁兼務御役御免。 |
| 2月21日、老中御役御免。 |
| 1869年(明治2年)6月18日、淀藩知事就任。 |
| 1871年(明治4年)7月14日、廃藩置県のため、藩知事退任。 |
| 1874年(明治7年)11月、東京都港区芝大門鎮座の芝大神宮祠官就任。 |
| 1876年(明治9年)1月、神道大教院事務局第三部管長兼務。 |
| 1878年(明治11年)5月、芝大神宮祠官辞任。 |
| 1884年(明治17年)7月8日、子爵を授爵。 |
| 1885年(明治18年)、神道事務局の初代管長就任。 |
| 1886年(明治19年)、神道事務局より神道本局に改組し、引き続き管長。 |
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1834年
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稲葉 正邦(いなば まさくに、(天保5年7月26... |
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