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つながりの強いひと
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柘植久慶
日本の作家、軍事評論家。愛知県出身。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。 |
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常勝将軍
常勝将軍・立見尚文 下 この本を 1 2 3 4 5 6 7 8 9 冊買う 10冊以上買う お困りの方 柘植 久慶著 税込価格: (本体 : ) bk1ポイント倶楽部 : ... |
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野津道貫
幕末の薩摩藩士、明治の陸軍軍人、貴族院議員。東部都督、教育総監、第4軍司令官を歴任した。通称は七次。諱は道貫。最終階級は元帥陸軍大将正二位大勲位功一... |
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松平定敬
幕末の桑名藩第4代藩主(藩主在任:安政6年(1859年)-慶応4年(1868年)。京都所司代。定綱系久松松平家13代。官位は従四位上左近衛権中将(明治維新後に従... |
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高杉晋作
日本の武士(長州藩藩士)。幕末に長州藩の尊王攘夷の志士として活躍した。奇兵隊など諸隊を創設し、長州藩を倒幕に方向付けた。諱は春風。通称は晋作、東一... |
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徳川慶喜
江戸幕府第15代征夷大将軍(在職:1867年‐1868年)。江戸幕府最後の将軍で征夷大将軍に任じられた最後の人物。御三卿一橋徳川家の第9代当主として将軍後見職... |
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山川浩
山川浩(やまかわひろし、1845年12月4日(弘化2年11月6日)-1898年(明治31年)2月4日)は幕末の武士(会津藩家老、斗南藩大参事)、明治時代の陸軍軍人、政... |
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奥保鞏
明治の大日本帝国陸軍軍人。官位は元帥陸軍大将従一位大勲位功一級伯爵。 |
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乃木希典
日本の武士(長府藩士)、軍人。陸軍大将従二位・勲一等・功一級・伯爵。第10代学習院院長。贈正二位(1916年〔大正5年〕)。家紋は「市松四つ目結い」。幼名... |
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児玉源太郎
日本の武士、陸軍軍人。陸軍大将正二位勲一等功一級子爵(なお、兒玉源太郞の表記もある。「兒」は印刷字体、「児」は手書き書体)。日露戦争において満州軍... |
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秋山好古
日本の陸軍軍人。階級及び位階勲等功級は陸軍大将・従二位・勲一等・功二級。幼名は信三郎。陸軍騎兵学校を参観に来たフランス軍人に「秋山好古の生涯の意味... |
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柳生新
講師紹介
柳生 耕一(平 厳信)氏
柳生新陰流第二十二世宗家
1952年2月7日生まれ。武蔵大学卒業後、埼玉銀行(現りそな銀行)にて海外店システムの企画、開発... |
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酒井孫八郎
江戸時代 末期( 幕末 )の 伊勢 桑名藩 の 家老 。父は 服部正綏 。諱は朝雄、法号は東海。 [ 編集 ] 経歴 弘化2年(1845年)に生まれる。実家 服部氏 は ... |
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大山巌
日本の武士、政治家、元老、軍人。通称は弥助。雅号は赫山、瑞岩。字は清海。元帥陸軍大将従一位大勲位功一級公爵。日本陸軍の創成期から日露戦争にかけて活... |
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大鳥圭介
日本の西洋軍学者、幕臣、軍人、官僚、外交官。正二位勲一等男爵。家紋は鶴の丸。 |
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一戸兵衛
日本陸軍の軍人。教育総監、軍事参議官、第1・第4・第17師団長を歴任し、軍を退いてからは学習院院長・明治神宮宮司・帝国在郷軍人会長等の公職に就く。官位... |
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河井継之助
河井継之助(かわいつぐのすけ、正字体:繼之助、文政10年1月1日(1827年1月27日)-慶応4年8月16日(1868年10月1日))は幕末期の越後長岡藩牧野家の家臣であ... |
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佐川官兵衛
幕末の武士(会津藩家老)、明治時代の警察官。諱は勝、直清。 |
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中村彰彦
小説家。直木賞受賞。栃木県栃木市出身。本名「加藤保栄」。主に、歴史小説・時代小説を中心に執筆している。 |
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東郷平八郎
日本の武士(薩摩藩士)、軍人である。階級位階勲等功級爵位は元帥海軍大将・従一位・大勲位・功一級・侯爵。 |
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プロフィール
- 立見尚文とは
- 桑名藩士時代
- 明治陸軍時代
- エピソード
- 年譜
- 親族
- 立見尚文を題材とした作品
- 参考文献
立見尚文(たつみなおふみ、弘化2年7月19日(1845年8月21日)-明治40年(1907年)3月6日)。通称は鑑三郎。号は快堂。変名に倉田巴。桑名藩士、日本の裁判官・陸軍軍人。陸軍大将、男爵。父は桑名藩士江戸勤番・町田伝太夫。
桑名藩士時代
| 松平定敬が桑名藩を継いだときに小姓となる。 |
| 少年期より風伝流の槍術、柳生新陰流の剣術の使い手として知られる。 |
| 藩校立教館、湯島の昌平坂学問所に学ぶ。 |
| 藩主松平定敬の京都所司代就任に伴い京都で藩の周旋役を任される。 |
| その後幕府陸軍に出向。 |
| 歩兵第3連隊に籍を置きフランス式用兵術を学ぶ。 |
| 徳川慶喜謹慎後も抗戦を主張し、鳥羽・伏見の戦いにおいて大敗を喫した桑名藩の軍制を立て直す。 |
| その後土方歳三と連繋し宇都宮城の戦いで功あり。 |
| 北越戦争では雷神隊隊長としてゲリラ戦を展開。 |
| 官軍を度々壊滅、敗走させる。 |
| 特に朝日山の戦闘では、奇兵隊参謀時山直八を討ち取る殊勲を挙げる。 |
| その後会津若松城に赴き、城下の戦いで敗走。 |
| 出羽国寒河江の長岡山において最後の抵抗をするが、奥羽列藩同盟の中で最後まで抵抗していた庄内藩が降伏した後、明治政府軍に降伏した。 |
明治陸軍時代
| 敗戦の後は謹慎生活を送り、しばらく世間から離れて過ごしていたが、士族の反乱が相次いで起きると指揮能力を評価され、請われて明治陸軍入りする。 |
| 西南戦争では陸軍少佐として新撰旅団一個大隊を指揮。 |
| 日清戦争では陸軍少将で歩兵第10旅団長。 |
| その後、陸軍大学校長事務取扱、台湾総督府軍務局長。 |
| 日露戦争では陸軍中将として第8師団を率い出征する。 |
| 黒溝台会戦では、ロシア軍の冬季大規模攻撃を受けた日本軍左翼の重要拠点である黒溝台を救援に向かう。 |
| 数倍のロシア軍との戦闘は激烈を極め、日本側も増援する中、立見は師団兵力の半数を失いながらも黒溝台を回復し、会戦はロシア軍の退却で終結した。 |
| これらの功績により、旧幕府軍出身者ながら陸軍大将に昇進。 |
| 薩長出身の将軍たちも、戊辰戦争時の苦い経験から立見の前では頭が上がらないことが多く、特に山縣有朋は北越戦争の際、何度も煮え湯を飲まされていることから、生涯避けていたという話もある。 |
エピソード
| 幕末から明治期において最高の指揮官と言われた。 |
| 特に野津道貫は「東洋一の用兵家」と高く評価している。 |
| 八甲田山雪中行軍を行なったのは、彼が師団長だった時の第8師団下の歩兵第4旅団歩兵第31連隊と第5連隊である。 |
| 第31連隊は福島泰蔵大尉のもと成功したが、第5連隊は山口鋠少佐、神成文吉大尉以下のもとほぼ全員が凍死するに至った。 |
| 日露戦争の際、薩長出身の幹部格が幕末の話をしていると、立見から「お前はあの時私の目の前から逃げ出した」と言われて、頭が上がらなかったと言われている。 |
年譜
| 弘化2年(1845年)7月桑名藩士・町田伝太夫の三男として江戸で生まれ、のち同藩士・立見作十郎尚志の養子となる。 |
| 明治元年(1868年)戊辰戦争を戦い明治政府軍に投降し出羽大山で謹慎。 |
| 明治3年(1870年)1月赦免。 |
| 明治4年(1871年)7月桑名県少参事。 |
| 明治5年(1872年)1月安濃津県11等出仕。 |
| 4月司法省10等出仕。 |
| 7月新治裁判所(土浦)在勤。 |
| 4月帰京。 |
| 5月三級判事補。 |
| 8月二級判事補。 |
| 2月高知裁判所在勤。 |
| 10月一級判事補。 |
| 11月徳島支庁詰。 |
| 5月東京裁判所詰。 |
| 7月新撰旅団参謀副長。 |
| 3月歩兵第10連隊大隊長。 |
| 5月歩兵第8連隊大隊長。 |
| 2月大阪鎮台参謀。 |
| 7月近衛参謀。 |
| 2月中佐・歩兵第1連隊長。 |
| 5月近衛歩兵第3連隊長。 |
| 8月小松宮欧州出張随員(-1887年12月)。 |
| 11月大佐。 |
| 3月第3師団参謀長。 |
| 9月近衛参謀長。 |
| 12月近衛師団参謀長(初代)。 |
| 6月陸軍少将・歩兵第10旅団長。 |
| 8月男爵。 |
| 1月陸軍大学校長事務取扱。 |
| 4月台湾総督府軍務局長。 |
| 11月台湾総督府陸軍部参謀長。 |
| 10月陸軍中将・第8師団長(初代)。 |
| 5月陸軍大将。 |
| 3月死去。 |
親族
| 長男立見豊丸(陸軍大佐、貴族院議員)。 |
| 娘婿野口坤之(陸軍中将)・高橋義章(陸軍中将)・古賀義男(陸軍少将)・鈴木孝雄(陸軍大将)。 |
立見尚文を題材とした作品
| 中村彰彦『闘将伝小説立見鑑三郎』(角川文庫、1998年)ISBN4-04-190606-7。 |
| 柘植久慶『常勝将軍・立見尚文』上、下(PHP研究所、2008年)上ISBN978-4-569-70060-1、下ISBN978-4-569-70061-8。 |
参考文献
| 秦郁彦編『日本陸海軍総合事典』第2版、東京大学出版会、2005年。 |
| 福川秀樹『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。 |
| 外山操編『陸海軍将官人事総覧陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。 |
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1845年
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立見 尚文(たつみ なおふみ、弘化2年7月19日... |
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1887年
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8月 小松宮欧州出張随員(-) |
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