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つながりの強いひと
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桂文團治
相方
上方落語の名跡。文団治とも表記する。初代が、師匠・桂文枝の「文」、歌舞伎の初代市川右團次の「團」、桂一門の宗家・桂文治の「治」から「文團治」とした... |
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桂文治
落語家(上方噺家)。本名:平野次郎兵衛(治郎兵衛、治良兵衛、治良平など諸説あり)。享年81。13歳の時から東京の商家で丁稚となる。22歳の時に帰阪し、米屋... |
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笑福亭松鶴
上方噺家。大阪府大阪市出身。生前は上方落語協会所属。本名は竹内日出男(たけうちひでお)。出囃子は「舟行き」。父は同じく落語家5代目笑福亭松鶴。母は落... |
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月亭文都
相方
大阪市中央区空堀生まれの落語家(上方噺家)。本名:岡田龜吉。享年57。出囃子は『玉川くずし』。生家は曲物職人。初代桂文枝以前の経歴については不明な点が... |
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森乃福郎
上方落語の名跡。当代は2代目。代々の出囃子は「獅子舞(大阪名物)」。三友派結成の立役者の一人・初代笑福亭福松の直系であり、本来の亭号は「笑福亭」であ... |
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立花家花橘
音曲・落語の名跡。現在は空き名跡となっている。古くは立花家ではなく七昇亭花橘や三遊亭花橘で2代続いた。「立花家」の亭号は、もともと色物の音曲師のもの... |
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桂文之助
落語家の名跡。上方と江戸の二流あるが、いずれも空き名跡となっている。また、上方の方は大名跡である。 |
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桂塩鯛
上方落語の名跡。本来の旧字体の表記は「鹽鯛」。現在は4代目。 |
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桂文吾
上方落語の名跡。現在は空き名跡となっている。 |
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笑福亭福圓
上方落語の名跡。現在は空き名跡となっている。初代福圓は初代笑福亭福松の門下に確認されているが、詳細不明。師匠・福松の「福」と、大師匠・2代目圓笑の「... |
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三遊亭圓若
音曲師・落語家の名跡。2代目が死後、空位となっている。 |
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笑福亭圓笑
上方噺家。2代目笑福亭福松の実兄。本名:河合亀太郎。享年73。生家は大阪の「魚源」という料理屋で弟は2代目笑福亭福松。初め盆龜と名乗り、盆廻しの元祖。ま... |
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笑福亭福團治
上方落語の名跡。現在は空き名跡となっている。初代笑福亭福松の系統。初代桂春團治系統の桂福團治と混同しやすいが、本来はこちらの方が古い名跡である。192... |
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月亭春松
上方噺家。『落語系圖』の編者。本名は植松秀一郎。生没年不詳。明治初期頃の生まれで1892年1月15日、月亭文都門下となり、春松を名乗る。1893年11月には京都... |
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文の家かしく
落語の名跡。江戸と上方の二流あるが、2代目の死後は、いずれも空き名跡となっている。なお、上方初代は主に艶文亭かしくを名乗ったが、便宜上、この項に含め... |
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桂小文吾
上方落語の名跡。当代は6代目。なお、4代目(高田卯之助)と5代目(坂田種造)の間に小文吾になった人物がいる。当代が7代目と呼ばれることがあるのは、この... |
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笑福亭福笑
上方落語の回文の要素を用いた名。過去に「福笑」を名乗った落語家が存在する。笑福亭福笑-月亭春松編の落語系圖には初代笑福亭福松の門人に確認できる。笑福... |
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桂福團治
後の2代目桂春團治。恰幅の良い体格から名付けられた。本名:河合浅治郎。享年58。2代目桂福團治(1930年3月25日-)は、後の3代目桂春團治。実父(初代)とは... |
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桂福楽
落語家の名跡。当代は2代目。初代桂福樂は、「落語系圖」には桂福楽の名は確認できず、尚、笑福亭福松の門人に笑福亭福樂の名が確認できる。2代目桂福樂は、... |
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プロフィール
笑福亭福松(しょうふくていふくまつ)は、上方落語の名跡。3代目の死後は空き名跡となっている。
初代
| 初代笑福亭福松(1857年-1904年10月14日)は、本名:国島福松。 |
| 大阪市北区梅ヶ枝町生まれ。 |
| 生家は銅細工師。 |
| 3、4歳から芸事に親しみ軽業師や歌舞伎俳優に弟子入りするも器に会わず、7歳の時、初代桂文枝門下の桂梅丸(『落語系圖』には桂慶治)門下となる。 |
| 翌年、2代目笑福亭松鶴(後の2代目笑福亭圓笑)門下に移り、福松(本名にちなみ)を名乗る。 |
| 子役として活躍し、世の賞賛をさらった。 |
| 1893年10月、桂派に対抗し、月亭文都、3代目笑福亭松鶴、2代目桂文團治(後の7代目桂文治)らと共に三友派を結成し、最後まで派の主力として活躍した。 |
| 三友派の芸風そのままの華やかな高座で、人気実力ともに最高を極め、法善寺紅梅亭の席亭・原田ムメの覚えが最もめでたかった。 |
| 十八番は『紙屑屋(浮かれの屑より)』。 |
| 踊りの名手でもあり、『大文字屋』を得意とした。 |
| 主な門下には福二(後の2代目立花家花橘)、2代目福松、璃喜松(後の末廣家扇蝶)、初代圓若(後の初代三遊亭圓若)、松光、勢楽(後の川上秋月)、3代目福松、福寿(後の桂塩鯛)、福楽(後の桂米若)、福助、小福松(後の5代目桂文吾)、福我(後の3代目桂文昇)、初代笑福亭福團治らがいる。 |
2代目
| 2代目笑福亭福松(1868年ないし1869年-1945年1月)は、本名:河合福三郎。 |
| 3代目笑福亭圓笑の実弟。 |
| 明治元年の生まれ、初め1886年3代目笑福亭松鶴門下で、里キ松、璃幸、2代目璃鶴を名乗る。 |
| 後、1902年頃初代福松門下となり、福圓(本来は3代目)から、1913年東京へ出て門下不明で左文治。 |
| 後に京桂派に移籍して、1914年9月に福松郎と改名し、更に1918年に2代目福松を襲名。 |
| 主に神戸、京都の寄席で活躍。 |
| 後に5代目笑福亭松鶴の主催する「楽語荘」同人となり、「上方はなしを聴く会」で高座に上がった。 |
| 芸風は地味で、華やかさには欠けていたようである。 |
| なお、娘は5代目文吾の後妻となった。 |
| 『味噌蔵』『夢八』『狸茶屋』などを得意とし、余興の踊りで『逢いたさ』を愛嬌よく踊っていた。 |
| ある日、自宅に泥棒が入り、着物などを盗まれた。 |
| 後に近所を歩いている時、同じ着物を着ている人物を発見し「こいつはドロボーだ」と思い尾行し、その人物が交番の近くを歩いた時に大声で『ドロボー!!』と叫び、捕まえたという。 |
3代目
| 3代目笑福亭福松(1884年-1962年10月25日)は、本名:山田福太郎。 |
| 2代目桂文之助(京都東山の甘味茶屋「文の助茶屋」の創業者)の実子。 |
| 幼少時(1888年?)より父の親友であった初代福松に預けられ、福太郎(1904年には文の家、1912年頃には再度笑福亭福太郎)を経て、長く父の前名であった2代目艶文亭かしく(亭号は後に「文の家」)を1914年に名乗る。 |
| 一時廃業し舞踊に転じていた時期もあったが、戦後復帰し、晩年には師匠の50回忌を機に1955年9月3代目福松を襲名。 |
| なお、襲名の経緯に関しては5代目桂文吾の項を参照。 |
| 子供の頃、父が寄席の高座で踊っている時に背後からそっと現れ、父の物真似をして踊ったことで喝采を受けた。 |
| それがきっかけで子役ながら高座に上がるようになる。 |
| 子供時分から修行をしていたこともあり、踊、三味線、胡弓、琴、鳴り物など何でもこなした。 |
| 山村流の踊りの名手としても知られ、舞踊家としては山村福彌を名乗った。 |
| 諸芸に通じていたが、自称「落語が一番下手」で、高座では噺を手短に切り上げ、得意の踊りで締めくくることが多かった。 |
| 噺も決して下手ではなかったが、早口で聞き取りにくく、客受けはしなかった。 |
| 得意ネタは『愛宕山』『紙屑屋』など、踊では『ちよかね』『大文字屋』をよくやっていた。 |
| 世襲の芸人に良くありがちのことだが、若年時から遊里に出入りし、父の弟子を顎で使うなど傲慢な振る舞いが多く、周囲の憎悪を買うこともしばしばあった。 |
| しかし、戦後の上方落語界にあっては生き字引的な存在として重きを成し、3代目桂米朝らに『地獄八景亡者戯』を始め、多くの貴重なネタを伝えたことで知られる。 |
| 初代森乃福郎は直弟子にあたる。 |
| その他にも、親子2代わたり稽古を付けてもらった文の家恋しく(後に漫才に転じ文の家恋しく・たより)、文の家都枝・七五三、文の家文福、文の家速達らがいる。 |
出典
| 『落語系圖』(月亭春松著)。 |
| 『古今東西落語家事典』(諸芸懇話会・大阪芸能懇話会共編、平凡社、1989年、ISBN458212612X)。 |
| 『続・米朝落語ノート』(桂米朝著、青蛙房、1985年)。 |
| 『三集・上方落語ノート』(桂米朝著、青蛙房、1991年)p69-3代目福松襲名に関して。 |
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1893年
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桂派に対抗し、月亭文都、3代目笑福亭松鶴、2... |
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1904年
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文の家、1912年頃には再度笑福亭福太郎)を経... |
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