| 松鶴に入門するや否や「まずは顔と名前を売らなアカン!」と考えた鶴光は「兄弟子の仁鶴、同期の三枝」をライバルとして、修業時代から関西ローカルのテレビやラジオに出演した。 |
| 折りしも時代は演芸ブーム。 |
| 長髪という落語家らしからぬ風貌と機転のきいたしゃべりはすぐに注目されることになり、ラジオのレギュラーだけで13本を抱える売れっ子になった(本人によると13本レギュラーを持っていてもギャラは1本一律千円で到底食える状態ではなかったらしい)。 |
| 1971年4月より関西の人気深夜番組『MBSヤングタウン』のパーソナリティに抜擢。 |
| 三枝とともに同番組の看板パーソナリティとなる。 |
| そんな鶴光の活躍ぶりをラジオ大阪の関係者から聞きつけたニッポン放送の亀渕昭信が、全国ツアーで『オールナイトニッポン』を3ヶ月間休むことになっていたあのねのねのピンチヒッター要員としてオーディションを受けさせた。 |
| 亀渕は、最初のオーディションに間違って桂朝丸(現・桂ざこば)を呼んでしまったという逸話があるが、見事オーディションに合格した鶴光は、1974年、『オールナイトニッポン』水曜日のパーソナリティを3ヶ月間担当することとなった。 |
| 鶴光は、どうせ3ヶ月しかないのならと当時の全国ネットのラジオで殆ど聞くことのなかったコテコテの関西弁で下ネタを連発。 |
| 一気にブレイクし、全国区への足がかりとなった。 |
| あのねのねがレギュラーに復帰すると土曜日に担当が変わり、最終的には11年9ヶ月という当時の歴代最長パーソナリティとなった(現在の最長パーソナリティはナインティナイン)。 |
| 鶴光の成功により、以降明石家さんまをはじめ多くの関西芸人が東京のラジオで活躍することになる。 |
| 『笑福亭鶴光のオールナイトニッポン』では「この歌はこんな風に聞こえる」「ミッドナイトストーリー」「驚き桃の木ピンク話」などH系のコーナーが満載で、悩める男子学生の股間を直撃した。 |
| AVがまだ存在しない時代で、悶々とした男たちにとってこの番組は福音でもあった。 |
| タモリとともに、「なんちゃっておじさん」ブームも巻き起こた。 |
| エピソードも多く、生放送中に地震が発生し、怖じ気づいた鶴光は真夏の放送にも拘わらず「ストーブの火を消してください」とマニュアル通りにアナウンスした事や、放送直前にとある愉快犯より「爆弾を仕掛けた」旨通告を受け、厳戒態勢の中放送を行なった事などがある。 |
| 鶴光はニッポン放送のポッドキャスト番組で地震関連の放送をした時に注意喚起のアナウンスの後で「あー怖わ!!」とコメントした他、リスナーから「こんなクソ暑い季節にストーブをつけてる家庭がどこにあるか!!アホ!!」と抗議されたということを後日談として披露した。 |
| また爆弾騒動のさなかの放送終了後、気丈に放送していた鶴光だったが、極度に緊張していた為放送終了後にトイレに駆け込み、嘔吐したと後に語っている。 |
| 長丁場の番組中空腹をもよおし、屋台のおでんを食べに行こうということで、ミキサー1人を残してスタジオを離れた。 |
| その際、場つなぎとして「河内音頭」のレコードをフルコーラス(およそ30分)放送した。 |
| それをたまたまゴルフに行くため起きていた、当時の編成部長亀渕昭信が聞いていて、後日彼に説教をされたことがある。 |
| その時亀渕は「俺の分はないのか?」と聞いて、ないと鶴光が言うと更に怒ったという。 |
| (著書「つるこうでおま!」より)。 |
| 当時の女性アイドルもアシスタントとして出演しており(深夜4時台にアシスタント単独のコーナーもあった)、芦川よしみ、日高のり子、榊みちこ、川島なお美、松本明子、坂上とし恵らも、アイドルとして売れなかった時代に鶴光のオールナイトのアシスタントを務めた。 |
| 1985年のANN降板後は、東京と大阪を行き来しながら『鶴光の代打逆転サヨナラ満塁ホームラン』『かけこみワイド・鶴光のまかせなさい』を担当したが、1987年3月にABCラジオ『ポップ対歌謡曲』以外のすべての大阪のレギュラー番組を降板。 |
| 東京に単身赴任して『鶴光の噂のゴールデンアワー』のパーソナリティを16年間務めた。 |
| 「乳頭(ニュートゥー)の色は?」「ダンナのアソコに小鳥は何羽止まりますか?」などの変わらぬトークぶりを展開し、主婦のアイドルとして不動の地位を築く。 |
| しかしその後は『鶴光の笑う門には』『鶴光のドキがムネムネ』『鶴光のサウンドコレクション』そして、『笑福亭鶴光デジラジキングダム』を担当したが単発に終わる。 |
| 亀渕に見いだされたとはいえ、東京でのレギュラー番組はいずれもニッポン放送の番組であり、半ばニッポン放送専属の感がなきにしもあらずである。 |
| 2005年以降、ニッポン放送の冬季限定レギュラーパーソナリティとなっており、2006年度は『オールナイトニッポンアゲイン』や他の特番等にも出演している。 |
| これはかつて、タモリにも見られた(タモリもANNレギュラー後、冬季限定パーソナリティだった)。 |
| なお鶴光の中では、落語とラジオは「別物」として厳密に分けられていて、「ラジオのファンが高座に足を運んでくれるということは期待していない」(趣旨)と発言している。 |