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プロフィール
- 笑福亭鶴瓶とは
- 素人時代
- 入門・弟子入り
- タレント活動
- 落語への回帰
- 落語
- 帝塚山・無学
- つるべ、らくごのお稽古
- 演目
- 人物
- 家族
- 名前
- 兄弟子
- 学生時代のエピソード
- 入門後
- 裸にまつわるエピソード
- その他エピソード
- 関連サイト
笑福亭鶴瓶(しょうふくていつるべ)は、上方落語の名跡。当代は特に代数を名乗っていないものの、4代目 笑福亭松鶴の門下で鶴瓶を名乗り、後に2代目 林家染丸の門下に移り染八を名乗った噺家がいた。命名時に松鶴もその存在を語り、2代目であると告げている。初代 笑福亭鶴瓶(生年不詳-1944年2月)は、後の 林家染八。初め4代目 笑福亭松鶴の門下で、師が一旦芸界を離れた時に、2代目 林家染丸の門下に移る。本名は金谷伊太郎。 笑福亭鶴瓶(当代)- ...
素人時代
| 大阪府中河内郡長吉村長原(現在の大阪市平野区長吉長原)出身。 |
| 5人兄弟の末っ子で浪速高等学校卒業。 |
| 京都産業大学経営学部に進学するも中退。 |
| 大学時代は京都産業大学落語長屋という落語研究会に所属しており、童亭無学(どうていむがく)を名乗る。 |
| 一時期はここでの芸名を本名であるスルガ・マナブと名乗ったこともある。 |
入門・弟子入り
| 弟子入りのきっかけは、入門前のある日、安井金比羅宮で開かれた米朝一門の落語会での松鶴の行いを見たことだという。 |
| 高座に上がった松鶴は「あっ!」と固まった後、見えた僧侶を示して「あの坊さんの頭見たらネタ忘れてもた。 |
| オチだけ言うて降りま」と言い、本当にオチだけを言って2分ほどで降りてしまった。 |
| それを見て「エライ人や」と思い、松鶴への弟子入りを決めたという。 |
| 京都産業大学在学中に6代目笑福亭松鶴の楽屋に通いつめ入門を乞う。 |
| 両親から猛反対され松鶴も幾度と無く門前払いにするが、妥協案として松鶴から「父親の許可が出たら入門を認める」との言質をもらった駿河青年は一計を案じ、「酷い悪さをしてしまい、怒った相手が父親同伴での謝罪を求めている」と架空のトラブルを父親に打ち明ける。 |
| 息子に連れられるまま相手の家に上がると松鶴が現れ、駿河青年は先手を打って父親の許可が出たことを報告し、松鶴も父親の了承を得たものと解釈し入門を許可。 |
| 父は全て事前に仕組まれていた事に気づくが、既に息子の入門を認めてしまった松鶴の手前もあり反故にする事も出来ず息子を睨み続けていた。 |
| このままでは父親に殺されると察知した駿河青年は当日から住み込みでの修行を願い出るも、松鶴は父子の関係を慮り、帰宅するように促す。 |
| 話を終えて松鶴宅を出た途端、父親は傍らにあったゴミ箱の蓋を手にし、息子を流血させる程にメッタ打ちにする。 |
| 1972年2月14日、11番弟子として入門(現在は7番弟子)、「鶴瓶」の名を与えられる。 |
| 同年9月26日に島之内寄席にて「東の旅発端」で初舞台上方タレント101人新野新。 |
| 内弟子になっても師匠から全く稽古を受けられず何としてでも活動の場が早く欲しかった鶴瓶は超能力(透視とスプーン曲げ)が使える事を松鶴に打ち明け、鶴瓶の超能力を目の当たりにした松鶴は驚愕し「ウチに超能力を使う弟子がおる」と松鶴自らがTVに鶴瓶を売り込む。 |
| 当然ながら超能力はテーブルマジックの類で、周囲に仕掛けを漏らしつつ頭から超能力を持つ弟子と信じきっている松鶴という場面に持ち込み、必死になって売り込む松鶴に便乗して業界関係者に顔と名前を覚えてもらい、これを手がかりにTV、ラジオと進出する足場を作る。 |
| 後に兄弟子の笑福亭仁鶴が鶴瓶のイカサマ超能力を暴き、梯子を外された格好になった松鶴は体よく利用され、騙されていた事に苦りきる。 |
タレント活動
| 初のレギュラー番組は近畿放送(現KBS京都)の『丸物ワイワイカーニバル』で、以降、近畿・中京地区でラジオ・テレビを中心に活躍。 |
| 関西芸能界の先輩からも所属事務所を問わず可愛がられ、松竹芸能所属であるにもかかわらず桂三枝がメイン司会の吉本興業系列の番組に出演するなど、吉本と松竹が強い対立関係にあった当時としては異例の存在であった。 |
| その後東京へも進出を図る。 |
| 2001年にコカコーラとのタイアップで、日本テレビと吉本興業が組んで制作されたドラマ『明日があるさ』にも、鶴瓶が松竹芸能からただ一人ゲスト出演するなど、所属事務所の垣根という面においては別格の存在である。 |
| 1975年、東京12チャンネルの番組生放送中に、股間を露出するなどの問題行動を起こす(詳細は下記を参照)。 |
| 同局から無期限の出入り禁止とされたため、東京進出は失敗に終わる。 |
| その後、出入り禁止は解除された。 |
| 1982年から4年間続いた毎日放送の『突然ガバチョ!』の司会で再び脚光を浴び、毎日放送のキー局であるTBSでも遅れネットで放送が開始されるも、関東では人気不振の為、わずか4カ月で打ち切りとなった。 |
| 『突然~』が関西以外の地方でもネットされたのがきっかけとなり、1986年に東京へ再進出。 |
| だが、出演番組が早々と打ち切られることも多く、当時の週刊誌にも「再び東京進出失敗か」と叩かれた。 |
| ちなみにこの頃、鶴瓶が地元の電車に乗車している際に、このような記事の見出しが書かれた週刊誌の中吊り広告の真下に鶴瓶本人が立ってしまい、近くにいた乗客に「あんた、笑ってる場合やないよ。 |
| 上見てみ」と指摘され、初めてそれに気づいたというエピソードがある。 |
| しかしながら、ビートたけしが「この男を大阪に帰らせてはいけない」と鶴瓶を東京に留まらせた。 |
| TBS系列の『世界No.1クイズ』が裏番組の『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』に太刀打ちできず打ち切りになった時、面識はなかったものの鶴瓶の才能を認めていたビートたけしが、『世界No.1クイズ』を制作していたイーストの重役に対して「このまま大阪に返したら、イーストは笑われるぞ」「鶴瓶を活かせないような制作なら、お前らの仕事なんかしねえ」と鶴瓶をバックアップするように言った。 |
| このことは後に鶴瓶自身がいろもんの中で語っており「それ以来たけし兄さん実際のところ、たけしと鶴瓶はともに昭和47年デビューの同期であり、さらに厳密に言えば鶴瓶の方が半年ほど先に師匠に入門している。 |
| しかし関東・関西の風習の違いや、年齢による立場からたけしが先輩・鶴瓶が後輩の立場で接している。 |
| には頭が上がらない」とのことである。 |
| なおテレビ朝日系で『歌謡びんびんハウス』については8年間放送されており、すべての番組が早々に打ち切られたわけではない。 |
| また、当時の『歌謡びんびんハウス』のスタッフによって『鶴瓶噺』や『朝まで生つるべ』、『朝まで歌つるべ』が企画・制作されている。 |
| また、フジテレビ系列『森田一義アワー笑っていいとも!』には1987年4月から今日に至るまで約23年間木曜日のレギュラーとして出演している。 |
| 後にテレビ番組『鶴瓶上岡パペポTV』が全国放送化されて以降は、全国区の人気を得るようになった。 |
落語への回帰
| 2002年9月、江戸落語の春風亭小朝との二人会で『子別れ(子は鎹)』(落語を本格的に始めるにあたって4代目桂文紅にじきじき『子別れ』を稽古を付けてもらった)を演じたことを機に、落語への回帰を強めている。 |
| 2003年には小朝、林家こぶ平(現:9代目林家正蔵)らと落語の「六人の会」を結成。 |
| また同年5月に「上方落語協会」理事に就任している。 |
| その後、同協会の広報委員長を経て、2008年6月に副会長に就任した。 |
| 多忙なタレント活動の合間を縫って「鶴瓶噺」「笑福亭鶴瓶落語会」などの独演会を展開する他、六人の会が主催する「東西落語研鑚会」にも参加。 |
| 大阪・帝塚山の6代目松鶴旧宅で行われる演芸イベント「帝塚山・無学の会」を主宰するなど、精力的に落語に取り組んでいる。 |
| 古典落語にも「東西落語研鑚会」で「鴻池の犬」「らくだ」などに挑戦している。 |
| 特に2004年の東西落語研鑚会で口演した「らくだ」は松鶴の十八番(おはこ)であり、松鶴門下では直々に稽古を付けられていた6代目笑福亭松喬しか、舞台での披露を許されていなかった題目である。 |
| 鶴瓶の最近の落語への取り組みは、弟子(ほとんどが落語をしない頃の鶴瓶に弟子入りを志願していたことで、落語家に弟子入りした感覚がない)に対する影響が少なくない。 |
| 例えば筆頭弟子の笑福亭笑瓶は新作や古典の改作に取り組み、笑福亭純瓶は怪談噺に力を入れ、笑福亭銀瓶は韓国語落語を打ち立てた。 |
| 2007年3月には、銀瓶以降の6人の弟子が「シックスセンス☆六瓶の会」と題した落語会を大阪で開いている。 |
| テレビドラマ『タイガー&ドラゴン』では元上方落語の天才だったヤクザの組長という役を演じ、少しだけ落語を演じている。 |
| この時の落語は、脚本が作られていたが、一切捨て、全てアドリブで演じていた。 |
| 鶴瓶はこのドラマを最初単発ドラマだからと言われ引き受けたものの、連続ドラマになりこのような役柄になってしまったことに驚いていたことを告白した。 |
| 2004年より年に1回、桂南光と桂文珍との落語会「夢の三競演三枚看板大看板金看板」を開催。 |
| 落語会としては異例の6000円を超える料金も話題となる。 |
| チケットは、過去3回共完売。 |
| その他この3人は、2005年から「文珍南光鶴瓶+1しごきの会」と題して、年に数回、baseよしもと(現在は天満天神繁昌亭)で若手落語家育成の為の会を開いている。 |
| 過去にこの「しごきの会」において、一番多く弟子を持ちながらも、鶴瓶の弟子が1人も会に参加しなかったことがあり、このことに鶴瓶は憤慨。 |
| 「お前ら、誰に食わせて貰ってんねん!俺は(師匠の)松鶴に食わせて貰ってる。 |
| 俺は、恥ずかしいわ!」と自らの弟子に向かって怒鳴ったという。 |
| なお、弟子に笑福亭笑瓶、笑福亭晃瓶、笑福亭純瓶、笑福亭達瓶、笑福亭恭瓶、笑福亭瓶太、笑福亭銀瓶、笑福亭瓶吾、笑福亭瓶二、笑福亭瓶生、笑福亭由瓶、笑福亭鉄瓶、笑福亭べ瓶がいる。 |
落語
| 良くも悪くも上方落語の噺家のクセが抜け切れていないが、しゃべりの面白さや、独特の飄々とした存在感で、広く親しまれている。 |
| 自身の身の回りで起こった日常の話題を面白おかしく話すスタイルは「鶴瓶噺」(つるべばなし)と呼ばれ、独自のジャンルを構築し、2000年には上方お笑い大賞を受賞した。 |
| 2007年まで年1回5日間、青山円形劇場にて「鶴瓶噺」を開催している(2008年からは会場が世田谷パブリックシアターに変更)。 |
| 現時点での「落語家・鶴瓶」に対する評価は概ね好意的であるが、創作の「長屋の傘」「青木先生」(南原清隆は「私落語(わたくしらくご)」と命名)については「鶴瓶噺を落語化した程度」といった批判的な意見もある。 |
| 2009年にはJapanTour『White』と称してファースト、セカンドツアーに分けて全国ツアーを開催。 |
つるべ、らくごのお稽古
| 帝塚山・無学と下北沢Livebar440にて定期的に稽古会を行なっている(料金は後払い制で客の志納)。 |
演目
| ;古典落語:子は鎹、鴻池の犬、らくだ、愛宕山、立ち切れ線香、厩火事、堪忍袋、宮戸川、二人癖、粗忽長屋、所帯念仏、へっつい幽霊、化物使い、打飼盗人、いらちの愛宕詣り、大安売り、鶴瓶版死神、転宅、錦木検校、お直し、癇癪。 |
| ;私落語:長屋の傘、青木先生、ALWAYS-お母ちゃんの笑顔-、青春グラフィティ松岡、Mr,ドリーマー、春雷、回覧板、CHINGE、琵琶を弾く観音像。 |
人物
| 所属事務所はデンナーシステムズデンナーシステムズは元松竹芸能社員で鶴瓶のチーフマネージャーを担当していた千佐隆智が代表取締役を勤める芸能プロダクション。 |
| 東京・東麻布に所在し、ジャパン・ミュージックエンターテインメントの系列でもある(ただし、ウェブサイト上には掲載されていない)。 |
| 落語家としては、現在は上方落語協会副会長を2008年6月20日より務めている。 |
家族
| 2008年7月26日、浜松近郊の病院で孫(長男の第一子)が生まれたことを『FNS27時間テレビ!!みんな笑顔のひょうきん夢列島!!』で発表した。 |
| ちょうどこの時は鶴瓶と明石家さんま・大竹しのぶ元夫妻との生のトークコーナーが放送されており、さんまがくだらない発言をすると「早く浜松行って、孫の顔見たいんや!」と叫んでいた。 |
| また2010年8月31日深夜(9月1日未明)に、鶴瓶にとって2人目の孫(長女の第一子)が誕生したことを『きらきらアフロ』(テレビ大阪・9月10日放送分)で明かした。 |
名前
| タモリ、明石家さんま、島田紳助など鶴瓶よりも後輩の落語家またはタレントは、「師匠」、「鶴瓶師匠」、「鶴瓶兄さん」と呼ぶ。 |
| ナインティナインの岡村隆史曰く、「悪べぇ」の由来は『めちゃ²イケてるッ!』と鶴瓶が出演していた番組の収録スタジオが隣同士であり、そこへ鶴瓶が訪れ、『めちゃイケ』出演者用のカレーライスを食べたうえに金で解決しようとしたことで、当時の岡村が「この人はものすごく悪い人や」と思ったことからであり、『ナインティナインのオールナイトニッポン』の人気コーナー「悪い人の夢」はこの出来事がきっかけで作られたコーナーである。 |
学生時代のエピソード
| 1969年(昭和44年)、頭のいい人間に対抗心を持っていたため、受験していない京都大学や、大阪大学の入試の合格発表に行き、落ちていそうな生徒の隣で「あった!」と合格したフリをして、胴上げされるという悪戯をする。 |
入門後
| 松鶴によって、高島屋大阪店ホール(現在はグランドホール)で行われた落語コンクールにエントリーされてしまった折は、入門前より学校などで披露していた『いらちの愛宕詣り』を覚え、その江戸版である「堀之内」(10代目桂文治の伸治時代のもの)の断片を交えつつ、古典落語なのにオートバイに乗った人物を登場させるなど、入門前より行っていたアレンジを適当に加えて演じた。 |
裸にまつわるエピソード
| 1975年、東京12チャンネル(現・テレビ東京)の「独占!男の時間」(生放送)で股間を露出したうえ、カメラに股間を押し付け、さらに社長の大事にしていた時価数百万円の錦鯉を踏み殺すという暴挙を働いた。 |
その他エピソード
| 日本テレビが「チャリティー番組」として放送している『24時間テレビ「愛は地球を救う」』への出演をビートたけし・明石家さんま・所ジョージ・井筒和幸などと同様、拒否している。 |
| 自身とIMALU(明石家さんまの長女)が司会を務めるTBS系『A-Studio』の2010年6月11日放送分に北野武がゲスト出演した際、北野に「TBSで、自分、鶴瓶、さんまで『32時間テレビ』をやろう」と持ちかけられた。 |
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1944年
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1951年
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笑福亭 鶴瓶(しょうふくてい つるべ)は、日... |
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