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つながりの強いひと
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義堂周信
南北朝時代から室町時代の臨済宗の僧である。「義堂」は道号、「周信」は法名であり、別に「空華道人」とも号する。 |
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夢窓疎石
鎌倉時代末から南北朝時代、室町時代初期にかけての臨済宗の禅僧。七朝帝師。父は佐々木朝綱、母は平政村(北条政村か?)の娘。 |
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建武
後漢の光武帝劉秀の治世に行われた最初の元号。25年-56年。建武32年(56年)は4月に改元され、建武中元元年となった。この元号は、漢王朝を再興した際に初め... |
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春屋妙葩
応長元年12月22日(1312年1月31日)-元中5年/嘉慶2年8月12日(1388年9月12日))は、室町時代の臨済宗の禅僧である。室町幕府の帰依を得て臨済宗相国寺の第二... |
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大内義弘
室町時代中期の周防国、長門国、石見国、和泉国、紀伊国の守護大名。 |
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足利義満
足利義満(あしかがよしみつ)は室町時代前期の室町幕府第3代将軍(在職1368年-1394年)である。父は第2代将軍足利義詮、母は側室の紀良子。封号は日本国王。... |
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京都五山
本年も五山送り火オリジナル絵はがき・扇子を発売するほか,五山送り火が図案化された線香を新たに発売します。この収益金は、五山送り火に対する補助金の一... |
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龍湫周沢
南北朝時代の臨済宗の僧。甲斐国恵林寺の第10代住持。俗姓は武田氏。諱は妙沢。咄哉とも号する。甲斐国の出身。臨済宗夢窓疎派の僧で、夢窓の法系を継ぐ。延... |
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南北朝時代
日本の歴史で、皇室が南北2つに分裂した時代である。 |
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如拙
南北朝時代から室町時代中期の画僧。道号は大巧(たいこう)。絶海中津(ぜっかいちゅうしん)が『老子』の「大巧は拙なるが如し」にちなんで名づけたという。 |
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国師
高僧に対して皇帝(朝廷)から贈られる諡号の1つであり、特に皇帝の師への尊称である。僧侶に贈られる諡号としては、他にも大師号、禅師号などがある。中国で... |
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足利尊氏
鎌倉時代後期から南北朝時代の武将。室町幕府の初代征夷大将軍(在職:1338年-1358年)。足利将軍家の祖。 |
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後醍醐天皇
第96代天皇(在位:文保2年2月26日(1318年3月29日)-延元4年/暦応2年8月15日(1339年9月18日))。諱は尊治(たかはる)。 |
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横川景三
室町時代中期から後期にかけての禅僧(臨済宗)。後期五山文学の代表的人物。室町幕府8代将軍足利義政の側近、外交・文芸顧問。横川は道号で、法諱が景三。他... |
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雪村友梅
鎌倉時代末から南北朝時代にかけての臨済宗の禅僧である。 |
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快川紹喜
戦国時代、安土桃山時代の臨済宗の僧。俗姓は土岐氏で、美濃国の出身。諱は紹喜。字は快川。 |
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細川頼之
南北朝時代から室町時代初期にかけての武将、政治家。室町幕府管領。細川氏の本家京兆家の当主。幼名は弥九郎。はじめ武蔵守、後に相模守。足利氏の一門であ... |
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虎関師錬
鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての臨済宗の僧。諱は師錬、字は虎関。父は藤原左金吾校尉で、母は源氏。一説に玄恵と兄弟とする。京都の出身。諡号は本覚... |
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杜牧
杜牧(とぼく、803年(貞元19年)-853年(大中6年))は中国、晩唐期の詩人。京兆府万年県(現陝西省西安市)の人。字(あざな)は牧之。号は樊川。晩唐の繊... |
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プロフィール
絶海中津(ぜっかいちゅうしん、 建武元年11月13日(1334年12月9日)-応永12年4月5日(1405年5月3日))は、 南北朝時代から室町時代前期にかけての禅僧。道号は絶海のほかに要関、堅子、蕉堅道人など多数ある。
経歴
| 建武元年(1334年)11月13日、土佐国高岡郡津野(高知県高岡郡津野町)を支配していた豪族・津野氏の一族として生まれる。 |
| 義堂周信とは同郷である。 |
| 貞和4年/正平3年(1348年)に上洛して天竜寺に入った。 |
| 観応元年/正平5年(1350年)に剃髪する。 |
| そして翌年に師匠である夢窓疎石が死去するまでは、その側に仕えたと言われる。 |
| 疎石死後の文和2年/正平8年(1353年)に建仁寺の竜山徳見のもとへ赴き、同じく徳見の門下にあった義堂周信と共に教えを受けた。 |
| しかし翌年に徳見が南禅寺に移ったため、新たに赴任してきた大林善育のもとで教えを受け、そのもとで湯薬侍者を務めた。 |
| それから10年後の貞治3年/正平19年(1364年)に鎌倉へ赴き、そこで建長寺の青山慈永のもとに入った。 |
| そこでは蔵主・焼香侍者を務めた。 |
| 翌年5月に同郷の周信が相模の善福寺に入院しようとしたときには、その衣鉢侍者を務めている。 |
| 応安元年/正平23年(1368年)2月には明に渡海し、杭州の中天竺寺に入った。 |
| その後も霊隠寺、護聖万寿寺などに赴いて用貞輔良ら明の高僧らと出会い、これらの教えを受けた。 |
| 洪武9年(1376年)には明の太祖である洪武帝(朱元璋)から謁見を許されている。 |
| 洪武11年(1378年)に日本に帰国した。 |
| この明への渡海により、絶海中津は多くの高僧らと出会ったことで、俗的詩文の風と四六文の技法を身につけたと言われている。 |
| また、このような明への渡海は、かつての師匠である疎石と同じく、日本における政治家や武将たちからも一目を置かれる存在として見なされるようになった。 |
| 帰国後は天竜寺の性海霊見のもとに身を寄せ、康暦2年/天授6年(1380年)には建仁寺にいた義堂周信と再び会見する。 |
| 同年、播磨守護として勢威を振るう赤松則祐より播磨法雲寺の住持として招聘されたが、中津はこれを謝絶して則祐には汝霖良佐を推挙し、自らは甲斐慧林寺に赴任することにしたのである。 |
| 永徳2年/弘和2年(1382年)に将軍・足利義満より上洛を命じられ、翌年9月に上洛する。 |
| 義満は安聖院(中陰道場)を鹿苑院と改めて、そこに中津を住持として赴任させた。 |
| しかし中津は義満と次第に対立し、至徳元年/元中元年(1384年)6月に摂津に退去した。 |
| さらに義満の追跡を受けたため、翌年4月には有馬温泉にある牛隠庵に逃れている。 |
| しかし同年7月、細川頼之の招聘を受けて讃岐に渡り、そこで宝海寺を開いた。 |
| また、このときに師匠・疎石の遺跡といわれる土佐の吸江庵を再興している。 |
| 至徳3年/元中3年(1386年)2月、義満は中津を許した上で再びの上洛を命じる。 |
| 同年3月に義満と謁見した中津は、等持寺に入った。 |
| 明徳2年/元中8年(1391年)には北山等持院に移り、翌年10月には相国寺住持となり、応永元年(1394年)には等持院に再び戻った。 |
| これら一連の激しい動きは、明徳の乱などの戦乱や義満との対立が原因とも言われている。 |
| 応永元年9月に相国寺が焼失すると、その復旧に努めた。 |
| その功績から応永4年(1397年)2月に再び相国寺の住持として再任されるが、翌年には辞して鹿苑院院主、そして僧録となる。 |
| 応永6年(1399年)に起きた応永の乱においては、将軍義満に反旗を翻した大内義弘の陣へ義満の命を受けて説得に赴いている。 |
| 応永11年(1404年)に辞して隠退し、応永12年(1405年)4月5日に死去した。 |
評価
| 足利義満・足利義持などの二代の将軍をはじめ、多くの有力な守護大名、また朝廷においても伏見宮栄仁親王らの帰依を受けた人物で、その存在は当時の仏教界でも大きく、周信と並んで臨済宗夢窓派の発展に寄与したということで評価は高い。 |
| 後小松天皇や称光天皇らも中津に帰依した人物の一人であり、その死後に前者は仏智広照国師、後者は聖国師という勅命による追贈を行なった。 |
| また、『絶海和尚語録』や『蕉堅稿』(詩文集)などの著作が伝わっている。 |
文献
| 『絶海語録 (1.2)』 梶谷宗忍訳注、思文閣出版、1976年 。 |
| 寺田透 『義堂周信 絶海中津』 <日本詩人選24>筑摩書房、1977年。 |
| 玉村竹二訳注 『日本の禅語録八.五山詩僧』 講談社、1978年。 |
| 入矢義高校注 『五山文学集』 <新日本古典文学大系48>岩波書店 1990年。 |
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1348年
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上洛して天竜寺に入った |
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1353年
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建仁寺の竜山徳見のもとへ赴き、同じく徳見の... |
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