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織田頼長

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織田長益
安土桃山時代から江戸時代初期の大名・茶人。織田信長の実弟。長益系織田家嫡流初代。織田信秀の十一男で、通称は源五(あるいは源五郎)。有楽斎如庵(うら...
織田長好 息子
江戸時代初期の武士。織田頼長の長男で、織田信長の大甥に当たる。幼名は猿。通称は三五郎。元和6年(1620年)9月20日、父頼長が39歳で死去し、その翌年の元...
織田貞置
織田貞置(おださだおき、元和3年(1617年)-宝永2年6月2日(1705年7月22日))は江戸時代初期の武士で茶人。織田信貞の次男。織田信長の孫。幼名は出来丸。...
織田長政
織田長政 【おだ-ながまさ】 1件の用語解説(織田長政で検索) Tweet デジタル版 日本人名大辞典+Plus の解説 織田長政 おだ-ながまさ &nbsp...
織田尚長
大和柳本藩の初代藩主。尚長流織田家初代。織田信長の弟・織田長益の五男。正室はなし(一説には持明院氏ともいう)。子は織田長種(長男)、娘(坊城俊完室...
織田貞幹
織田信長の9男織田信貞の長男であったものの、病弱のため、弟貞置に家督を譲った。貞幹は叔父貞置の養子となった。養父貞置から茶道の有楽流を学んだ。後に尾...
一条昭良
江戸時代前期の公卿。妻は織田頼長の娘。子に一条教輔(長男)、醍醐冬基(次男)。後陽成天皇の第九皇子として生まれる。幼称は九宮。母は中和門院近衛前子...
後陽成天皇
安土桃山時代から江戸時代初期の第107代天皇(在位:天正14年11月7日(1586年12月17日)-慶長16年3月27日(1611年5月9日))。諱を和仁(かずひと)といい後...
豊臣秀頼
日本の安土桃山時代から江戸時代前期にかけての大名。天下人。豊臣秀吉の次男。母は側室の茶々(淀殿)。子は側室和期の方(名は伊茶。渡辺氏)との間に国松...
織田信秀
清洲の守護代家と岩倉城の織田伊勢守(いせのかみ)が互いに尾張半国を支配し勢力を競っていた。その間に三奉行の力が強くなり、信秀はやがて主家をしのぎ、...
プロフィール
  • 織田頼長とは
織田頼長(おだよりなが、天正10年(1582年)-元和6年9月20日(1620年10月15日))は、安土桃山時代から江戸時代初期の武将。織田長益(有楽斎)の次男。生母は長益正室の平手政秀の娘・雲仙院殿。そのため、長益の嫡子であったと考えられる。別名は秀信。通称は孫十郎、左門、雲正寺道八。官位は従四位下侍従。父・長益とともに豊臣秀頼に仕えた。慶長13年(1608年)1月、秀頼の命により年賀の使者として江戸におもむく。慶長14年(1609年)7月、公家猪熊教利の逃亡を助けて処罰され、浪人になったようである。大坂冬の陣に ...
1608年 秀頼の命により年賀の使者として江戸におもむく
1614年 大坂冬の陣に際しては長益とともに大坂城に籠...
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