| 巨人の地方試合で実況を担当すると、その地方の方言で実況したこともあった(例:大阪ドーム→関西弁、福岡ドーム→博多弁、長崎→長崎弁)。 |
| 日本テレビ所属のアナウンサーで、なおかつ巨人戦の実況を担当していることから巨人ファンと思われがちだが、本人は広島東洋カープのファンだと語っている。 |
| 幼少の頃、初めてのプロ野球観戦が広島対中日の試合で、広島が勝利して以来のファンだという。 |
| 広島優勝決定試合の実況は、広島テレビの長野正実アナウンサーに「私にやらせて欲しい」と懇願し、広島の日本シリーズの実況をできたら「アナウンサーをやめてもいい」とも言っていた。 |
| しかし、東京ドームでの巨人対中日の試合で、中日の井端弘和選手がファインプレーをした際に「敵ながらあっぱれ」という発言をしたことがある。 |
| また野球中継において、サヨナラホームランの時に「グッバイ」と実況したのは有名な話である(1996年8月16日の巨人対ヤクルト戦で仁志敏久(元:巨人→横浜)が延長12回裏に記録。 |
| この試合は斉藤雅樹が先発で12回を完投し、通算150勝目を達成した試合でもある。 |
| この他にも打った瞬間ホームランとわかる打球でも絶叫してしまうことがあった。 |
| 『TVおじゃマンボウ』の巨人戦予告では、オカマキャラでアナウンスするなど毎回ウケを狙った濃いキャラクターを出していた。 |
| 巨人のシーズン開幕戦の実況を2002年から5年連続で務めたことがある(いずれも開催は東京ドーム)。 |
| このうち対阪神との開幕戦の実況を2度務めている2002年、2004年。 |
| 残りの3回は2003年=対中日、2005年=対広島2-1と巨人リードで迎えた9回表、クローザーとして登場したダン・ミセリがグレッグ・ラロッカ(現:オリックス)と緒方孝市にホームランを打たれ、逆転負け。 |
| 結局ミセリはこれが尾を引き、次の横浜戦(横浜スタジアム)でもリリーフに失敗し、そのまま解雇という結果になってしまった。 |
| 、2006年=対横浜。 |
| ちなみにこの期間の巨人の開幕投手はすべて上原浩治である(船越が実況を務めた開幕戦での巨人の成績は1勝4敗)。 |
| また、日本シリーズの実況は、2002年の巨人対西武第1戦(東京ドーム)と、2003年のダイエー対阪神第2戦(福岡ドーム)の2回担当した。 |
| 箱根駅伝の中継ではセンター実況から中継車、中継所まですべて経験している。 |
| 2006年3月20日には、野球の国別対抗戦として開催した第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の決勝戦・を実況、日本優勝という記念すべきシーンに立ち会う。 |
| その後のシャンパンファイトも実況した。 |
| 2006年3月4日に行われた、WBCのアジアラウンドにおいて、台湾代表・林威助(りん・うぇいつう=阪神タイガース)を「りん・うえんつ」と呼び続けていた。 |
| 2000年9月14日に行われた男子サッカー競技の日本対南アフリカ戦の実況アナウンスを船越が担当したが、日本の高原直泰が前半ロスタイムと後半にゴールを決めた際、興奮して「ゴルゴルゴルゴルゴールゴールゴールゴールゴールゴール」と30回近く、2点で計約60回もゴールを連呼し、視聴者の反感を買った。 |
| 船越とこの中継を放送していた日本テレビに対して非難が集中し、視聴者からの投稿を掲載している読売新聞の放送塔には「そんなに目立ちたいのか」といった煩悩を持ったアナウンスに対する批判意見が多く寄せられ、さらにはスポーツ新聞などにも同様の内容を含めた記事が大きく取り上げられた。 |
| また、この放送はNHKもBS1で同時放送をしており、NHKのアナウンサーの実況と誤解した視聴者からの抗議がNHKにも寄せられた。 |
| この問題では、日本テレビを除く他局では試合終了後、再放送あるいは素材等としてこのシーンを放映する際、ゴール直後の船越の絶叫部分を削除、場内の歓声のみに編集して放映している。 |
| BS1で同時放送して苦情が殺到したNHKは、解説と実況を自局のもので入れ直す措置を取った。 |
| 一方日本テレビは、船越の絶叫を消さずに放送した上に、バラエティ番組などでは「すばらしい実況」をしたような扱いをした。 |
| また、『笑点』の大喜利で、この「ゴール」の実況音源を流し、それに基づいた出題があった。 |
| その他テレビ朝日が「スーパーJチャンネル」にて、船越が28回もゴールを連呼した録音素材を来日していた外国人にも聞かせていたのだが、あまりにも大興奮し過ぎる実況のせいなのか、大受けした人や逆にうるさく感じた人がいたりと結果は賛否両論だった。 |
| 2006年9月22日発売のフライデーが船越の「セクハラ事件」をスクープ。 |
| 本人がチーフアナウンサーから降格させられたという記事が掲載される。 |
| その後、同年12月1日付で、船越はコンプライアンス推進室に異動となった。 |