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つながりの強いひと
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樋口一葉
日本の小説家。東京生れ。本名は夏子、戸籍名は奈津。中島歌子に歌、古典を学び、半井桃水に小説を学ぶ。生活に苦しみながら、「たけくらべ」「にごりえ」「... |
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巌谷小波
明治、大正期の作家、児童文学者。本名は季雄(すえお)。別号に漣山人(さざなみさんじん)。東京麹町生まれ。 |
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巌本真理
ヴァイオリニスト。出生時の戸籍名は巖本メリー・エステル、後に巖本真理と改名。教育者巌本善治の長男である巌本荘民(まさひと)と、米国人マーグリトの間... |
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坪内逍遥
坪内逍遥(つぼうちしょうよう、旧字体:坪&x5167;逍遙、1859年6月22日(安政6年5月22日)-1935年(昭和10年)2月28日)は主に明治時代に活躍した日本の小説... |
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会津藩
陸奥国(後の岩代国)会津郡を中心に現在の福島県西部と新潟県の一部を治めた藩。藩庁は若松城(会津若松市)。最大版図は陸奥国北会津郡、耶麻郡、河沼郡、... |
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泉鏡花
明治後期から昭和初期にかけて活躍した小説家。戯曲や俳句も手がけた。本名、鏡太郎。金沢市下新町生れ。尾崎紅葉に師事した。『夜行巡査』『外科室』で評価... |
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木村曙
令嬢が父と争い、家出の果てに渡英してケンブリッジ大学の女子部を卒業し、さらに渡米してニューヨークで女工として働いた後、日本に帰国して工場を建て、殖... |
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北村透谷
日本の評論家・詩人。明治期に近代的な文芸評論をおこない、島崎藤村らに大きな影響を与えた。 |
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森鴎外
明治・大正期の小説家、評論家、翻訳家、劇作家、陸軍軍医(軍医総監=中将相当)、官僚(高等官一等)。位階勲等は従二位・勲一等・功三級・医学博士・文学... |
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中島湘煙
中島湘煙(なかじましょうえん、旧姓名:岸田俊子、女性、文久3年12月5日(1864年1月13日)-明治34年(1901年)5月25日)は明治時代の女権拡張運動家・作家で... |
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島崎藤村
日本の詩人、小説家。本名は島崎春樹(しまざきはるき)。信州木曾の中山道馬籠(現在の岐阜県中津川市)生れ。『文学界』に参加し、ロマン主義詩人として『... |
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渡辺温
日本の推理作家・幻想小説家。本名は同じ。渡辺伊太郎・渡辺ツネの三男、推理作家渡辺啓助の実弟。北海道谷好村(現・北斗市)生まれ。 |
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与謝野晶子
戦前日本の歌人、作家、思想家。大阪府堺市(現在の堺区)出身。旧姓;鳳(ほう)。戸籍名「志よう」。ペンネームの「晶子」の「晶」は、この「しよう」から... |
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清水紫琴
明治期の女性作家。出生届出は1868年1月。岡山県生まれ、本名は清水豊子、筆名はつゆ子。京都府立第一女学校卒。女権運動に活躍し、植木枝盛らと交わる。『女... |
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大塚楠緒子
大塚楠緒子(おおつかくすおこ/なおこ、1875年8月9日-1910年11月9日)は明治末に活躍した歌人、作家。美学者・大塚保治の妻。本名:大塚久寿雄。別名:久寿雄... |
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岡本かの子
大正、昭和期の小説家、歌人、仏教研究家。本名カノ。東京府東京市赤坂区(現東京都港区)青山南町生まれ。跡見女学校卒業。漫画家岡本一平と結婚し、芸術家... |
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尾崎紅葉
日本の小説家。本名、徳太郎。「縁山」「半可通人」「十千万堂」などの号も持つ。江戸生れ。帝国大学国文科中退。1885年(明治18年)、山田美妙らと硯友社を... |
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フランシス・ホジソン・バーネット
50万部を売り上げた。1888年『セーラ・クルー』(SaraCrewe)を発表、この作品は1905年に『小公女』(ALittlePrincess)と改題されて書き直された。1890年代... |
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プロフィール
- 若松賤子とは
- 生涯
- 雑誌への投稿(抄)
- 復刻
- 参考文献
- 関連サイト
若松賤子(わかまつしずこ)、1864年4月6日(元治元年3月1日)-1896年(明治29年)2月10日)は、教育家、翻訳家、作家。 巌本善治夫人。バーネットの『小公子』の名訳で知られる。
生涯
| 松川勝次郎正義の長女として、会津藩城下の阿弥陀町(現・会津若松市宮町)に生まれた。 |
| 『甲子』(かし)の名は干支に因む。 |
| 1歳のとき父正義は隠密となり、1868年(明治元年)の戊辰戦争は、母と甲子と妹美也(0歳)だけで耐えた。 |
| 正義は翌年、藩の移封先、斗南(現・むつ市)へ去り、母は1870年(明治3年)、会津で没した。 |
| 甲子は、若松に来ていた横浜の商人大川甚兵衛に見込まれて養女となり、1871年(7歳)、プロテスタントのメアリー・キダー(MaryE.Kidder)の英語塾(のちのフェリス女学院)に入ってアメリカ式の教育を受けた。 |
| 1877年、横浜海岸教会で、稲垣信より受洗した。 |
| 1881年(17歳)、フェリス女学院高等科を了え、母校の助教として教壇に立った。 |
| この頃に名乗った『島田』姓は、父の隠密時代の仮の姓という。 |
| 1883年(明治16年)、養父が亡くなり、1885年、上京していた勝次郎のもとへ復籍した。 |
| 既に肺結核を病んでいた。 |
| フェリスに講演に来た巌本善治と知り合い、1886年、彼の主宰の『女学雑誌』誌に、紀行文『旧き都のつと』と詩『木村鐙子を弔ふ英詩』を若松賤子名で掲載した。 |
| 若松は故郷、賤子は『神のしもべ』の意という。 |
| しづ・賤・某女・賤の女、なども用いた。 |
| 『甲子』も『嘉志子』と書いた。 |
| そして1889年(25歳)巌本と横浜海岸教会で結婚し、フェリスを退いて善治の『明治女学校』で教鞭を執った。 |
| 二人はのち清子・荘民・民子を得た。 |
| 50余篇の記事を女学雑誌に載せ、特に1890年から翌々年にかけて同誌に連載した『小公子』は森田思軒や坪内逍遥に激賞され、長く少年層に読み継がれた。 |
| 1894年(明治27年)(30歳)からは、英文誌『TheJapanEvangelist』(日本伝導新報)の婦人欄と児童欄を担当し、日本の行事や習慣の紹介を70余篇載せた。 |
| 家事と育児と執筆の中で、病は進んだ。 |
| 1896年2月、明治女学校が炎上した5日後に、心臓麻痺を起こして没した。 |
| 疎明墓地に葬った。 |
雑誌への投稿(抄)
| 『旧き都のつと』、女学雑誌(1886.5)。 |
| 『InMemoriam』(明治女学校初代校長木村鐙子を弔う詩)、女学雑誌(1886.10)。 |
| 『お向ふの離れ』、女学雑誌(1889.10)。 |
| 『すみれ』、女学雑誌(1889.10-12)。 |
| 『忘れ形見』(プロクター(AdelaideAnneProcter)の詩"TheSailorBoy"の翻案)、女学雑誌(1890.1-3)。 |
| テニソン:『イナック・アーデン』、女学雑誌(1890.1-3)。 |
| バーネット:『小公子』、女学雑誌(1890.8-1892.1)。 |
| 『我宿の花』、女学雑誌(1892.3-1893.2)。 |
| 『人さまざま』、女学雑誌(1892.6.8)。 |
| ディケンズ:『雛嫁』(『デイヴィッド・コパフィールド』の部分訳)、国民の友(1892.8)。 |
| インジロー(JeanIngelow):『ローレンス』、女学雑誌(1893.1-3)。 |
| 『セイラ・クルーの話』、少年園(1893.9-1894.4)。 |
| 『ストウ女子小説の一節大学に入らんとして伯父を訪ふ』、評論(1893.9)。 |
| ウィギン:『いわひ歌』(クリスマスの天使)、女学雑誌(1893.9-12)。 |
| 『波のまにまに』、評論(1893.11.12)。 |
| 『ThinkingofourSisterbeyondthegreatsea』(海外のシスターを思う)、TheJapanEvangelist(1894.6)。 |
| 『おもひで』(絶筆)、少年世界(1896.1-3)。 |
復刻
| 比較的新しい分に限った。 |
| 『お向ふの離れ』:(筑摩書房:『現代日本文学大系5』、筑摩書房(1972))に収録。 |
| 巌本善治編:『巌本嘉志子英文遺稿集』、龍渓書舎(1982)。 |
| 『女学雑誌』復刻版、臨川書店(1984)。 |
| 『小公子』:岩波文庫第30刷(1994)。 |
| 尾崎るみ編:『若松賤子創作童話全集』(『ひろひ児』『林のぬし』『黄金機会』『鼻で鱒を釣つた話(実事)』『犬つくをどり』『病める母と二才の小悴』『砂糖のかくしどこ』『海底電信の話』『たんぽぽ』『鳥のはなし』『邪推深き後家』『水銀のはなし』『栄公の誕生日』『みとり』『着物の生る木』『猫徳』『小遣ひ帳』『玉とお染さん』『三ツ宛』『おもひで』)久山社日本児童文化史叢書4(1995)ISBN9784906563647。 |
| 川戸道昭・榊原貴教編:『明治の女流文学1翻訳編若松賤子集』(ロングフェロー:『世渡りの歌』、プロクター:『まどふこゝろの歌』『優しき姫の物語』『忘れ形見』『わが宿の花』、テニソン:『イナック・アーデン物語』『おうな』、ディケンズ:『雛嫁』、インジロー:『ローレンス』『淋しき岩の話』、ウィギン:『いわひ歌』、作者不詳:『人さまざま』『黄金機会』『アンセルモ物語』『勇士最後の手帋』)、五月書房明治文学復刻叢書(2000)ISBN9784772703253。 |
| 『セイラ・クルーの話』:「川戸道昭、榊原貴教編:『明治翻訳文学全集』新聞雑誌編21』、大空社(2000)」所収。 |
参考文献
| 昭和女子大学近代文学研究室:『近代文学研究叢書第2巻』、昭和女子大学光葉会(1956)。 |
| 石丸久編:『年譜若松賤子』(筑摩書房明治文学全集32女学雑誌・文学界集(1973)の巻末)。 |
| 滑川道夫編:『作品による日本児童文学史1明治大正期、2昭和前期、3昭和後期』牧書店(1968-1972)。 |
| 日本児童文学学会編:『児童文学事典』、東京書籍(1988)ISBN4487731917。 |
| 尾崎るみ著:『若松賤子黎明期を駆け抜けた女性』、港の人(2007) ISBN9784896291780。 |
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1864年
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若松 賤子(わかまつ しずこ)、(元治元年3... |
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1877年
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横浜海岸教会で、稲垣信より受洗した |
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