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つながりの強いひと
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渡辺綱
先祖
平安時代中期の武将。源宛の子。嵯峨源氏の源融の子孫で、正式な名のりは源綱(みなもとのつな)。通称は渡辺源次。頼光四天王の筆頭として知られる。 |
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酒呑童子
京都と丹波国の国境の大枝(老の坂)に住んでいたとされる鬼の頭領である。他の呼び名として、酒顛童子、酒天童子、朱点童子と書くこともある。彼が本拠とし... |
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源頼光
平安時代中期の武将。父は鎮守府将軍源満仲、母は嵯峨源氏の近江守源俊女。諱は俗に「らいこう」とも呼ばれる。満仲の長子で清和源氏の3代目。満仲が初めて武... |
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卜部季武
卜部季武(うらべのすえたけ、天暦4年(950年)?-治安2年(1022年)?)は平安時代中期の武将。正式な名のりは平季武(たいら・の・すえたけ)。源頼光に仕え、... |
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碓井貞光
碓井貞光(うすいさだみつ)は平安時代中期の武将、武士。平姓とも橘姓とも云われる。生まれは碓氷峠付近とする説と相模国とする説がある。源頼光に仕え、渡... |
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川端康成
日本の小説家。大阪府大阪市北区此花町(現在の天神橋付近)生れ。東京帝国大学文学部国文学科卒業。横光利一らと共に『文藝時代』を創刊し、新感覚派の代表... |
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鬼女
日本の伝承における女性の鬼。一般には人間の女性が宿業や怨念によって鬼と化したものとされ、中でも若い女性を鬼女といい、老婆姿のものを鬼婆という。日本... |
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長唄
近世邦楽の一ジャンル、三味線音楽の一ジャンル、江戸の音曲の一つであり、正式名称は江戸長唄(えどながうた)という。またこれとは別に、地歌の一分類とし... |
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藤原保昌
平安時代中期の公家。藤原南家巨勢磨流の一族、右馬権頭藤原致忠の子。弟に盗賊として名高い藤原保輔がいる。摂津守となり同国平井に住したことから平井保昌... |
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熊童子
熊童子(クマドウジ)
[植物名] 熊童子(クマドウジ)
[属名] コチレドン属
[特徴] 木立ち・分枝
[サイズ] 2.5寸鉢
【多肉植物とは】
葉や茎、根... |
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河竹黙阿弥
江戸時代幕末から明治にかけて活躍した歌舞伎狂言作者。本名は吉村芳三郎(よしむらよしさぶろう)。俳名は其水。別名に古河黙阿弥(ふるかわもくあみ)。江... |
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雪女
雪の妖怪。「ユキムスメ」、「ユキオナゴ」、「ユキジョロウ(雪女郎)」、「ユキアネサ」、「雪オンバ」、「雪ンバ」(愛媛)、「雪降り婆」とも呼ばれる。... |
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鬼童丸
鎌倉時代の説話集『古今著聞集』などに登場する鬼。 |
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坂田金時
坂田 金時さんのプロフィール ニックネーム 坂田 金時 職業 / 学校
(同じ人は?) フリーター 住んでいるところ
(同じ人は?) 東京都 性別 ... |
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御伽草子
室町時代から江戸時代にかけて成立した、短編の絵入り物語、およびそれらの形式。広義に室町時代を中心とした中世小説全般を指すこともある。お伽草子、おと... |
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三木眞一郎
日本の男性声優。81プロデュース所属。東京都出身。血液型はAB型。身長180cm、体重60kg。 |
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源義経
1966年1月2日~12月25日にNHKで放送された4作目の大河ドラマ。 |
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平井保昌
平井保昌は源頼光につかえた武士で「一人武者」とよばれ、渡辺綱(わたなべのつな)や坂田金時(さかたのきんとき)などの「四天王」とともに世に知られた人... |
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伊吹童子
紹介 酒呑童子、伊吹童子、悪路王などの鬼の正体とは何だったのか──。桃太郎と鬼、浦島太郎や金太郎などのおとぎ話の原像、ヤマトタケル、義経・弁慶、曽我兄... |
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坂田公時
デジタル版 日本人名大辞典+Plus の解説 坂田公時 さかたの-きんとき   ?-? 平安時代 中期 の 武人 。 源頼光(よりみつ)(948-1021)の郎等で「頼光(らい... |
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プロフィール
- 茨木童子とは
- 越後説
- 摂津説
- 大江山の鬼退治
- 渡辺綱と茨木童子の戦い
- 一条戻橋
- 羅生門
- 茨木童子のその後
- 酒呑童子との関係
- 関連サイト
茨木童子(いばらきどうじ)は、平安時代に大江山を本拠に京都を荒らし回ったとされる「鬼」の一人。 酒呑童子(しゅてんどうじ)の最も重要な家来であった。出生地には、摂津国(大阪府茨木市水尾、または兵庫県尼崎市富松)という説と、越後国(新潟県旧栃尾市、現在の長岡市の軽井沢集落)という説がある。生まれた頃から歯が生え揃っていた、巨体であったなど周囲から恐れられ、鬼と化した後は 酒呑童子と出会い舎弟となり、共に京を目指した。 酒呑童子一味は大江山(丹波国にあったとされるが、現在の京都市と亀岡市の境にある大枝山という ...
越後説
| 茨木童子は酒呑童子と同じく越後出身との説がある。 |
| 酒呑童子は蒲原郡の砂子塚(現・新潟県分水町砂子塚)生まれで国上寺の稚児だったが、茨木童子は古志郡の山奥の軽井沢(現・新潟県長岡市軽井沢)の生まれでやはり弥彦神社に預けられていた。 |
| 同地には酒呑童子と茨木童子が相撲を取った場所があり、茨木童子を祀る祠がある。 |
| またこの地区は「茨木」姓が多く、茨木姓の家では節分に豆をまかない習わしがあり、また家の屋根に破風を作るとその家では不良が出るので作らないという言い伝えがあるという。 |
| 美男子で知られ娘たちから山ほど恋文を送られていた外道丸こと酒呑童子同様、茨木童子も美少年として多くの女性に言い寄られ、将来を案じた母親に弥彦神社に送られることになった。 |
| ところがある時弥彦神社から実家に帰ると、母が行李の中に隠した「血塗の恋文」を見つけた。 |
| その血を指で一舐めするとたちどころに彼は形相が変わり鬼となり、梁をつたい破風を壊して逃げていった。 |
| そのころ外道丸こと酒呑童子は、恋文の返事が来ないと悲観して死んだ娘のことを聞き、読まなかった恋文の入ったつづらを開けてみると異様な煙が立ち昇って気を失い、気づくと鬼へと変わり果てて寺から逃げて悪の限りを尽くすようになっていた。 |
| 酒呑童子と意気投合した茨木童子は舎弟となり共に周囲の村々を襲っていたが、そのうわさを聞いた母が、彼の幼い頃の産着を着けて茨木童子の前に立つと、茨木童子は急に子供の頃の想い出が甦ったか、「二度とこの地を踏まぬ」と約束して、酒呑童子とともに信州戸隠などを経て京へと向かった。 |
摂津説
| 酒呑童子の出生地にはほかにも伊吹山麓など有力な説があるが、茨木童子の出生地についても兵庫県尼崎市や大阪府茨木市の説もあり、『摂津名所図会』・『摂陽研説』・『摂陽群談』などの資料ではこれらを採っている。 |
| 1701年刊行の『摂陽群談』では、摂津国の富松の里(現・兵庫県尼崎市)で生まれ、茨木の里(茨木市)に産着のまま捨てられていたところを酒呑童子に拾われ茨木の名をつけて養われたとある。 |
| また『摂陽研説』では、茨木童子は川邊郡留松村(富松と同じく尼崎市の一部)の土民の子であったが、生まれながらに牙が生え、髪が長く、眼光があって成人以上に力があったので、一族はこの子を怖れて島下郡茨木村の辺りに捨て、酒呑童子に拾われたという。 |
| 茨木市の伝承では、茨木童子は水尾村(現・茨木市)の生まれだが、16ヶ月の難産の末に生まれたときにはすでに歯が生え揃い、生まれてすぐに歩き出して、母の顔を見て鋭い目つきで笑ったため母はショックで亡くなった。 |
| 父は鬼のような赤子を持て余し、隣の茨木村の九頭神(くずがみ)の森近くにある髪結床屋の前に捨て、以後茨木童子は子のいなかった床屋夫妻の子として育った。 |
| 幼くして体格も力も大人を凌いだ童子を床屋も持て余したが、床屋の仕事を教えて落ち着かせることにした。 |
| ところがある日、童子はかみそりで客の顔を傷つけてしまい、あわてて指で血をぬぐったものの、指をきれいにしようと血をなめるとその味が癖になってしまい、以後わざと客の顔を傷つけては血をすするようになった。 |
| 床屋に怒られた童子は気落ちして近くの小川の橋にもたれてうつむいていると、水面に写る自分の顔がすっかり鬼になってしまっているのに気づき、床屋には帰らずに北の丹波の山に逃げ、やがて酒呑童子と出会い家来となったと言う。 |
| その橋は「茨木童子貌見橋(すがたみばし)」と呼ばれていたが現存せず、跡地に碑が立っている。 |
大江山の鬼退治
| 酒呑童子の一味による被害があまりにも大きく、源頼光が鬼退治に行くこととなり、配下の頼光四天王(渡辺綱・坂田金時・碓井貞光・卜部季武)や友人の藤原保昌ら、総勢五十数名とともに大江山に向かった。 |
| 山伏の姿になった一行はさまざまな人々の助けを得ながら、一晩の宿を求める振りをして酒呑童子の本拠にはいることに成功した。 |
| その晩は酒宴が盛り上がり、深夜、酔って動かなくなった酒呑童子の一味の鬼たちを頼光らは残らず退治した。 |
| ただし、茨木童子のみは渡辺綱と戦っていたところ、酒呑童子の討たれるのを見てこれはかなわないと退却し、唯一逃げるのに成功したという。 |
渡辺綱と茨木童子の戦い
| 渡辺綱と茨木童子の物語は。 |
| 『平家物語・劔巻』。 |
| 『前太平記』。 |
| 『源平盛衰記』。 |
| などに出てくるほか、。 |
| 『茨木』(歌舞伎)。 |
| 『戻橋』(歌舞伎)。 |
| 『羅生門』(能)。 |
| 『綱館』(長唄)。 |
| にも登場し、それぞれ細部が異なっている。 |
| おおむね、''「渡辺綱が茨木童子の腕を切り落とすが、茨木童子は腕を取り戻しに綱の元へやってくる」''というものである。 |
| また上記の伝承を元に木原敏江が1978年タイトル「大江山花伝」で漫画化、同作は1986年宝塚歌劇団雪組本公演で柴田侑宏脚色・演出で舞台化(茨木童子役は平みち)されたほか、島田まゆが1996年タイトル「IBARAGI茨木」で舞台を現代に移して、渡辺綱の子孫である高校生と茨木童子(この作品では女性である)のエピソードを創作している。 |
一条戻橋
| 茨木童子が出現するのは、堀川にかかる一条戻橋の上というパターン。 |
| 若い美女が道に困っていたため、渡辺綱が馬に乗せてやると、女は突然鬼の姿になって綱の髪の毛を掴み、空中に飛び上がって愛宕山に連れ去ろうとした。 |
| 綱は慌てず名刀・髭切で鬼の腕を切って難を逃れた。 |
| 綱は、切り取った鬼の腕を源頼光に見せた。 |
| 頼光が陰陽師(安倍晴明だとする話もある)に相談したところ、「必ず鬼が腕を取り返しにやって来るから、七日の間家に閉じこもり物忌みをし、その間は誰も家の中に入れないように」と言われた。 |
| それから数日間、茨木童子はあらゆる手を用いて綱の屋敷へ侵入しようとするが、綱の唱える仁王経や護符の力で入ることができなかった。 |
| ついに七日目の晩になって、摂津の国から綱の伯母・真柴(伯母ではなく養母が来るという話もある)が綱の屋敷にやってきた。 |
| 綱は事情を話し決して伯母を屋敷に入れなかったが、年老いた伯母は「幼いころ大切に育てた報いがこの仕打ちか」と嘆き悲しんだので綱は仕方なく言いつけを破って伯母を屋敷に入れる。 |
| ところが、この伯母は実は茨木童子の化けた姿だった。 |
| 伯母の姿のまま、綱が切り取ったと言う鬼の腕を見たいと言い、封印された唐櫃から出されてきた腕を手にとってじっくり見ていると、突然伯母は鬼の姿に戻った。 |
| そして腕を持ったまま飛び上がり、破風を破って空の彼方に消えたという。 |
羅生門
| 渡辺綱が茨木童子の腕を切り落とすのは羅生門という筋のものもある。 |
| 大江山の鬼退治が終わってしばらくした頃、源頼光以下四天王たちが集った酒宴の席で、近頃羅生門に鬼が出るという話になった。 |
| #ならばと全員で度胸試しに出かけると、綱の番になって門に入ると鬼に出会ってしまい、格闘の末、鬼の腕を切り落とした。 |
| #まさか鬼の生き残りがいるわけがないと思った綱が羅生門に行ってみると、そこには茨木童子(または美女にばけた茨木童子)がいて、やはり格闘の末、鬼の腕を切り落とした。 |
| その後、同様に茨木童子は姿を変え、腕を取り戻しに現れる。 |
茨木童子のその後
| 腕を取り戻した後の茨木童子の行方は定かではない。 |
| 摂津の民話では、しばしば実家に帰った話や、実家に帰ったが追い返された話などがある。 |
酒呑童子との関係
| 茨木童子とともに京都を荒らした大鬼、酒呑童子だが、実は彼らの関係も様々な諸説がある。 |
| その諸説の中に、実は茨木童子は“男の鬼ではなく、女の鬼だった”という説があり、または酒呑童子の息子、はては彼の恋人だったという説も伝わっている。 |
| そして、しばらくしてから酒呑童子と茨木童子は互いの存在を知り、共に都を目指すようになったといわれている。 |
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