| 福島県立安積高等学校、早稲田大学社会科学部卒業。 |
| 早大在学中から徳永正利参議院議員(のち第14代参議院議長)の公設第二秘書を務める。 |
| 1987年、29歳の誕生日直前にで福島県議会議員選挙に出馬し、得票数トップで初当選する。 |
| 20代での当選は、福島県では26年ぶりの出来事であった。 |
| 1990年、福島県議を任期途中で辞職し、第39回衆議院議員総選挙に旧福島県第2区(定数5)から無所属で出馬したが、全立候補者9人中、得票数8位で惨敗する。 |
| 1993年、第40回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で旧福島2区から再度出馬し、得票数は最下位の5位ながら初当選を果たした(後に小選挙区で議席を争う玄葉光一郎も無所属で出馬し、得票数3位で当選)。 |
| 早大雄弁会の大先輩三塚博が領袖で同じく同先輩自民党幹事長森喜朗が会長代行の清和研属し派内の93年初当選同期生に安倍晋三・小野晋也ら。 |
| 1995年自民党総裁選で小泉純一郎選対の中核となった。 |
| 1996年の第41回衆議院議員総選挙では、小選挙区比例代表並立制導入に伴い福島県第3区から出馬し、旧民主党の玄葉光一郎を3,533票差で破り再選(玄葉も比例復活)。 |
| 2000年の第42回衆議院議員総選挙では、コスタリカ方式により比例東北ブロックから出馬し3選。 |
| 福島3区からは、旧福島2区のライバルだった河本派穂積良行が出馬したが、玄葉光一郎に敗れた。 |
| 同年、衆議院議事進行係に就任。 |
| 2年弱無派閥だったが志帥会入会。 |
| 2003年自由民主党総裁選挙で所属派閥の会長代行・次期会長亀井静香推薦人、第43回衆議院議員総選挙では福島3区から出馬するが、玄葉に2万票弱の大差をつけられ、落選。 |
| しかし自民党幹事長たる安倍の計らいで翌2004年の第20回参議院議員通常選挙に亀井と親交深い徳田虎雄が党首たる自由連合が公選法上の政党要件満たしながら一切候補擁立しない比例区から自民党新人として出馬し、返り咲きを果たした。 |
| 2005年の郵政国会では、参議院で率先して郵政民営化法案成立反対を主張。 |
| 中曽根弘文や鴻池祥肇ら自民党内のベテランも反対に回ったため参院で法案は否決されたものの、参院での否決を受け小泉純一郎首相はただちに衆議院を解散。 |
| 荒井は新党日本の結党に参加し、同党幹事長に就任した。 |
| 新党日本からは、衆議院での郵政民営化法案の採決で造反し、反対票を投じたために自民党の公認を得られなかった小林興起(東京都第10区)、滝実(奈良県第2区)、青山丘(比例東海ブロック)らが出馬したが、奈良2区の滝が比例近畿ブロックで復活したのみで、他の候補者は全員落選した。 |
| 10月、自民党から除名処分を受ける。 |
| 2006年9月26日、小泉純一郎首相の退陣に伴う首班指名選挙では、統一会派を組む国民新党の綿貫民輔代表ではなく、自民党総裁に選出されたばかりの安倍に投票。 |
| 新党日本は、党首の田中康夫が当時は国会議員でなかったため首班指名に関しては自主投票を決定していたが、荒井の安倍への投票を国民新党側が問題視し、結局統一会派を両院で解消した。 |
| なお、衆院の滝実は綿貫に投票した。 |
| 第21回参議院議員通常選挙を目前に控えた2007年7月、荒井、滝の2名は新党日本のマニフェストを党首の田中康夫が役員会での議決を経ずに独断で改定し、特に日本国憲法第9条に関する部分について議論が尽くされなかった点を批判。 |
| 田中による党の私物化を非難し、新党日本の解党を要求したが、田中がこれを拒絶したため、荒井は記者会見で新党日本の「解党」を宣言した。 |
| 以後、改革クラブに参加するまでは無所属であった。 |
| なお、党幹事長である荒井が「解党」を宣言したものの新党日本は存続し、第21回参議院議員通常選挙での得票により、政党助成金も受け取るための政党要件をクリアした。 |
| 参院選終了後の8月、統一会派「自由民主党・無所属の会」を結成。 |
| 滝実はこれに加わらず、第45回衆議院議員総選挙に向け、奈良県第2区で民主党の公認を受けた。 |
| 2007年12月に参議院本会議で採決が行われた郵政民営化見直し法案には反対票を投じた。 |
| 2008年8月、民主党を離党した渡辺秀央元郵政大臣を党首に改革クラブを結党し、同党幹事長に就任。 |
| 当初参加を予定していた姫井由美子が菅直人らの説得を受けて新党への参加を取り止めたため、9月に西村眞悟が入党するまで改革クラブは政党要件をクリアできなかった。 |
| 2009年の第45回衆議院議員総選挙で西村が落選し、政党助成金を受け取るのに必要な全体の2%以上の票を獲得できず政党要件を失うが、無所属の中村喜四郎の入党により、再度政党要件をクリアした。 |
| 2010年4月、自民党を離党した舛添要一、矢野哲朗、小池正勝が加わる形で、改革クラブは新党改革に改称。 |
| なお舛添らの入党に反発した中村喜四郎、大江康弘は離党した。 |
| 同年7月、第22回参議院議員通常選挙に比例区から出馬し、再選。 |
| 安倍とは清和研新人候補時代からの親友、現在も安倍会長率いる創生日本会員。 |