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藤原行成
平安時代中期の廷臣。藤原北家、右少将・藤原義孝の長男。官位は正二位・権大納言。一条朝四納言の一。世尊寺家の祖。当代の能書家として三蹟の一人に数えら... |
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小野道風
平安時代の貴族・能書家。参議・小野篁の孫で、大宰大弐・小野葛絃の子。藤原純友討伐に功を成した公卿・小野好古は実兄。官位は正四位下・内蔵頭。「三蹟」... |
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三筆
日本の書道史上の能書のうちで最もすぐれた3人の並称であり、平安時代初期の空海・橘逸勢・嵯峨天皇の3人を嚆矢とする。その他、三筆と尊称される能書は以下... |
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藤原実頼
平安時代中期の公卿。藤原北家、摂政関白太政大臣・藤原忠平の長男。母は宇多天皇の皇女源順子。幼名は牛養(うしかい)。小野宮殿と称す。漢風諡号は清慎公... |
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三跡
書道の大御所三人のこと。三筆は各時代にいるが、この三跡ほどの影響を後世まで与えた人物はいない。字は三蹟とも表記する。また、入木道の三蹟(じゅぼくど... |
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藤原敦敏
父
藤原敦敏(ふじわらのあつとし、延喜18年(918年)-天暦元年11月17日(947年12月31日))は平安時代中期の貴族。藤原北家、摂政太政大臣・藤原実頼の嫡男。三... |
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藤原公任
平安時代中期の公卿・歌人。藤原北家小野宮流、関白太政大臣藤原頼忠の長男。官位は正二位・権大納言。四条大納言と号す。 |
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橘逸勢
平安時代の書家・官人。橘奈良麻呂の子で右中弁を務めた橘入居の末子。嵯峨天皇皇后・橘嘉智子、右大臣橘氏公はいとこにあたる。官位は従五位下・但馬権守、... |
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藤原道長
藤原道長(ふじわらのみちなが)は平安時代中期の公卿。従一位・摂政・太政大臣・准三后。京都生まれ。藤原兼家の五男(四男という説もある)で、母は摂津守... |
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藤原定家
鎌倉時代初期の公家・歌人。諱は「ていか」と有職読みされることが多い。藤原北家御子左流で藤原俊成の二男。最終官位は正二位権中納言。京極殿または京極中... |
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小野篁
平安時代前期の官人、学者、歌人。参議小野岑守の子。官位は従三位・参議。異名は「野相公」「野宰相」、その反骨精神から「野狂」とも。 |
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後醍醐天皇
第96代天皇(在位:文保2年2月26日(1318年3月29日)-延元4年/暦応2年8月15日(1339年9月18日))。諱は尊治(たかはる)。 |
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花園天皇
花園天皇(はなぞのてんのう、永仁5年7月25日(1297年8月14日)-貞和4年/正平3年11月11日(1348年12月2日))は鎌倉時代の第95代天皇(在位:延慶元年11月16... |
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紀貫之
平安時代前期の歌人。『古今和歌集』の選者のひとり。また三十六歌仙のひとりでもある。紀友則は従兄弟にあたる。 |
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藤原実資
平安時代の公卿。藤原北家小野宮流、参議・藤原斉敏の四男。後に祖父・実頼の養子となる。幼名は大学丸。小野宮を号す。藤原北家嫡流の小野宮流の膨大な家領... |
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嵯峨天皇
日本の第52代天皇(在位:大同4年4月1日(809年5月8日)-弘仁14年4月16日(823年5月29日))。諱は神野(かみの)。 |
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花押
署名の代わりに使用される記号・符号をいう。元々は、文書へ自らの名を普通に自署していたものが、署名者本人と他者とを明確に区別するため、次第に自署が図... |
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藤原家隆
●藤原家隆塚
藤原定家とともに「新古今和歌集」を編纂した藤原家隆の庵(夕日庵:せきようあん)があったとされています。 ●口縄... |
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後水尾天皇
後水尾天皇(ごみずのおてんのう、慶長元年6月4日(1596年6月29日)-延宝8年8月19日(1680年9月11日))は第108代天皇(在位:慶長16年3月27日(1611年5月9日... |
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プロフィール
藤原佐理(ふじわらのすけまさ/さり、天慶7年(944年)-長徳4年7月25日(998年8月19日)は、平安中期の能書家・公卿。藤原北家小野宮流、太政大臣・ 藤原実頼の孫、左近衛少将・ 藤原敦敏の子。官位は正三位・参議。
経歴
| 右近衛少将、参議、兵部卿、大宰大弐などを歴任し、正三位に至る。 |
| 早くより能書で知られ草書の第一人者としての評価も高く、円融、花山、一条の3天皇の大嘗会の屏風の色紙形の筆者としても活躍した。 |
| 小野道風・藤原行成とともに三蹟の一人で、流麗で躍動感のある筆跡は「佐跡」と呼ばれる。 |
| 真跡として「詩懐紙」(しかいし、国宝)のほか、「離洛帖」(りらくじょう、国宝)などの書状数点がある。 |
| 佐理は大層酒を好んだが、それが為に不興を買うことも多かった。 |
| また、職務怠慢甚だしく、常識を欠く嫌いがあった。 |
| 『大鏡』に、「如泥人」(だらしのない人の意)とあるのはこの事を指していよう。 |
| 一方、『参議要抄』には『佐理参議抄(佐理抄)』なる書が引用されており、小野宮家の一員らしく、故実について一家言あったと思われる。 |
| また、『大鏡』では、太宰大弐の任期が終わり京都へ戻る途中に、夢の中で三島明神の懇願を受け佐理が神社の扁額を書いた話、当時の関白藤原道隆が東三条殿を造営した際、襖の色紙形に歌を書くように命じられたが、佐理が参上に遅れ道隆の機嫌を損ねた話、が語られている。 |
官歴
| 応和元年(961年)1月7日:従五位下。 |
| 11月3日:侍従。 |
| 応和2年(962年)8月7日:右兵衛権佐。 |
| 康保3年(966年)1月27日:右兵衛権少将。 |
| 康保4年(967年)1月24日:近江介。 |
| 10月17日:従五位上。 |
| 安和元年(968年)11月23日:正五位下。 |
| 安和2年(969年)9月2日:五位蔵人。 |
| 10月19日:右中弁。 |
| 天禄元年(970年)11月20日:従四位下。 |
| 天禄2年(971年)12月15日:左中弁。 |
| 天禄3年(972年)4月28日:内蔵頭 。 |
| 天延3年(975年)1月7日:従四位上。 |
| 10月5日:紀伊権守。 |
| 貞元2年(977年)7月8日:正四位下 。 |
| 天元元年(978年)10月17日:参議 。 |
| 天元2年(979年)1月29日:讃岐守。 |
| 天元4年(981年)10月4日:従三位を辞退(子の頼房が従五位下に叙爵)。 |
| 天元5年(982年)1月30日:伊予権守。 |
| 永観元年(983年)1月27日:勘解由長官。 |
| 永観2年(984年)1月29日:美作守。 |
| 8月9日:従三位。 |
| 永祚元年(989年)11月18日:勘解由長官辞任。 |
| 11月28日:播磨権守 。 |
| 正暦元年(990年)1月29日:兵部卿。 |
| 正暦2年(991年)1月27日:大宰大弐(参議・兵部卿辞任)。 |
| 4月26日:皇后宮権大夫。 |
| 正暦3年(992年)3月14日:正三位 。 |
| 正暦4年(993年):皇后宮権大夫辞任。 |
| 長徳元年(995年)10月18日:大宰大弐免職。 |
| 長徳3年(997年)4月5日:太皇太后宮権大夫 。 |
| 長徳4年(998年)1月25日:兵部卿 。 |
真蹟
| 詩懐紙(国宝)香川県立ミュージアム蔵-「懐紙」とは書道用語では漢詩、和歌などを一定の書式に則って書写したもののこと。 |
| 本作品は、平安時代の詩懐紙として現存唯一の貴重な作品。 |
| 書状(離洛帖)(国宝)畠山記念館蔵-正暦2年(991年)、佐理(当時48歳)が書いた書状で、内容は佐理が大宰大弐(だざいのだいに、大宰府の次官)に任命されて任地へ向かう旅の途上、摂政の藤原道隆に赴任のあいさつをしてくるのを忘れたことを思い出し、妹の息子である藤原誠信にあてて、道隆へのとりなしを依頼した侘び状である。 |
| スピード感のある草書体を駆使した個性的な書風が特色である。 |
| 書状(恩命帖)-三の丸尚蔵館蔵。 |
| 書状(女車帖・国申文帖)-書芸文化院蔵-天元5年(982年)4月、佐理が伊予権守在任中に関白藤原頼忠の家司であった藤原為雅を通じて藤原頼忠にあてた詫び状。 |
| 文書の処置を怠ったことに始まり、正月の大饗を頼忠よりも先に退出したこと、頼忠の娘である遵子が円融天皇の女御として入内する際の供奉を怠ったことを詫びている。 |
| 書状(去夏帖)。 |
| 書状(頭弁帖)(重要美術品重要美術品認定の官報告示は1940年9月27日)-ふくやま書道美術館蔵。 |
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