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藤原道兼

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藤原兼家
平安時代の公卿。従一位摂政・関白・太政大臣に昇る。藤原北家流の藤原師輔の3男で、母は藤原経邦の娘盛子。道隆、道兼、道長らの父。妻の一人に『蜻蛉日記』...
藤原道長
藤原道長(ふじわらのみちなが)は平安時代中期の公卿。従一位・摂政・太政大臣・准三后。京都生まれ。藤原兼家の五男(四男という説もある)で、母は摂津守...
藤原道隆
平安時代中期の公卿。藤原北家、摂政関白太政大臣・藤原兼家の長男。官位は従一位・摂政関白内大臣。中関白(なかのかんぱく)と称する。花山天皇退位事件で...
一条天皇
平安時代中期の第66代天皇(在位:寛和2年6月23日(986年7月31日)-寛弘8年6月13日(1011年7月16日))。諱は懐仁(やすひと)。
花山天皇
日本(平安時代中期)の第65代天皇。諱は師貞(もろさだ)。かつては華山天皇とも表記されていた。
藤原尊子
藤原道兼の長女。母は藤原師輔の娘・繁子。一条天皇女御、後に藤原通任夫人。暗戸屋女御、前御匣殿女御と称された。父の病没後である長徳4年(998年)、一条...
藤原道綱
平安時代中期の公卿。藤原北家、摂政関白太政大臣・藤原兼家の次男。母は藤原倫寧の娘(藤原道綱母)。官位は正二位・大納言。傅大納言と号す。
藤原頼通
平安時代の公卿。藤原北家、太政大臣藤原道長の長男。官位は従一位・摂政・関白・太政大臣・准三宮。幼名は田鶴。通称宇治殿。法名は蓮花覚、後に寂覚。父道...
永観
平安時代後期の三論宗の僧。実父は文章生源国経で、石清水八幡宮別当元命の養子となる。禅林寺の7世住持であり、中興の祖とされる。禅林寺の通称である「永観...
左大臣
朝廷の最高機関、太政官の職の一つ。唐名は「左府」「左丞相」「左相国」「左僕射」「太傅(たいふ)」。和訓は「ひだりのおおいもうちぎみ/ひだりのおとど」...
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藤原道兼(ふじわらのみちかね、応和元年(961年)-長徳元年5月8日(995年6月8日))は、平安時代中期の公卿。藤原北家、摂政関白太政大臣・藤原兼家の三男。同母の兄弟姉妹に道長、詮子らがいる。官位は正二位・関白・右大臣。贈正一位・太政大臣。別称は、粟田殿、二条殿、町尻殿。父兼家の意を受けて花山天皇を唆して出家退位させる。一条天皇が即位すると外祖父の兼家は摂政となり、道兼も栄達した。兼家が死去すると道兼の期待に反して長兄の道隆が関白となった。5年後に道隆が病死すると、待望の関白になるが、その僅か数日後に病死した。そのため「七日関白」と呼 ...
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